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現代のマフィアの仕事

 そんなバットさんを見て、アイツは「わけわかんない」とお決まりの自己完結台詞を言うとノリが待つ席へと向かう。

 俺は慌てて三人に頭を下げ、アイツの後を追う。


「おい、何でナガイさんの名刺受け取らないんだよ?!」

「あたし、ウソツキは嫌いなの」


 ウソツキ? ナガイさんが?


「ナガイさんが、何のウソついた?」

「打算ばっかり。腹黒い」

「……もしかして、ナガイさんとは知り合いなのか?」


 いや、でも名刺を差し出そうとしているんだから……


「初めて見た人だけど?」

「おいっ! それでどうしてウソついたとか腹黒いってわかんだよ?!」


 いくら何でも失礼だろ!


「目と話し方を見ていればわかるでしょう?」

「わかるわけねえだろっ!」


 ああもうナガイさんに今度会った時、どうコイツのことフォローすりゃいい……ってちょっと待て。そもそも何で俺がコイツのフォローしなきゃいけねえ? クソっ、腹立つなぁ……!

 頭に血がのぼっていて前をよく見ていなかったからか、何かにぶつかってしまった。

 すいません、と言いかけ、急にアイツが足を止めたのだと気付き、文句を言うために顔をあげると、見知った顔がノリの上の席に陣取っていた。


「なるほどなぁ~。カグラのお嬢がここにおるなんておかしい思てたんやけど、あんさんと一緒なら、そりゃおるわなぁ」


 腹がぽっこりと出た褐色の肥満体を揺らし、不気味に笑うガネーシャはサングラスを指で押し上げ、その瞳を怪しく輝かせた。

 俺は、マフィアなんて関わり合いたくなかったので、ノリにアイコンタクトを送る。

 席、変わろうぜ。そういう意味を含め、ノリを見るが、彼女はすでに始まった闘いを、組んだ膝の上に片肘つき、その上に顎を乗せて見つめていた。パッと見た感じ、冷めたような姿勢。


「おい、ノリ」


 ……返答無し。冷めたように見えるだけで、声も聞こえないほどに熱中してやがる。


「バビー、やっこさんらにワインを振舞ってくれや。もちろん、一番上等なやつやで」


 恭しく頷いた執事さんは、よくよく見ると以前見たラーメン屋の店主さんだ。


「……悪いけど、俺、未成年なんだよ。パス」


 関わりは持ちたくなかったが、無視していたら間違いなくさらに絡まれるだろうから、仕方なく俺は答えた。


「そういやぁあんさんは、最初の冷凍冬眠経験者やったな。なら実年齢も肉体年齢も同じってわけかいな」


 ? 俺に興味を持ったのは、最初の冷凍冬眠経験者だったからじゃないのか?

 疑問が顔に出たのか、ガネーシャはニヤリと音が出そうな笑みを向けてきた。


「カグラのお嬢を平手で打てる奴なんて、初めて見たさかいな」


 冷凍冬眠云々より、アイツを平手で打った奴という認識をされているのが、何だか腹正しいやら物悲しいやら……


「で、この世界はどや? オモロイか? それともおかしい? あるいは恐ろしい?」


 何と答えればいいのか。


「ぼちぼち、ってとこじゃないかな?」


 俺自身何がどんな具合に『ぼちぼち』なのかわからなかったが、ニュアンス的には、この言葉が一番近い気がした。


「ほ~。良い具合に今の世に馴染んだみたいやなぁ。てっきりあんさんのことやから、納得できへん事には拳で正したる、と鼻息荒げてたかと思たんやがなぁ」


 ……学校で乱闘を一回起こしている身としては反論出来ない。


「百パーセントストレート果汁のリンゴジュースです」


 そう言って差し出したのは、執事さん。

 人好きのしそうな笑みを浮かべ、リンゴジュースがなみなみと注がれたグラスをこちらに差し出している。

 ……さすがに無視する訳にもいかず、軽く会釈し、グラスを受け取る。


「で、カグラのお嬢。さっきから一言も発してないけど、どしたん?」


 アイツは執事さんからリンゴジュースを受け取り、いつもどおりの無表情で「無理に話す必要もないから」とだけ答え、グラスを傾ける。

 俺は顔をしかめ、ガネーシャは処置なしと言わんばかりに肩を竦めている。


「さて、話は変わるが、あんさんはワイ等がここにいる事が嫌そうやな」


 そう事前に言えば、嫌だとは言えんだろうと言わんばかりに邪悪な面をその丸顔に象る。

 せめてもの抵抗として、俺は無言を貫くことにした。


「そういやぁ、あんさんが生きていた頃のマフィアっちゅうんは、死体をドラム缶にコンクリ詰めにして海にほうり捨てる極悪人って聞いたんやが、それホントか?」


 は? マフィア本人がどの口で……待て。

 この世界での常識は『人は死なない』だ。


「一応言うとくけどなぁ、ワイ等の仕事って、確かにちぃーとばかし法に触れるか触れへんかっていう、グレーな内容やけど、そんな明らかにブラックな事はせえへんわい。蘇生保険の法の隙間を突くことは出来るかもしれへんけど、リスクの方がクソ高いしな。それ以外で人を『殺せる』方法あったら、教えて欲しいくらいやわ」


「でも……麻薬売ったり、気に食わない奴をいたぶって拷問したり」


 俺の無言を貫こうという決意は、疑問の前に呆気なく崩れた。


「麻薬は売れへんなぁ。物理的に販売が不可能やっちゅう意味とはちゃうぞ」

「中毒性のある薬を投与しても、ブレインクリーニングという技術によって中毒症状を改善する事が出来ますので、売れたとしても一回……リスクの割に、儲けがあまりにもないのです」

「そのくせ売ったら普通にサツに捕まるし。ハイリスク・ローリターンってどういうこっちゃ」

「拷問を商売にしている者もいますが、そういう者達は我々のように陽の当たる場所には出てきません。何せ、拷問を行うような完全に『黒』とされている組織は、オリジナル保護法が施行されてから、警察が目を皿にして探していますから」


 ? オリジナル保護法……ああ、そういやぁそんな法律があったな。自分自身が同時に二人存在してはならない、って法律。


「まぁ、あんなバカはそうおらへんやろがな。秘密裏に、しかし大々的にクローン人間造って、馬みたいに労働させて、従わない奴には拷問、拷問、また拷問……拷問の末に死んだらこれまた秘密裏に蘇生させてまた拷問やからなぁ。そういうのを録画して、好事家に見せるっていうのは超ハイリターンやけど、破滅的にリスクが高い。まだ裁判の結果出てへんけど、間違いなく菩薩罪やろな、あのバカは」


『冷凍冬眠者に贈る サルでもわかる現代の常識』で記されていた事柄は、二千年以上眠っていた俺にはチンプンカンプンな事ばかり記されていた。

 俺が生きていた頃とは違う、結婚と離婚の概念の違い。

 ステータスの一種足り得る、美貌と肉体の遺伝子レベルでの操作について。

 勤労と奉仕への強迫観念を植え込まれて文字通り『一生』を生きる恐怖の刑罰、菩薩罪。

 よくわからない事は、まだまだたくさんある。


「そういう訳やから、ワイ等がやっている仕事はボディガードの真似事に、ちょっとしたチンピラでも出来そうなカワイイ脅し、あとは純粋な投資やな」


 ……本当だろうか? 今一つ信用出来ない。

 そう思っていると、執事さんのポケットから間の抜けたベル音が鳴り始めた。

 取り出した携帯に対し恭しい口調で二、三のやり取りをした後、


「ドン、お電話です」


 ガネーシャは不愉快そうに顔をしかめ、やる気のなさをわざと見せつけるかのように、鼻糞をほじりながら携帯に出た。


「はいはいもしもしぃ~。やる気なさ全開ガネーシャですよ~」


 ……やっぱり、やる気がないらしい。

 が、電話の主は、そんなガネーシャでさえ、無視の出来る相手ではなかったのか、不愉快そうな顔は変わらなかったが、ふざけた雰囲気が消えていた。無言で電話を聞き続けていたが、最後に「りょーかい」と呟いて電話を切り、ソファから立ち上がる。


「せっかくこれから、サイコ・トーナメントよりもオモロイ会話になるとこやったのに……バビー、支度や。仕事やぞ」


 執事さんはどこから取り出したのか、恰幅の広い黒の上着を取り出し、ガネーシャに着せる。


「そういうわけで、ほな、またいつかどこかでな。あ、そこの席、使うてもええで」


 胸ポケットから取り出した葉巻を口に加え、執事さんがライターで火をつける。ガネーシャが歩き出すと執事さんがその隣に並び、他の席に座っていたのであろう黒スーツ十数名がどこからともなく現れ、そんな二人にぞろぞろと続いてく。

 俺はガネーシャ達が去った事で、ようやく一息ついて、席に座った。勿論、自分の席に。

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