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ストレス発散法? になるのか?

「しっかし、一カ月でこんだけ筋肉つくとは。人体の神秘だな」

「それはそうでしょう。アルファード者の科学的食事療法を取り入れた上で、ストレッチを中心とした無理のないトレーニングを積んで貰っているのですから」


 タバコの煙をくゆらせるバットさんに、俺の定期診断で付き添っているナガイさんが眼鏡を布で磨きながら答えた。


「あー、アルファード社ご自慢のリハビリテーションかい?」

「ええ。マズロー様は我がアルファード社を、世界規模の企業に押し上げて頂いた人物ですからね。五体満足、健康に過ごして頂かなくては」


 俺はワイシャツを羽織りながら、ちょいとばかし不平を口にした。


「しかしナガイさん。身体に異常がある訳じゃないんだから、一カ月に一度とはいえ、こんな手間のかかった検査はしなくてもいいんじゃないかな?」


 普通に検査するだけなら、以前風邪を引いた時のように、ものの数秒で終わる。それだけで重要な臓器類の検査はもちろん、脳の血管の状態だって大まかにわかるのだ。

 が、俺はアルファード社の『人類史上初の冷凍保存成功者』である訳で……つまり、俺の身体に些細な異常があるだけでも、アルファード社にとって失点に繋がりかねない。

 故に、今回の検査は筋肉の繊維、皮膚組織、毛細血管に至るまで神経質なまでに検査した結果、やたらと時間がかかった。


「いけません。そういう慢心、油断が足元をすくうのです」


 なんでナガイさんが、世界規模の企業でバリバリの出世街道をひた走っているのか、ちょっとだけわかった気がした。


「有名税ってやつだと思って諦めるんだな。まぁお前さんは蘇生保険に入っているだろうから、臓器に異常があったところで、ジーン・バンクに連絡してコピー臓器作って移植してもらうだけでいいし、脳の血管破れて死んでも全然問題ねえんだけど」


 メンドくせぇなぁ、とバットさんは灰皿にタバコの灰を落とす。

 ……死んでも問題ない、というその考え方が俺には未だに理解出来なかった。


「それでは料金は口座に振り込んでおきますので、今後もよろしくお願い致しますよ、バット」

「おう。ところで、例のチケットは手に入ったのかよ?」


 ナガイさんは一瞬、何の事を言われているのかわからなかったのか天井に目をやり、それから懐から四枚の紙切れを取り出した。


「あぁ、闘技場のチケットでしたね。堅実が身上の貴方が、ギャンブルをする事は未だに意外なのですが」


 お前さんに堅実が身上、って言われるのは何か違わねえか? とバットさんは苦笑。

 バットさんは受け取った六枚の紙切れを受け取り、


「おいっ……これ全部、期限が明後日までじゃねえか! 今日はやってねえし、明後日は絶対抜けられねえし……結局俺自身は一枚しか使えねえじゃんかっ!」


 唸り声をあげながらパーマのかかった髪を引きちぎらんばかりにバットさんは掻く。


「しょうがないでしょう。ここ一週間はサイコ・トーナメントが開催されていますから。入手出来ただけでも喜んで貰いたいくらいです。ガンズ・バトルのチケットでは嫌なんでしょう?」


 肩を竦めるナガイさんの返答に、バットさんはわーってるよと投げやり気味に答え、


「ガンズ・バトルが嫌なのは、俺じゃなくて、銃で撃たれて以来トラウマ持ちのアイツだよ。まぁ、どうせ使えねえんだし……そうだな、お前さん、行ってみるか?」


 そう言ってバットさんは六枚のうち、三枚のチケットを俺に差しだしていた。


「使わなきゃ捨ててもいいが、見に行くだけでもストレス解消になるぞ」

「確かにお金を賭けなければ、ストレス発散法としては有効かもしれませんね……これからは、マズロー様へのケアは肉体面だけではなく、精神面についても考慮しておきましょうか」


 二人がそう言うもんだから、俺はそれじゃあ、とポケットに三枚のチケットを突っ込んだ。



                    *


 解凍されてから、もう一ヶ月が経つんだな……

 少しずつではあったがアルファード社のナガイさん、探偵のアツシ以外でも、僅かにだが知り合いと呼べる人達が出来た。

 バリーヒルズ高校の爺さん先生、病院で世話になったバットさん……そして、


「んー? 今日は中々豪華だね、旦那」


 俺の時代の映画にあるような、宇宙服っぽいもので身を固めているのに、サングラスをかけて真っ黒いシルクハットを被っているんだからコイツの奇天烈ぶりがわかると思う。

 何の断りもなく学食の椅子を隣の席から引っ張ってきて、俺のテーブルの向いに座る。


「ノリ……オマエさぁ、人に会ったら奢ってもらう癖、治す気は無いのか?」


 これでもかと盛大にため息をついたが、ひょんな事から知り合ったタイラ=ノリというこの女性の知人は、御日様のように笑ってこうのたまいやがった。


「いやぁ、奢って貰えばあたいの財布は痛まないから。その分ギャンブルに精が出せる!」


 普通、こんなこと言われたらぶん殴りたくなるんだけど、これだけ堂々と、しかも邪気なく笑って言われると、しょうがねえなと思えてきてしまうから不思議だ。


「オマエ、本当にバットさんのとこに入院した方がいいぞ?」もちろん精神科に。

「ああ、ダメダメそれは。アイツ、名医だって周りからは言われてるけど、天然記念物並みのヘタレ野郎だから。アイツんとこに行っても金と時間と労力の無駄……何だって精神科の名医って地位があって、財産もたんまりあるのに未だに独身でいられるのか、意味不明だよ」


 が、嫌そうに右手をパタパタ振って拒否。俺の皮肉は一切通じなかったらしい。それどころか何の断りもなく、素手で俺の豚ショウガ焼きを一切れつまみやがった!


「おい!」


 その手をつかもうと箸を持っていなかった左手を繰り出すが、奴は左手でそれをガード。残った右手できんぴらゴボウを強奪していく。

 それが繰り返されること都合数度。豚のショウガ焼きにわかめの味噌汁、きんぴらゴボウにたくあんという俺の昼食は、ひどく味気なさそうなメニューに変貌していた。


「テメェ……いい加減にしろよ」声音が低くなっているのが自覚できる。


 にもかかわらず、ノリの奴は口をもごもごさせながら ? という感じでこっちを見てやがるのだからたまんない。


「うーん……今日のショウガ焼きは、焼き具合がイマイチだな。そうでしょう?」


 俺は眉間の辺りを指で押さえ、口から漏れ出そうになった言葉をどうにか呑み込む。

 ……こいつといると、とっっっても疲れる。

 罪悪感がないのが、余計タチが悪い。悪気のないジャ○アンなんて、最悪だ。


「で、今日はカグラのお嬢はどうしたの?」

「さぁね」つうか、何故俺に聞く?

「つれない返事ねぇ。カグラのお嬢と旦那、完全にツーカーじゃない。どこにいるかくらい、わかってるでしょ? 教えなさいよ」


 ……は?


「おい、誰と誰がツーカーって言った、オマエ?」箸でノリを指差す。

「だから、カグラのお嬢と旦那。ねえ、教えてよ~」


 目を閉じ、箸を置き、両手を広げて俺は大きく深呼吸。

 落ち着け、俺。クールにいくんだ。


「ち、が、うっ! 俺はアイツとツーカーなんかじゃねえっ!」

「じゃあ、一体なんなの~……ふぁ」おい、欠伸しながらモノを尋ねるな。

「強いて言うなら、天敵だろうよ」


 お互いの考え方が相容れないのだから、間違った表現ではないはず。

 加えて性格が水と油だから、相性も最悪っぽい気がする。


「じゃあ天敵でいいから、カグラのお嬢がどこにいるか教えてよ~」


 気色悪い猫なで声出すな、似合わん。


「つーかオマエ、アイツに何の用だよ」

「そりゃ勿論、資金調達!」ピシッ、と音がでそうな勢いで挙手。

「……オマエの場合調達じゃなく、借金という名目の踏み倒しじゃねえか」


 俺の指摘にノリはぷいとそっぽを向いた。


「失敬な! ちゃんと借りた金は返してますっ!」

「返す金額の五倍くらいの速度で借りてりゃ、いずれは踏み倒しになるだろうよ」


 ぬぅ、と腕を組んでしかめっ面をしているが、反論材料がないのだろう、口は噤まれたまま。


「……だから、返すために闘技場でひとやま当てるのよ」


 そうやって、雪だるま式に借金が膨れていくんじゃないのか?

 いや、待て。

 バットさんから貰ったチケットも、確かトウギジョウがどうのと言っていなかったか?


「トウギジョウ、って、これか?」


 俺はバットさんから貰った三枚のチケットをポケットから取り出し、


「あーーーーー! サイコ・トーナメントの激レアチケット! なんで旦那が持ってんの?! しかも三枚も?!」


 俺が握る三枚のチケットを奪取すべく身を乗り出すノリだが、俺は何とか彼女の右手を打ち払う事に成功した。油断も隙もあったもんじゃねえ。


「バットさんから貰ったんだよ。で、具体的にはトウギジョウってとこで何をするんだ、何とかトーナメントって奴は何だ?」


 ボクシングみたいに殴り合って、どっちが勝つのか賭け合うようなもんか?


「ふふふふふ、まあいいや。これでチケットは確保同然。あとはスポンサーを探すのみっ!」


 サイコ・トーナメントで300億メミューぶちあてるのが夢なのよねぇ、とうっとりした表情で天井の辺りを見上げるノリの表情があんまりにも怖かったんで、質問を無視されたのと、チケットが無断で使用されそうなことについての抗議は止めておいた。


「さて、それじゃあ本格的に……ん? お金の臭いがする」そう呟くと、ノリは突然鼻をくんくん鳴らし始め「発見、はーーっけんっ!」


 ……奴が突進した方角には俺の天敵。本当に金の臭いでもしたのだろうか?


 鉄仮面のように表情を一切動かさないアイツを、どうにかしてこちらへと引っ張ってこようとしているノリの姿は見ていて恐ろしいくらいに必死だった。

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