哀れな奴
無料の講義でなおかつ俺が求めるモノ、となるとその数が少ないせいもあってか、俺がバリーヒルズ高校にやってくる回数は週に三回しかなかった。
まぁそのおかげで昨日は何の気兼ねもなく病院に行けたんだが。
風邪がぶり返すこともなかったので、今日は講義を受けた後に学食で昼食を摂ってみようと、だだっ広い校舎を探索し、どうにかこうにか見つけたのだが……
「うへぇ。スゲェ混んでら」
そこらの木材で適当に組み合わせたと思しきテーブルと椅子はとても貧乏臭い。
その貧乏臭い席はほぼ全て埋まっており、今は空いている席も、バイキングで自身が食べるモノを選んでいる生徒たちが戻ってくれば、ものの数分で全て埋まるだろう。
経費節減のためか空調設備が無いってのが驚きだが、建物の構造上、空気の循環がすこぶる良いのか、暑苦しさは感じられない。喚起のために窓こそ開けられているが、それでも普通なら人の熱気がこもりそうなものだが。
ただ、衛生環境だけには細心の注意を払っているのか、ここからでも見える調理室はパッと見た感じではあるが、隅々まで清掃が行き届いているように思える。
「参ったな。どこでもいいから空いてる席は、っと」
空いてた。二人用の小さいテーブル席。
向かいに座る人間が、かなり問題なんだが……いや、座っているのがアイツだから誰も座ろうとしないのか?
「どうしたの? そこでボーッと突っ立って」
「他に空いてる席がないかって探してたんだが、ここしか空いてなくってよ。ここに座って飯食うか、飯を抜いてでもここには座らない方がいいか、苦渋の決断を迫られてる」
アイツの瞳がすっと細まる。
「やっぱり、貴方って失礼な人」
「ウソツキよりは、失礼で無礼な方がまだマシだろ?」
俺はアイツから視線をそらし、ボソボソと小声でつづけた。
「そんで……人に罪悪感もたせるくらいなら、ウソついた方がいいんだろう?」
アイツに聞こえたかどうかはわからない。
ウソが嫌いだと明言し、実際俺の前ではウソをついた事がなかったアイツが、俺の失言で空気が気まずくなりかけた時に、初めてジョークという名のウソを言ったのだと、アパートに帰ってからようやく気付いた。
「? 聞き取れなかったんだけど」
「なんでもねえよ、このイカレポンチ」
「イカレポンチって何?」
「いい具合にポンチッチって感じでおかしい奴の事さ」
「……わけわかんない」
そりゃ、わかんねえだろう。俺もその場で思いついた出鱈目言ってるだけなんだから。
生徒達が群がっているバイキングの丁度上の辺りに、メニューの値段が記されたプレートが見える。
「鮭の塩焼定食、わかめとひじきの混ぜご飯、豆腐とおからのヘルシーサラダ……随分ジパンの料理が多いな」
ハンバーガーとかフライドポテトといった、ジャンクフードと呼ばれる類のメニューは見受けられない。コイツが食っているのも大根の味噌汁に白菜の漬け物に、納豆……納豆?!
「オマエ、こんな真昼間から納豆なんて食うなよ!」
「? 何で?」箸を止め、不思議そうに俺を見上げてくる。うぁぁぁ、箸から糸が、糸がぁぁ!
「何でって、オマエ、そんな強烈な臭いのするもの食ったら……!」
反射的に鼻をつまむと、のけ反りながら後退りする。
「後で歯は磨くけど」
「納豆とかニンニクとか食ったら歯を磨くのは当然だ!」
現代では、口臭については気にしないものなのか? 金かけてでも体型とか顔をよく見せるのがステータスの一種なんだから、臭いを気にしない訳が……
「とっととそこをどいてくれないかね、ミスター・トラッシュ。空いている席は少ないのだよ」
このスカした感じの口調と呼び名は……
「俺が先に見つけた席なんだけどよ」
背後は振り返らずに、言葉に棘を含めて椅子の背もたれを右手で握る。
と、俺が握った椅子の背もたれを、エセ英語採点ウエーブ野郎の左手も握ってきやがった。
「ここは、脳力値で限りなく100点に近い者が座るべき席だ」
……はぁ?! なんだそりゃ?
「周囲のアベレージにわからん事柄を、トラッシュである君に理解しろというのは不可能だろうが、一応言っておこう。向かいに座る人物は世界で五指に入るエクセレントな人間だ。君のように、脳力値で30点にも満たないトラッシュが座るべき席ではないのだよ」
コイツを評価している人間、いたのか。
てっきり、全校生徒から総スカン受けていると思ってたんだが。
「ご機嫌麗しゅうございます、カグラ・アカリ。ハタジ家『タ』の流れを組む、ユンと申す者です。以後お見知り置きを」
優雅な一礼をすると……しまった。あんまりにも意外な展開に気を取られ、椅子を奪われた事に今の今まで気付かなかった。
「一度こうしてお話をしたいとは思っていました。何せ貴女はバリーヒルズ開校以来の天才」
アイツは無言で納豆ごはんを掻き込み、味噌汁を啜っている。
「脳力判定装置の理論最高値を超える脳力値を出す方が出現するとは、開発者の方々も考えてはいなかったでしょう」
……へぇ、そりゃスゲェ。
「まぁ天才の悲劇とでも申しましょうか、不幸な事に、貴女がどれだけエクセレントであるかを理解できる人材がここには」
「何が目的?」
箸を置き茶碗の上に置き、無機的な黒瞳で対峙するウエーブ野郎に向けている。
ただ……声音が、いつもより冷たい気がした。
「と、仰いますと」
「『ハタジ』。およそ七十の名家がその名を連なる、七大財閥に次ぐコングロマリットの盟主。加えて情報を司る『タ』の流れを組む者が、何も考えずにこんな真似をするはずがない」
なんだ? 会話の雲行きが怪しいぞ。
「パーフェクト。話が早くて助かります」
ウエーブ野郎は笑みを深くし、拍手。
「どうです、貴女の世界最高峰の脳力をハタジ家で有用に用いてみませんか? 理由はわかりませんがカグラの家で、貴方は排斥されているそうではありませんか」
身を乗り出し、右手を差し出す。
「加えて、ここには貴方を理解できる者はいない。悪い話ではないと思うのですが」
何で俺を見てんだ? オマエと話をしているのは、そこのウエーブ野郎だぞ?
しかも、何故そこで、俺を見てため息をつく?
アイツはしばらくし、笑うウエーブ野郎の手を……引っ叩いた。
意外な面持ちで叩かれた右手を抑えるウエーブ野郎に、
「あたしウソツキは嫌いなの。それと、ウソを言わない事で本音を隠そうとする、大ウソツキは大嫌いなの」
嫌悪を隠そうともしない声音でそう告げると、席を立つ。
なんだ? どういう方向で事態が転がっているのか、うまく把握出来ない。
俺はウエーブ野郎に背を向けて歩き出すアイツと彼を見比べて、
「ハハハハハッ、この私の誘いを、精神科に通うトラッシュの分際で断るかっ!」
……
「貴様では、その脳力も宝の持ち腐れだと思い、このハタジ・ユンが有用に用いてやろうと、手を差し伸べてやったと言うのに……この不敬は万死に値するぞっ!」
椅子を蹴り上げ、出口に向かうアイツの背を、叩かれて赤くなっている右手で指さす。
「カグラの一族とはいえ、邪魔者扱いされているジャンクよ、いつかその立場にふさわしい報いを与えてやるからなっ!」
……あぁ、なるほど。
こんなイチモツ抱えている奴なら、そりゃ御免だわ。
俺は、隣でなおヒステリックに喚き続ける、エセ英語採点ウエーブ野郎の肩に、手を置いた。
「なんだ?! 貴様もトラッシュの分際でこの私に」
「……オマエ、可哀想な奴だな」
ギョッとしたように眼を見張る奴に、俺は心底から哀れみを込めて言葉を発した。
「その様子じゃ、オマエ、どうしてアイツに断られたのかもわかんないんだろう? 俺よりずっと脳の点数高いんだろうけど、そんなこともわかんないなんて……哀れだよ」
絶句した奴は酸素を求めるように口をぱくつかせているが、それは言葉にも、叫びにもならない。
慰めるようにもう一度肩を叩くと俺はアイツのあとを追うべく、食堂の出口に向かった。




