理由
診察室から出てため息をつく。
体調はよくなったはずなのに、憂鬱な話題が増えたせいか精神的によろしくない。
通路の東側にあるエレベーターに向かい、
「……どうしてオマエが、ここにいるんだよ?」
「それ、あたしの台詞」
自分の額に深いシワが刻まれるのを自覚し、かたく口を閉ざす。
大して患者がいるようにも思えないのだが、エレベーターは中々動かない。それともボロイから動きが鈍いのか?
しかも上に向かって動いてやがるし……何でエレベーターが一台しかねえんだ?
「あー、くそ……風邪だよ。体調悪くて病院探してたらここを見つけてな。オマエもか?」
「あたしは精神科」
……っ!
よくよく考えれば、ファッションで自殺、なんてコイツは一言も言わなかった。
俺がコイツの言動から、勝手にそう思い込んでいただけだ。
なんで、その可能性を考慮しなかったんだ……バカだ、俺。
下手に口を開く事が出来なくなり、俺はエレベーターが現在どこの階にいるのだろうかと思い……まだ三階かよ。
話題を変えるべく、しかし話題を変えようとしている事は悟られぬよう、努めて明るい口調で俺は再度切り込んだ。
「ここの病院、ほとんど患者さんがいないように見えるんだけどよ、これでちゃんと経営出来てんのかね?」
「ここの入院患者さんの9割は精神科の患者さん。他の患者さんとトラブルにならないよう、一般の病院よりも大きな個室を一人で宛がわれているから、いないように見えるだけ。かなり繁盛しているわよ、ここの病院」
そもそも病院から話題を逸らすべきだったか。
無機質なガラスめいた瞳がこちらに向けられる。
「貴方は精神科に入りなさい、とかって言われなかったの?」
「んな訳ねえだろっ! 俺はオマエと違って真っ当……っ!」
クソッ、バカっ……まずった、失言だ。
沈黙が場に満ちる前に、この空気をどうにかしないと……!
「貴方頭紅病にかかっているんじゃないの?」
「? なんだそりゃ?」
「いつも頭を真っ赤にして顔から湯気をたてて怒り狂っているでしょう? 短気な人がかかる代表的な精神病の名前が、頭紅病」
「そんなのが、現代ではあるのか?」
「ウソ」
「……は?」
「そんな精神病、発見されたなんて話は聞かない」
こ、この野郎……っ! スカした顔しやがってっ!
「オマエ……自殺パレードばっかりやってるからド頭狂うんだっ! 少しは自重しやがれ!」
「ほらまた。顔真っ赤にして、頭から湯気立ててる」
「るっせぇんだよっ! 人の顔指差してんじゃねえっ! 人が怒るのは自然の摂理の一つだろうがっ! オマエみたく狂ったように自殺すんのが自然の摂理か、えぇ?!」
「自然界でも生物が自殺する例は結構あるけど?」
「そんなアホみたいな例外持ち出して、首傾げてんじゃねえよっ!」
あー、チクショウッ! そもそもコイツに気を遣おうだなんて思うから変になるんだっ!
「一つ聞きたいんだけど」
「嫌だね、答えたくない!」
今この瞬間に限っては、俺は何も聞こえない、そう決めた!
腕を組んで、俺はそっぽを向く。
「どうしてあたしが自殺すると、貴方は怒るの?」
…………は?
あんまりにも当たり前な質問に、怒りや質問に対する疑問はどこかに飛んでしまった。
思わず組んだ腕をとき、アイツの顔を見やる。
機械めいた黒瞳が、どこか揺れているように感じたのは気のせいだろうか?
「あたしが死んでも、怒った人なんて誰もいない。無視する人、嘲る人がほとんど。本当に稀に、先生みたく、複雑そうな顔をする人も、いる事にはいるけど」
…………
眼前のエレベーターのドアが音も無く開く。
歩を進め、パネルの操作をし、アイツはこちらに向き直る。
「怒ったのも、助けようとしたのも、貴方が初めて」
エレベーターのドアは、機械的に無音で閉められた。




