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現代の医者

 翌日。


 身体がやけに熱っぽいので体温を計ってみたら37度9分……頭が痛い訳だ。

 熱でボーっとした頭を抱えつつ、ベッドから起きる。


「あー……こりゃ、病院行かなきゃいけねえか?」


 のろのろとパジャマを脱ぎ、厚着をしてから俺は重い足取りで外に出た。


             *


 ここに着くまでに、エライ苦労をした。

 バスで行こう、と思ったのがそもそもの間違いだった。

 脳内の電機情報を購入する事で、様々な言語を習得出来るのなら、車の運転技術も普通に取得出来るはず。

 全員が車の運転を出来るのであれば、バスの必要性がグッと少なくなる。

 加えてこの街は、リニアモーターカーみたいな鉄道網がやたら発達しているらしい。

 鉄道が張り巡らされていないとこには自家用車かタクシー、というのがこの街での主な移動手段らしい。どうりで大型車を見かけない訳だ。

 故に、バス停を探して熱のある身体をひきずっていると、病院らしきものを先に発見してしまった、という次第だ。


 見上げた先の、小汚いビルのてっぺんには一枚の看板が据え付けられている。文字がくすんでおり、何と書いてあるのか読めないが、赤い十字が描かれているので多分病院だろう。

 が、建物の窓は一つも開いていないし、出口から人が出入りする様子も無い。

 専用の駐車場はほぼカラッポで、中から人の気配が伝わってこないのはおかしいを通り越して不気味。

 俺みたいに風邪とか、骨折とか盲腸とか、死なないけど痛い、苦しい、ってのは医者が必要だろうけど、死なない、となるとその存在意義はガクンと落ちるはず。


 だからなのだろうか、この寂れようは?


 でもまぁ、大きさはまあまあだし、他の高層建築物と同じくらいの高さはあるんだから、ヒデェ病院ではないと思うんだが。

 とにかく、薬もらうか点滴うつかして、少しでもいいからこのダルイ身体を回復させたい。咳込みつつ歩を進め病院に入ると、見覚えのある物体が足元を通り過ぎた。


「……マジかよ」


 嘘だろうと思い眼を凝らすが、結果は変わらない。

 足元を通り過ぎたのは、膝の高さくらいの、この時代では道路でよく見かける交通整理をするロボ。それが、やたら短い白衣っぽいのを着ていやがった。意味なんてないだろうに、ご丁寧に聴診器を胸元にかけ、眼鏡を両目のレンズ部の辺りに装着している凝りようだ。

 そのあとをこれまた白い衣服っぽいのを着た、看護婦ですよ~とでもアピールするためか、頭頂部にピンクのリボンをつけたロボットが三台ほど続いていく。


 あれらが手術をする助手みたいな存在で、本当の先生は他にいるんじゃないだろうかと思い周りを見渡してみても、人っ子一人いない。聞こえてくるのは奴等が廊下を走るタイヤの音と機械的な電子音のみ。


 医者の存在意義がガクンと落ちているかもしれない、とは思っていた。


 が、人の代わりにロボットが治療って大丈夫か?

 俺のイメージする病院ってのは、あの消毒液っぽい臭い、美味くねえ病院食、毎日毎日打たなきゃいけねえ、時間がひどくかかる点滴。

 そして、死が身近にあるという、例えようのない独特の空気に包まれた空間……ひどくストレスがたまる場所、ってのが俺にとっての病院だ。


 けど……しかし、これは……俺の知っている病院とは大きく違うような……


「ん? あんた、見ない顔だな。見た感じ、この病院ははじめてか?」


 唐突に声をかけられた俺は首を竦め、おそるおそる後ろを省みた。

 背はそれほど高くない。体格はガリガリの痩身で、ちゃんと飯を食っているのか疑問だ。髪はパーマがかけられており黒、顎鬚はきっちりと刈り整えられているものの、着ている白衣はヨレヨレ……白衣? 白衣?!


「え、えーと貴方がここの先生ですか?」


 そう問うと、彼は面倒くさそうに頭をガリガリとかき、


「おうよ。内科医兼外科医兼精神科医兼院長やってるバット・ケンだ。もっとも外科手術は」指を折って数えていき、一、二、三、四……で止まった。四か月もやっていないのか……「四百年やってねぇなぁ」


「マジ?」思わず敬語を忘れてしまった。


「生身の人間はな。シミュレーターでなら何遍もやってっけどよ」眠そうに大あくびをすると、白衣の胸ポケットから、あろうことか煙草の箱を取り出し……「おっと、ここで吸うとロボがうるせぇな」再び胸ポケットに収めた。「で、世にも珍しいお客さん、ならぬ患者さん、みたとこあんた風邪ひきみたいだけど、どうする? 俺が見るか? それともロボットに見てもらうか?」


 腕の方は未知数のロボットと、四百年手術をしていない生身の医師……どちらに診察してもらうべきか?


「お願いします」


 院長ということは、少なくともここでは一番偉い人なのだから、真っ当に考えたら、ここにいる人間では一番腕が立つはず……そう考えて間違いないよな、俺?

 もし診察内容が怪しければ、もう一軒行けばいいだけの話だ。診察だけなんだし。

 すると彼はまた指を折っていき……い、嫌な予感。


「内科の患者は七十年ぶりだな。気合入れてやんねえと」


 回れ右して病院を出ようとしたら、がっちりと肩をつかまれた。

 ぎこちない動きで後ろを顧みると、彫りの深い顔に逃がさん、という文字が大書されていた。

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