蘇生保険に付随する問題点
「オマエ、俺に礼儀知らずだとか言うくせに、オマエも相当無礼じゃないか」
「あたし、ウソ嫌いだし、ここで違うこと言ったら、貴方は『ほらみろ、わかるはずないじゃないか』って、あたしのことウソツキだと思うでしょ」
……確かにそうだけどよ。
「って、そう言えばオマエ、どこに向かってるんだよ」
何の考えも無く勢いでついてきてしまったけど。
「蘇生保険についての本を探しているんでしょう? 詳しい人を知っているから、連れて行こうと思ったんだけど、貴方、あたしの事を嫌っていて、カリを作りたくないみたいだけど、どうする? 止めておく?」
ムム……そこまで見透かされて真正面から問われると断り辛い。
「……案内、頼む」
仏頂面でそう答えると、アイツは頷き、再び歩きはじめた。
エレベーターに足を踏み入れ、十階を選択。機械音声の案内もなく、本当に音も何も無く十階につくと、周りの目を気にする事なくアイツは無言で歩み始める。
しかし……コイツ、どこいってもヒソヒソヒソヒソ悪口言われているな。まぁ、俺もカグラにケンカ売ったバカってヒソヒソ言われているみたいだけど。
「ここ」アイツは小さな部屋の扉の前で立ち止まり、ノック。「先生、いないの?」
「ん? おお、その声はアカリかの? ちょっと待っておれ、今鍵をあける」
中からガチャガチャと鍵をいじっている音が聞こえてくる。オートロックではない、人が動かす原始的な品を見たり聞いたりするだけで、ちょっとだけだがホッとしてしまう。
「お待たせ。おぉ、マズロー君も一緒か」
「どもっす。って、お爺さん、コイツの担任か何かですか?」
爺さんは顎鬚をなでながら、そんなもんじゃよ、と破顔した。
「で、何の用件かの、アカリや」
「用があるのはあたしじゃなくて、彼」
「すいませんけれども、蘇生保険について詳しく書かれた本があれば、貸してもらえないでしょうか? 市民IDがまだ発行されていないから、図書館に入れて貰えなくて」
ふむふむ、と爺さんは頷き、床に突いていた杖を優雅に振ってみせる。
様子から察するに、爺さんは機嫌がいいのかもしれない。
「疑問があるなら、直接先生に聞いた方が早いと思う。蘇生保険についてなら、国内で五本の指に入るくらい詳しい人だから」
アイツの言葉に、俺はびっくりして爺さんを見やった。
そんなスゴイ人には、申し訳ないが全然見えない。
だがその言葉に爺さんは顔をしかめた。
「アカリや。お前さんはワシの論文、『蘇生保険に付随する問題点及びその改善方法』の内容は知っておるだろう? 蘇生保険について何も知らない彼に、ワシが語れば、彼自身の蘇生保険に対する意見を持つ事が難しくなるじゃろう。何よりワシ自身、蘇生保険改善委員の一員ではあるが、本格的に蘇生保険に対しての問題提起をして数年の、若輩者じゃ」
「それは、そうだけど……」
何だか、難しい話になりそうだ。
しかし数年で国内五指ってのはスゲェ。爺さん、よほどの天才なんだろうか?
「いや、俺が聞きたいのは簡単な事なんですけどね。何らかの事情で、蘇生保険の積み立てが出来なくなった場合、その立て替えは公共機関のどこかがしてくれるのか否か、そして、立て替えをしてくれないのなら……その、死んでしまった人物は、どうなるのか、という二点だけなんで」
この爺さんは人が良さそうだし、蘇生保険にも詳しいのだから回答者としては打ってつけだろう。
そう思って問いを放ったのだが、息を呑む音が、隣から聞こえた。
何だと思い視線だけでアイツを見ると、普段は無表情のアイツが、ひどくびっくりしているように見えた。
「どうかし」
「結論を言うなら立て替えはいかなる公共機関も個人も行う義務を負ってはいない。そして蘇生保険の積み立てが出来ずに死亡してしまった場合その人物は死亡したままじゃよ」
アイツの驚きよりも驚愕すべき事実が矢継ぎ早に放たれた。
視線を爺さんに向け直し、再度尋ねる。
「……すいません、もう一度、言って頂けますか?」
「蘇生保険の立て替えは国も市も行わない。個人もその義務を有していない。家族や血縁者であろうともじゃ。積み立てが出来ずに死んだ者は蘇れない」
口の中が、乾いていく。
「じゃあ、極端な話ですけど、一メミュー、足りなかった場合は?」
「蘇生は実行されない。クローン体は破棄され脳内の電気情報を管理しているメモリーも破壊される。もっとも今は以前と違い、親族でなくとも不足分を他者が補えば蘇生が実行される」
……人は死なない、ってのがこの世界の常識じゃなかったのかよ……
爺さんの苦り切った顔が、俺の頭にある嫌な考えを、どんどん膨らませていく。
「では、今までで」
「すまんが今日は、これからちょっと用件があるんじゃ。一応、これを参考にしてみてくれんかの?」そう言って、爺さんは一冊の本を俺に手渡し「ほら、アカリ。行くぞ」
「え? でも」
「行くぞっ」爺さんは語気を強めて、半ば強引にアイツの手を取ると、俺の目を見据えた。
真意はよくわからない。でも、状況と、爺さんのアイコンタクトからして、これ以上この場では、蘇生保険については突っ込まないで欲しい、と言いたかったのは俺でも理解出来た。
そして、その理由は、多分アイツに絡んでいる。
現に、アイツの顔色は、血の色がなくなり蒼白だ。
周囲にきょろきょろと視線を彷徨わせ、挙動不審に見える。さっきまでは周りにどれだけヒソヒソと噂話をされようが眉一つ動かさなかったのに……何だか今のコイツは、見ていて危なっかしいとすら思えてくるほどだ。
「それじゃ、すまんがまたの」
「すいません。こちらこそ……」
一礼し、二人を見送る。
俺は蘇生保険に対する不安と、今の発言が、アイツの中の触れてはいけない何かに触れてしまったんじゃないかという疑問で埋め尽くされて、しばらくの間、立ち尽くしていた。




