やっぱコイツ、頭にくる
授業なんざ受けている場合ではなかった。
頭の中に浮かんだ、恐ろしい予想は十中八九事実だろうが、それでも、確認せずにはいられない。いや、確認しなければ他の事は手がつかない。
頼むから、こんなバカげた予想は外れてくれ……!
インターネットなら手っ取り早く調べられると思い、まず情報処理室に向かったのだが、パソコンにログインできなかった。
他の生徒の様子を見ていると、生徒はみな、本体にUSBメモリのようなものを差し込んでからパソコンを使用している。どうやら、各生徒に個別にIDが支給されているらしい。
アパートには、回線がすでに引っ張られてはいるらしいが、パソコンの購入がまだだ。22世紀製のパソコンとは全然違う代物だろうから、インターネットをやるのとセッティングとでは訳が違うだろう。設定だ何だとなったら、結構な時間を喰いそうだ。
なら本を借りた方がまだ早いと思い図書館に向かったのだが、ここで室外にある受付のカウンターで、学生証か市民IDの提示を求められた。
そう言えば、解凍されてすぐにナガイさんと共に市民登録をした覚えがあるが……他の街からの移住者ではない俺は、一からデータの構築をしなければならないので、IDカードは二週間後に出来上がりますので取りに来てください、と言われていた。
つまり、俺は、あと一週間はこの図書館に入れないのか?
つうか、情報処理室はフリーパスで、どうして図書室には受付がいる……クソッ!
俺が22世紀出身の人間で、IDカードは一週間後でないと提示できない事情を受付に話してどうにか入室を許可して貰おうと思ったのだが……いや、あの鼻クソ受付と比べればこうやって厳格にルールを守るこの人は、比べ物にならないくらい良い人だとは思う。
でも、少しは融通をきかせてくれてもいいんじゃないだろうか?
「はやくしたまえ、後がつかえているのだよ……うん? 君は」
苛ただしげな声は正面からではなく、後ろから。
振り返ると、そこにいたのは先程俺をトラッシュ呼ばわりした茶髪ウェーブ。
「ミスター・トラッシュか。ハッ、手続きの一つも出来んのか君は」
ホント、俺が知っているここの学生って、鼻持ちならねぇ奴ばっかだ。
「ハタジさん、彼、学生証も市民IDもないんですよ。どうにかして頂けませんか?」
「構わなければいい。愚かな者はどうやっても愚かで、卑賤なままなのだ……しかし、わからない事は他者に聞くと言う君の姿勢はグッド。自身で思考した上で意見を求めるならばモアベターだ。75点を進呈しよう」
ハタジと呼ばれた奴は、そのままつかつかと図書室に入っていく。
「おいちょっと待て。愚かで卑賤てどういうことだ? それに受付さん、あいつ市民IDも学生証も出してないぞ?」
「汚らわしい目で見ないでくれ、ミスター・トラッシュ。汚れてしまう」
あんまりな言い様に、思考が停止してしまった俺は、図書室に入っていく奴の姿を呆然と見送り……十秒くらいしてから沸々と怒りがこみ上げてきた。
なんだ、あのエセ英語採点ウェーブ野郎は?!
「顔を真っ赤にして、図書室の扉を親の仇みたいに睨みつけて、何してるの?」
後ろから聞こえた聞き覚えのある無機的な独り言は、沸点まで上がった俺の怒りのゲージをさらに上へと押し上げた。
「一々俺の状態を言葉で表現すんなっ!」
「なんであたしに怒るの? わけわかんない」
俺はバリバリと頭をかき、無言。
確かにコイツに怒るのは筋が違うし、アイツからするとわけがわからんだろう。
三度深呼吸し、落ち着いてから俺は口を開いた。
「図書館使えないのと、オマエと同じくらい癇に障る奴と出会って、スゲェイライラしてんだよ。悪かったな」
「……それって、謝罪してるの?」
当たり前だ。これが謝っていないと言うのならどう謝れと言うんだ?
腕を組んで「当然だ」と答えると何故かアイツは、呆れたように大きく一つ息をついた。
「ここで何をしているの?」
「図書館に入ろうとしてる」
「ですから、入室には市民IDか学生証が必要ですので、なければ出直してきて下さい。ルールはルールです」
にっこり笑う受付に、俺は口元がひきつった。
カウンターに身を乗り出し大声で問い質す。
「いや、あんたの言う事はもっともだけど、あのハタジってエセ英語採点ウェーブ野郎は何も提示してなかったじゃないか! あいつはよくて、どうして俺はダメなんだ?!」
しかも俺は、市民IDを今提示出来ない理由までこうして述べているのに!
後ろから再びため息が聞こえてきた。
「何の本を探しているの?」
「蘇生保険の本だよっ! なぁ受付さん、それよりさっきの俺の問いに答えてくれ!」
「アカリ様、他者への本の又貸しは禁止されていますよ」
無視かよコイツ……しかも受付としてのルールは守らないで、本を貸し出す他者にはルールを強要か。
「おい、あん」
「又貸しなんてしない。それより、ハタジさんに市民IDか学生証の提示は求めなかったの?」
俺の詰問を遮ったアイツの声音が、若干据わった気がする。
目を見てみると、気のせいかもしれないが、その視線がいつにも増して機械的に見えた。
「いえ、ちゃんと提示を求めましたが、何か?」
受付は、相変わらず笑顔という名の仮面を被っている。
「彼はさっき、ああ言っていたけど?」
そう言って、アイツは俺に視線だけを向ける。
「彼がどう言おうと、私は正当な手続を経てハタジ様に入室して頂きました。それとも、私が不正をしたという明確な証拠でもあるのでしょうか?」
……訂正。この受付、最悪だ。
パッと見た感じではちゃんと仕事しているように見える所が、あの鼻クソ受付よりはるかにタチが悪りぃ。
アイツは瞼を閉じ、大きく息をついてから踵を返した。
勝ち誇ったような受付の笑顔にガンつけてから、俺はアイツの後を追う。
「オマエ、本借りたかったんじゃないのかよ?」
「いい。今は気分が悪いの。急いで調べる案件でもないし」
確かにありゃ気分悪くなる。
「貴方の方こそ、蘇生保険の本を借りたかったんじゃないの?」
「……いや、俺も急いで調べたい事じゃないし、家に帰ればインターネットで調べられる」
俺はこれ以上、考え方が違うコイツにカリを作りたくなかったから、咄嗟にウソをついた。
「ウソツキ」
間髪入れずに戻ってきた容赦無い返答。
「……何でウソだってわかるんだよ」思わず問い返してしまう。
「聞いてたらわかるでしょ?」
「どういう意味だ?」
「顔を見て、声を聞けば大体わかるし、話の流れを読めばほとんどわかるでしょう?」
「いや、普通はわからんだろ?」
「試してみる?」
歩きながら、俺は適当にウソとホントの事を織り交ぜて言ってみる事にした。
「小学校の頃、頭に大怪我をした事がある」
アイツはチラッと、俺の方を見て、
「本当」
「実は視力があまり良くない」「ウソ」
「甘い食べ物が好きだ」「本当」
「コンピューターには強い」「ウソ」
「身体を動かすのが好きだ」「本当」
「魚と肉なら魚の方が好きだ」「本当」
マジか……これならどうだ?
「辛い食べ物が苦手だ」「ウソ」
「寿司とステーキなら寿司の方が好きだ」「ウソ」
「本を読むのは苦にならない」「本当」
「機械全般をいじるのは結構得意」「ウソ」
前の質問を意識させるような問いを意図的にしたが、すいすい答えやがる。
ちょいとばかり、薄気味悪くなってきた。
「俺はかなり温厚だ」
アイツは突然歩みを止めて、俺の顔をジロジロと見はじめた。
「どうした?」
「本気で言っている? あたしから見れば、貴方はかなり気が短い部類なんだけど」
訂正。やっぱコイツ、頭にくる……!




