わけわかんない
結論から言うと、ボコボコに殴られた。
顔はアザだらけ、鼻血ブー。歯が折れていないのが幸い。と言うより、冷凍冬眠から覚めて一週間も経ってないし、体感上の時間でも、三年間ベッドの上だった。体力なんてある訳ない。曲がりなりにもケンカになってたのは最初の一分だけで、あとは袋叩き。
結果、今の俺は身体を起こす体力もなく、地べたに突っ伏していた。
昔は結構強かったはずなんだけどなぁ……コウをいじめてた奴等なんて、五人まとめてのしてやったのに。
どうにか顔だけあげてみると、校門前でぶっ倒れている俺なんか視界に入っていないのか、次々と生徒・教師が帰宅の道についていく。ついでに言うと、校門の外から見えるサラリーマン達も、俺を視界に入れても、駆け寄る気配すらない。
いや、殴られて瞼があけづらいから、はっきりとは見えないが、何かがこちらにやってきた。
あぁ、犬か。ぶっ倒れてる俺を心配してくれているのか、俺の周りをグルグルと回っている。
まったく、人より犬の方がよほど良い。
何かあったのか、犬は唐突に俺の目の前で止まると、今まで一度も吠えていなかったのに、いきなり何かに向かって吠え始めた。
「何してたの?」
犬の鳴き声に応えるよう、聞き覚えのある声が突然真上から聞こえてきた。
どうやら、犬が吠えていた相手はコイツらしい。
「ゴミ掃除」
「ウソツキ」
後ろにいる奴の雰囲気が硬くなる。
「ウソじゃない。俺にとって、あの行為は、ゴミ掃除以外の何物でもない」
あんな奴等を人として捉え、ケンカをした、などとは口にしたくなかった。
「……わけわかんない」
お決まりの自己完結台詞。
ただ、俺の言葉から何かを察したのか、アイツのまとう空気は、元に戻ったように思えた。
「立てる?」
「ああ」
見栄と意地を燃料に、両手を地に突き、膝に力を入れどうにか立ち上が……ろうとするが、膝から下が言う事を聞かなかった。
ガクガク笑う膝のせいで立ち上がれずにいると、右腕をつかまれ、肩に腕を回される。
顔をあげると、疑問に満ちた顔がそこにあった。
「どうしてここにいるの? 貴方の知人には、絶対に手を出させないから、ここに来る必要はもうないのに」
ああ、そうだ。
俺は、コイツに言わなければいけない事があったのだ。
「なんだ……ええと……その、悪かった」
何が悪いのかこれじゃサッパリわかんねえよ、アホ。
案の定、アイツは疑問に満ちた表情に加え、疑問符を頭の上で何個も躍らせていた。
「オマエの事、屋上で色々悪口言ったけど、あー、忘れてくれ。俺の勘違いだ」
あんだけボロクソに言っておいて、勘違いだと言う俺は図々しいと言われても仕方ない。
でも、真正面からコイツのように、ごめんなさい、と頭を下げられるほど俺は素直じゃなかった。
「そう言ってくれると、助かる」
そう言って貰えて助かったのは俺なんだけど……こうして話していると、あのゴミ共より、コイツの方が余程マシに思えてくる。
コイツは、頭の重要なネジが数十本単位で吹っ飛んでいるとは思う。
が、あのゴミ共はそもそも頭にネジが残っているかどうかが疑問だ。
ああいうのこそ、カグラが権力使ってどうにかしてくれないかね。まぁ俺のように正面切ってバカやらない限りはカグラも黙認するんだろうけど……おい、待て。
「なぁ、一つ、質問があるんだけどよ」
何? と無言でその瞳が向けられる。
「これは自業自得なんだろうけど、俺、カグラ財閥に真正面から逆らったバカってレッテルが貼られてると思うんだよ……で、そんな俺は高校に入学出来るか?」
カグラに逆らった者が職を失うと言うなら、学校にも根回しをして、社会から抹殺しようとするのではないか?
瞼を閉じ、しばしコイツは黙考。
俺が校内で起こした騒動が、どのくらいの速度で人々の間に伝わったかを想定し、
「少なくとも、国内ではどこも受け入れてくれないと思う」
淡々とした口調で、想像通りの答えが返ってきた。
「やっぱりか。学校には、ちょいとばかし憧れていたんだがなぁ」
三年ぶりに学校に通えるかと思ったんだが、これは本格的に海外のド田舎に引越すことを検討しなければ。
「ん? けど、ここはどうなんだ? バリーヒルズ高校って、カグラ財閥が経営しているんだろう?」
あ、でもダメか。財閥が経営しているんだから、コイツが直接どうこう出来る訳じゃない。俺は片手をあげる。
「わりぃ、今のは忘れて」
「可能かどうかという話であれば、受験する事は出来るけど」
……俺は、このバカみたいにでかい校舎を見上げ、それからコイツの足元から頭のてっぺんまでを見やった。
「オマエ、もしかしてここの経営者?」
「公式には発表していない。それに、テストに通らないと入学は出来ない」
なるほど。雇用主ならあの受付が青ざめたのも納得だし、金髪腹黒校長が媚売るわけだ。
公式には発表していないから、生徒からは総スカン、と。
「ちなみに、海外ならカグラの息がかかっていない企業・法人・学校は探せばある」
口調からすると海外に行った方がいい、とコイツは言っているように思える。フランス語でも英語でも、俺は日常会話には支障がないから、その選択は賢いものかもしれない。
ただ、納得が出来ない。
コイツのはるか後方でクスクス笑っている男や、ヒソヒソ話をしている女。
(あぁ、自殺令嬢に許しを請うなんて……)
(これだからバカは嫌だね、後先考えないから)
陰口を叩くのが大好きな奴等に背を向けて海外の高校に入る、という選択が気に食わない。
何より、あの青髪緑ネクタイ一行のゴミ屑野郎共から逃げるのはさらに腹が立つ。
「決めた。ここに入学する」
「……ブレイン・カンパニーに行けば、語学に関する電気情報の扱いもある。そこで施術を受ければ、翌日には英語を話せる」
「便利な世の中だな。でも俺、英語はペラペラでね」
コイツは理解出来ないと言わんばかりに眉を持ち上げ、俺の横顔を見やった。
「本気?」
「あぁ、英語、フランス語、今も話しているがジパン語、片言でいいならドイツ語も」
「そうじゃない。本気でここに入学する気?」
正気? とその顔には書かれているが、オマエに言われたかない。
「しょうがないだろう。家訓なんだ。やられたら三倍返しってな」
自分の頬のアザを指差す俺を見て、呆れたようなため息だけが返ってきた。
受けた恩は三倍にして返しなさい、ってのがお袋の口癖だった。
通る人間全てが倒れている俺を無視するか笑っていただけなのに、コイツだけが俺を助けてくれた。
だから、気に食わなくても、コイツには真っ当な意味合いでカリを返さないといけない。
俺は胸元に手を当て、内心で呟いた。
今では唯一の、三人から贈られた遺品となった手帳がそこには在る。
それに応じるよう、犬がワンと一声啼いた。
「まぁ、そういう訳だから、その、よろしく」
肩に腕を回されたまま、俺は服の裾で汚れた手を拭い、視線を逸らしたまま右手をアイツに差し出した。
アイツは訝しげに俺の顔を見て、俺の泥と血によごれた手を凝視し、
「これ、何?」
指差した。
……言われてみれば、解凍されてから今まで一度も、誰とも握手、した事なかった。
握手、という習慣が現代にはないのかもしれない。
けど、ここで握手の説明をして、笑顔で仲良く互いに手をニギニギなんて出来っか……!
俺は、精一杯の誠意となけなしの勇気をもって差し出した右手をポケットに突っ込んだ。
「手を差し出したのは、何だったの?」
わからないのなら、いい。しょうがない。
でも、そこで追求してくるなよ、バカ!
「……やっぱ俺、オマエ、嫌いだ」
そっぽを向いてボソッと呟くと、自殺令嬢は疲れたように首を横に振った。
「わけわかんない」




