147_帝国激震
バーレン特別州軍は、各々の判断で帝国軍の囲みを突破しようと試みた。自軍の倍以上の帝国軍相手に、奮戦したと言えよう。
しかし、軍の体をなさないバーレン特別州軍と、統制がとれている帝国軍では、最初から結果は分かっていた。分かっていたが、この囲みを突破してバーレン特別州に帰らねばならない。捕虜にでもなったら、家は身代金を払うことになる。もし、身代金が払われなかったら、家名に傷がつく。そして戦死すれば、王家からの罰を息子などの跡を継いだ者が受けることになる。だから帰らなければならない。
「なんとしてもここで帝国軍を防ぐのだ! 皆の命、某にくれ!」
「「おおおおっ!」」
コーエンは主君には恵まれなかったが、部下には恵まれた。こんな状況でも、部下たちは不満を口にせず従ってくれたのだ。「すまぬ」と心の中で部下たちに頭を下げ、コーエンは押し寄せてくる帝国軍を五百という兵数で防ぐ。
帝国兵を何度も切り捨て血糊で切れ味が悪くなると、殴るために振った。そんな血濡れの剣を持つ手が、いつしか開かなくなった。あまりの激戦に、体力はとっくに限界を越えていたのだ。
「コーエン様。西からも帝国軍が」
部下に告げられた言葉で西を見たコーエンは、ふっと笑みを漏らした。
周囲にいる部下は数十にまで減っていた。コーエンは剣を持った右手の指を、左手で一本一本解していく。
「皆、ご苦労であった。十分に時間は稼いだ。投降するがよい」
「「コーエン様!」」
立っているのも不思議なくらい疲れ果てている体を、なんとか保ち部下たちに声をかける。
「皆の者、降伏せよ。これ以上は……もういい」
部下たちがコーエンの周囲に集まり、涙を流して膝から崩れ落ちる。彼らも体力の限界はとっくに超えていた。膝をついてしまったら、もう立つことはできないだろう。
「帝国軍の指揮官殿! 某はソウテイ王国のボルトネス・コーエンである。我らは降伏する!」
これだけ激しく抵抗し、帝国兵を多く切ったのだ、自分は死罪になるだろう。しかし、部下の命は助けてやって欲しいと、懇願する。
帝国軍の指揮官と思われる人物が進み出た。彼の鎧もコーエン同様に返り血を浴びて、酷い姿である。だが、コーエンはこの人物なら大丈夫だと思った。根拠も何もないがその佇まいを見た瞬間、そう思えたのだ。
「俺は帝国軍少将、イクサル・フォン・ドーザンだ。降伏を受け入れよう。捕虜は無下には扱わぬ」
「感謝する!」
コーエンは短く感謝の言葉を返すと、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
コーエンの獅子奮迅の奮闘のおかげで、多くの王国兵がバーレン特別州に帰りつくことができた。
後日談になるが、コーエンはその奮闘を王太子に褒められ、十等勲民に叙されることになる。だが、それはこれより一年ほど後の話である。
▽▽▽
バーレン特別州軍が帝国軍と戦っていた頃、諸侯軍も帝国軍と戦っていた。その相手は皇帝デラーズ率いる十万の大軍であった。
デラーズは反乱を鎮圧した後、アトモス皇国と対峙している西方方面軍の半数と、再建中の南方方面軍を指揮下に置き、一気に王国諸侯軍に横槍を入れた。
南方方面軍が王国領土を支配下に置いていた時、多くの密偵を配置した。その密偵から多くの情報を得ているため、デラーズは王太子がアレクサンダー城に入ったことも諸侯軍が集まっていたのも知っていた。
さらに、バーレン特別州の貴族たちが帝国領に侵攻するように、画策したのもデラーズである。否、デラーズの懐刀であるゲルバルド・フォン・アストリアが画策したのである。
これにより、功を焦った諸侯軍も帝国領に侵攻してきた。デラーズとゲルバルドの掌の上で、王国の貴族たちが転がされていたのである。
王国の侵攻ルートはいくつか考えられた。その中で大軍を動かすのに最も適しているのが、王国の諸侯軍が進んだルートである。そのルート上の奇襲ポイントをゲルバルドが把握しているのは当然で、諸侯軍に奇襲を仕かけた。
「暇だ」
戦場を見渡せる山の上でデラーズは呟いた。彼にとって、戦は見るものではなく、行うものである。槍を持って戦場を駆ける。それこそデラーズの戦いである。
「陛下が出るまでもない相手にございます」
「王国の英雄はいないのか?」
「いたら、陛下をここにお連れしません」
「まあ、巨大な落とし穴に落とされては、俺でも成す術はないからな」
サンダー・カルコスによって、アレクの情報は皇帝の耳目に入っている。なんと言っても、アレクの魔術のすごさを身に染みた張本人であるカルコスは、王国と戦うのであればアレクの魔術対策をするのが最優先課題だと主張した。
脳筋だと思われるデラーズだが、彼は情報の重要性をよく知っている人物である。だから、カルコスの主張をただの負け犬の遠吠えとは受け止めず、ゲルバルドに対策を考えさせた。その対策が今回の戦いで披露されるという。
「陛下。そろそろにございます」
「それを見にきたんだ。さっさと始めろよ」
デラーズの言葉が終わるかどうかのところで、崩れかけていた王国諸侯軍の中心部に魔術陣が浮かび上がった。
王国諸侯軍の魔術士たちが魔術攻撃だと見てとり、防御魔術を発動させる。しかし、それは水魔術や風魔術、ましてや火魔術ではなく、土魔術だった。
地面に大きな穴が開き、王国諸侯軍が奈落の底に落ちるがごとく落下していく。兵士たちが悲鳴をあげて落下していく様がよく見え、その阿鼻叫喚の様子を瞠目して見つめる。
「……これが王国の英雄を真似た魔術か。なかなか壮観なものだな」
「我が帝国が誇る魔術士たちが、魔術の威力を高める術式を開発し、さらには二十人もの土魔術士による大魔術です。この規模の魔術をたった一人で行使する王国の英雄は、本当に化け物ですな」
「質が届かぬのであれば、数で補えばいい。二十でも三十でも、百でも頭を使って敵以上の戦力を整えればいいのだ」
デラーズは高らかに笑う。これで王国の英雄に比肩する魔術を行使できるのだ。今後はいいようにはやられない。
しかも、実際に土魔術のことを研究すると、意外と使いやすいことが分かってきた。これまで戦で使うには、火魔術がいいとされてきた。火魔術は総じて攻撃力が高いこともあるが、その派手さが敵の戦意を挫くのだ。
しかし、帝国の魔術士たちが土魔術を研究すると、派手さはないが嫌らしい攻撃であることが分かった。落とし穴に落ちた兵士は死ななくても行動できず、さらに落とし穴があることで移動が制限される。また、火魔術は防御できるが、落とし穴はそうはいかない。防御魔術は魔術を防ぐが、魔術の発動を防ぐものではないからだ。このことに気がついた帝国の魔術士は、土魔術を研究するに至ったのだ。
固定観念というのは、魔術に限らず進歩を邪魔するものであると、アレクのおかげで気づいたのだが、それが帝国の魔術士だったのは、王国にとって不運だったかもしれない。
「王国の英雄があの魔術を行使すれば、こちらも行使する。そうなれば、王国の英雄も魔術を行使するのを躊躇するだろう」
「不毛な魔術の応酬は、お互いを消耗させるだけです。そうなった場合、王国よりも兵力や国力が上の我が帝国が、最終的に勝つのは当然のことです」
デラーズとゲルバルドが会話をしていると、再び地面に巨大な落とし穴が作られた。落とし穴は敵を無力化し動けなくするには丁度いい。しかも、防御魔術では防げないので、対処のしようがないのが悪辣である。そのことに思い至ったデラーズとゲルバルドは、帝国中から優秀な土魔術士を集めた。
これまで最も人気のなかった土魔術が、アレクの功績によって敵国である帝国で見直され、実戦に投入された瞬間であった。
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