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5話

「ん……」

 どれくらいの時間が過ぎたんだろう。

 肩に流れる血は、いつの間にか止まっていた。既に赤茶色に変色し始めている。

 叫びたくなるほどの痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。

 一箇所にとどまっているのは危険だ。それは世界が変わってしまってから、嫌というほど味わってきた。

 一歩、また一歩と歩みを進める毎に、全身に激痛が走る。

 路地裏を抜けて、開けた場所に出る。とにかく、ここから離れなければ……。隠れるところなんて、後からいくらでもーー。

 そんな考えをかき消すかの様に、誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 靴で地面を踏む音じゃない。もっと何か、地面を引きずる様な音だ。

 ーーズルズル。ーーズル……ズル。

 その音は、段々とこちらに近づいてきているようだ。

 私は、ガクリと膝をつき、冷や汗を流した。

 さっきのゾンビだ。私を探している。見つかったら、今度こそ殺されてしまう。

 こんなこと考えたくないのに、身体を引き裂かれ、臓物を撒き散らす私を思わず想像してしまう。

 嫌だ。嫌だ。そんなの嫌だ!

 どれだけ死んだ方がマシだと思っていても、本能では生きたいと必死だった。

 私の脳みそはこの場をどう切り抜けるか、ただそれだけを考え、迅速に答えを導き出していく。

 さっきまでの焦りと混乱が嘘のように、冴え切っている。まるで、頭が氷漬けになったみたいだ。

 まず、どうしてあのゾンビは自分と同種であるゾンビを襲ったのだろう。今まで何体ものゾンビを見てきたが、そんなことをするゾンビはただの一体もいなかった。

 あの少女のゾンビが、特別なのか? 見た目だけでいうなら、他のゾンビたちとなんら変わりないのだが。

 ⋯⋯いや、一つだけ、明確に違うものがあった。私の考えが間違っていないのならばーー。

 ーーもしかしたら私は、助かるかもしれない。

 やはり、音の正体はあの少女だった。よく見ると、皮膚が擦り切れて所々裂けている。見ているこっちが痛くなりそうなその惨状に、肩の傷がジュクジュクと疼いた。

 少女が、こちらに気づく。もう、意識がないというのに気づくというのもおかしな話だが。

 その、何物も映し出さない真っ暗な瞳と数秒の間、見つめ合った。永遠とも思える時間の中、少女の体がゆっくりと傾いてーー。

 そして、私目掛けて猛然と走り出した。その間、僅か数秒。私には、一瞬のことに感じられた。

 肩を噛み付かれた時のことがフラッシュバックして、私は強く目を瞑った。

 しかし、今度はいつまで経っても少女は私に危害を加えてこない。恐る恐る目を開けると、少女は私に向かって跪いていた。

 いや、正確には私の足下にあるものを拾っていた。

 そう、それは少女が最初に持っていた腕だ。理由はわからないが、この腕に反応して襲っていたんだろう。

 少女は、大事そうに両手で腕を包み込んだ。

 その様子を見ているとなんだか、感情を持っているような、一人の人間を見ているような気持ちになる。

 そんなこと、あるわけないのに。

「ゆ……えんち……」

 これからどうするかを考えているところに、そんな蚊の鳴くような声が聞こえた。

 思わず、辺りを見回す。他に生存者がいるという可能性が、真っ先に浮かんだからだ。

 だって、あり得ないから。既に死んでいて、人の肉を喰らうようなゾンビが、言語を話すなんてそんなこと……。

 しかし現実として周りに人はいないし、この状況で話したのは少女以外に考えられなかった。

「ゆう……えんち……。やくそく……なの」

 今度ははっきりと、聞こえる。それは、確かに少女から発せられているものだった。

 遊園地? 約束? どういうことだろう。少女が持っている腕と、何か関係があるんだろうか。

 だとしたら、少女の過去に、一体何があったんだろう。

「……どうせ、この後どうするのかも決まっていないし、しばらくは一緒に行動するのもいいかもしれないな」

 私は少女と同じ目線になるようしゃがんだ。少女は、キョトンとした表情を浮かべている。

「私が、遊園地まで連れて行ってやろうか? ……って言っても、その遊園地がどこかわからないし、とりあえず一番近いところしか行けないんだけど」

 少女には、これといった反応はない。もしかしたら会話ができるんじゃないかと期待していたが、そこまでは流石にできないようだ。

 それでも、何となく賛成しているように見えた……気がする。

 私は少女に手を差し出して立たせると、拳を突き出し声を高々に叫んだ。

「よし! 目指すは遊園地、出発だ!」

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