6話
朝、東の空が段々と明るくなっていく。
柔らかな日差しが、それとは真逆の存在である少女を包み込む。
元は住宅街であっただろう瓦礫の山に、埋もれる様に身を潜める。寝心地は最悪だが、風を通さない分いくらかはましだろう。
もっとも、この少女には睡眠など必要ないのだが。
ゆっくりと昇っていく太陽の、眩しさに目を細めることもせずに淡々と見つめ続ける。
「うう……。おはよう……」
そんな呻き声ともつかない挨拶でもう一人、瓦礫を押し退け外へと出てきた。
自らのことを“さえか”と名乗った女性。彼女は少女を他のゾンビたちとは違う、特別だと考えて少女を遊園地まで連れて行くと言った。
少女はさえかの言うことのほとんどを理解することが出来なかったが、それでも共に行動することだけは守っていた。
「身体、ガチガチだよ」
さえかは太陽に向かって大きく伸びをすると、軽くストレッチを始めた。
「はあ、ちょっとはすっきりしたかな。……あれ、それまだ持ってるの?」
そう言ってさえかが手を伸ばしたのは、少女が肌身離さず持ち歩いている誰かの腕だ。
少女は、お気に入りの玩具を取られたかの様な、それを離してしまうと二度と取り戻すことは出来ない様な、そんな不安感に駆られた。
だから少女は、犬の様に唸り目一杯威嚇をした。少しでも近くと、噛み付く勢いだ。
「わかったわかった、そんなに嫌ならもう触らないって」
さえかは少女から一定の距離を取って、何もする気がないことを伝えた。
少女もそれ以上さえかに興味がないのか、二人の間に沈黙が流れる。
「それじゃあ、ま。そろそろ行きますか」
太陽が真上に差し掛かったころ、ようやくさえかが口を開いた。
さえかが歩き出すと、ワンテンポ遅れて少女が付いて行く。
少女は体が硬直しているうえ、腐敗も進んでいる。歩くというよりかは、引きずるといった方が正しいだろう。
が、さえかもゾンビに襲われないよう慎重に進んでいるからか特に問題にはなっていないようだ。
「あれ?あそこ……」
そう言ってさえかは立ち止まり、遠くに見える何かに目を凝らした。
「建物だ! 中に何かあるかもしれないぞ!」
さえかの表情がぱぁっと明るくなる。進む足取りも自然と早くなり、少女は手を引かれてその建物へと急いだ。
遠くでは立派に見えていた建物は、しかし目の前まで来るとハリボテでしかなかった。
屋根は吹き抜けになっていて、壁は崩れかけている。少しでも風が吹けば倒壊してしまいそうで、逆によく今まで残っていたなと感心してしまう程だ。
「とにかく、中を調べてみないと……」
さえかは音を立てないよう少女に念押しすると、地面に落ちていた小石を拾って建物の中へと投げ入れる。
カランコロンと、小石が木目調の床を小気味良い音で転がり、そして数秒後には耳が痛くなる程の静寂が訪れた。
「よし、あいつらはいないみたいだな」
確認はしたものの、念には念をということだろうか。恐る恐る、中を覗いてゆっくりと入って行く。
歩くたび床はギシギシと軋み、シンとしている分余計に響き渡っている。
「ゾンビよりも、床が抜ける方が心配だなこりゃ」
少しおどけた風にそう言うと、さえかは周りを物色し始めた。
少女は何をするでもなく、その場をうろうろするだけだ。
規則正しく、一定の間隔でテーブルが置かれている。もっとも、劣化が激しくてどれも使えたものではないが。
その中でも一際損傷が目立つ窓際の席へと移動すると、少女はそっと外に目をやる。
相も変わらず空は厚い雲に覆われていて、どこからともなく黒煙が上がっている。
「どうしたの?」
ハッとして声の主の方を見ると、さっきまでぼろぼろだった筈のテーブルが嘘のように真新しくなっていた。そしてそこに座っている青年。
何故だろう、とても懐かしい気持ちだ。ずっとこの時を待ち望んでいたような、そんな気がする。
彼は愛おしそうにクスッと笑うと私に座るよう促した。
「それで、どうしたの? ボーっとしちゃって。君らしくない」
「ううん、何か長い夢を見ていたような……。もう、思い出せないんだけど」
私は頭を抱えてうんうんと唸った。ここに来る前は何をしていたんだっけ? どうしてここへ来たんだっけ? どこまでが夢なの? これは現実?
「きっと、疲れているんじゃないかな。ほら、コーヒーでも飲んで落ち着きなよ」
「うん。……あれ、コーヒーって最初からあったっけ」
テーブルの上には確かにコーヒーカップが二つ。湯気が立っているけど、店員が持ってきた気配もなかったし……。彼の言う通り最初から置いてあったんだろう。
それで納得した私はコーヒーに手をかけ……、
「……待って。やっぱり、おかしいよ」
「何がおかしいの?」
「あなた、名前は何ていうの? ずっと前から知っていた筈なのに、どうしても思い出せないの」




