第10話 次の街へ向かう途中の出来事
海を見ていない。
それを思ったときには海が懐かしくなり、耐え切れなくなってきた。
潮風。
流れる波の音。
果てしなく続く地平線。
砂浜で足の裏にびっしりと砂を付けて。
たまに踏む貝殻の痛いこと。
だから俺は次の街を聞いた時喜んだ。
そしてただの偶然だと思った。
でも必然だったのかもしれない。
その出来事は。
「これで終わりだな。次は護衛任務だ。頑張ってこい!」
討伐任務を終えた俺とアダン君はカイさんの見送りの後、馬車に乗って次の街へ向かうことになった。
次向かう街の名前はカラの街と言い、カウナ帝国でも相当重要な港町らしい。それは貿易という点だが、騎士たちにとっても王族の城があるため、重要な街とも呼べる。
聞けば、アリスの母親のアリサさんが乗った船が出発した港でもあるとかどうとか。
つまりアリサさんと出会えるのだろうか。
アリスの母親で賢者の一人。
うーむ。
どんな人なのだろう。
なんて思ってしまう。
次行う任務は護衛任務。護衛する相手は王女らしいが、詳しくは知らない。ただ討伐任務の次に嫌われている任務らしいので、一筋縄では行かないはずだ。
ただそれ以上に。
一筋縄でいかないのはアダン君だ。
気づけば一週間以上一緒にいると言うのに、まったくと言って良いほど仲良くなれていない。
心を開こうとしない。
俺が何をしたというのか。
いや、何もしていない。そう何も話そうとしないのが問題なのだ。アダン君は俺という嘘つきが信用できないのだ。
気まずい時間が流れる。
窓の外を見ては、アダン君を見て、再び窓の外を見るのを繰り返す。
アダン君はずっと窓の外を見ている。こちらに一度も目を向けようとしない。ムスっとした表情をし続ける。
今まで何だかんだ先輩騎士が隣にいて、アダン君と二人っきりになるのは初めてかもしれない。
はぁ、どうしよう。
何を話せば良いのだろうか。
それとも話さないのが得策なのだろうか。
なんて思っていると、馬車が急に止まった。
「どうしたのですか?」
「いや、珍しいことに、女性がいてね」
運転手に聞くと、運転手が道の向こう側に指を向けた。
「女性?」
アダン君も気になったのか、馬車から顔を出し、前方に目を向ける。
そこに一人の女性が地べたに座っていた。
ただぼんやりと空を眺めているその女性は何とも神秘的な人に見えた。真っ白なワンピースを来て、ただぼんやりと眺めるだけなのに。
そんな女性がこちらに気づく。
「こんにちは」
小さく、ゆったりとした声で挨拶をしてきた。
俺は思わず馬車から飛び降りて、その女性の元へ駆け寄った。
「こんにちは。こんなところで何をしているのですか?」
「空を眺めているのです」
「モンスターがいて危なくないですか?」
「いえ。私は強いので」
その言葉にそうなのだろうなと思った。
ただならぬ強さを俺は女性から感じた。
それはどちらかというと人ならざる者のような、そんな気さえ感じさせるほど。それほどの圧倒的な存在感を彼女は放っていた。
「あなた方はどこへ向かわれるのですか?」
「カラの街に」
「カラの街? 偶然ですね。私もカラの街に向かっている途中なんです」
「でもここから徒歩ですと丸一日はかかるでしょう?」
「歩くの好きなんです」
「ああ」
それは少しわかる。
「でも、大変だと思います。馬車に乗りませんか?」
「お気持ちはうれしいのですが、お断りしたいと思います。私は一人寂しく歩きたいのです」
「そうですか」
残念。
ただ一目見ただけで、ここまで興味を持ったのは生まれて初めてだったのに。
「何となく、思います。あなたは私と同じみたいです。何かが。その何かは分かりませんが。私はあなたに興味を持ちました。お名前は何ですか?」
「リヴァです」
「リヴァ。リヴァ。リヴァ。良い名前ですね」
女性はそう何度もつぶやいて、笑って。
「あなたの名前は?」
そう聞いた時、女性はうふふと笑って、答えてくれた。
「ララと申します」
それがララと名乗った不思議な女性との出会いだった。
無事カラの街にたどり着いたのは夕暮れ時だった。
護衛任務を教えてくれる先輩と出会うのは明日を予定しており、今日は何もすることがないことになる。
だから宿を取って一泊することになる。
夕飯を宿で取り、狭い風呂に入り、気づけば窓の外は真っ暗へと変わり果てていた。ベットと椅子とテーブルしかない部屋で出来ることは備え付けの数本の本を読むぐらいしかない。
ベットに腰かけて窓の外を何となく眺めてみる。
久々の一人の時間。
ふとララさんの言葉を思い出す。
一人寂しく歩きたい。
昔の俺もそれを好む時があった。
もちろん友達といる時間も好きだった。
でもそれとは別に一人でいる時間も好きで、どちらかというと一人の方が多かった。
それなのにこちらの世界に来て、人と交流をするようになってからは常に隣に誰かがいる毎日。
一人の時間か。
ララさんは無事この街にたどり着いただろうか。
「結局何者だったのだろう」
何の目的をもって、この街へ向かっているのだろう。
もう一度会いたい。
会えるだろうか?
--------
「ふんふーん」
綺麗な鼻歌が森に響く。
ララはまだ森の中を歩いていた。
ゆっくりと少しずつ、カラの街へ。まだカラの街は程遠い。
「本当に不思議ですよねぇ」
ララは誰に言うわけでもなく、独り言を発した。
「夜になった途端。どうしてモンスターさんたちは私を襲うのでしょうか?」
ララが歩いてきた道には数多のモンスターの死骸。
それは無造作に、道を塞ぐ。
血が飛び散った真っ白だったワンピース。赤く染まった手。そんな姿の人間を襲うモンスターは既にいなくなっていた。
モンスターは既に恐れていた。
その化け物に。
ララはゆっくりと歩を進めながら、ふふふと笑った。
昼に出会った一人の少女を思い出したからだ。
「綺麗な方でしたね。リヴァ。最強の生物が変身したらあんなに綺麗になるなんて不思議な話ですね」
ララは気づいていた。
「それにしても、どうしてリヴァなんて名前を名乗っているのでしょうか? 自身の名前から取ったのでしょうが、嘘つきにしては簡単にばれそうな嘘をつきますよね」
だから興味を示した。
「それに、どうして人間の生活を真似するのでしょうか。最強の生物の考えることは分かりませんね」
ララはそう言って、ふと前方に目を向ける。
立ちはだかる人影。
似た雰囲気を醸し出す一人の女性。
それが自身同様に只者でないと分かると、ララは一瞬考え込む。
そして目的が自身であると理解するとララは笑顔をその女性に向けた。
「どちら様でしょうか?」




