見抜く
皆に一通り、挨拶を終えて。
私は宮殿の大広間にいる。
広間には、侍女さんから護衛騎士さんまでこの宮殿で働く多くの人が見送りに集まってくれた。
「ユキ。元気で」
こちらに来た時に着ていた服は、ショートパンツということもあって皆の前で着ることをルイとレイに反対されたので、手に持っている。
私が今着ているエンパイア型のドレスは有難く頂くことになった。
そんな私に近付いて、レイが声をかけてくれる。
「レイ。…きっとまた…会おうね」
湿っぽくしたくない。
だから、無理に笑って言うとレイも力強く頷いてくれる。
「ユキ。好きだ」
ぎゅっと抱きしめて、耳元で囁かれる。
「うん…。ありがとう」
レイの気持ちはあの時、分かった。
ボーグの黒魔道にレイがかかった時。
レイが私をそういう意味で好きでいてくれたのだということを知った。
でも、私は応えられない。
私が好きなのは…ルイだから。
「レイと出会えて…本当に良かった」
「…俺も」
微かに震える語尾がすごく切なくて、我慢していた涙が零れる。
「次に出会う時は、何としても兄上より先に出会ってユキを俺の伴侶にする」
無理していると分かる明るい声で、レイが言う。
そんな彼に対して言葉が出なくて、必死に頷きながらレイの胸に顔を埋める。
「ユキ。こっちを向いて。顔を見せて」
レイの言葉に涙が止まらないみっともない顔を上げる。
あんなに小さかったレイが、今は顔をあげないと視線が合わない。
綺麗な茶色い瞳を見上げながら、色々なことを思い出す。
出会った頃はまだまだやんちゃな男の子で。
でも、お母さんを亡くした悲しみも背負っていて。
お兄ちゃんのルイに追いつこうと必死に努力していたかわいい王子様。
そんなレイが私に懐いてくれて、どれだけ嬉しかったか。
私にだけ見せてくれる甘えたな態度がどれだけあの頃の私を支えてくれたか。
大人になってからもそう。
ルイに対する気持ちとは違うけれど、間違いなく私にとって大切な大切な存在。
「レイ。私の…大切な…レイ。…幸せに…なって…ね?」
途切れ途切れ、何とか伝える。
すると、レイの瞳が辛そうに歪む。
「ユキがいないのに、幸せになんかなれる筈ないだろう」
その言葉に絶望的な気持ちになる。
「でもっ…」
慌てて言葉を続けようとした時、レイの顔が見えなくなった。
そして感じる、唇への温かさ。
あれ?
私、レイにキスされてる?
あ、だから顔が見えなくなったのか。
近すぎて見えないってやつ…。
「レイッ!!」
混乱した頭でそんなことを思った次の瞬間には、慣れ親しんだ匂いに包まれていた。
「どういうつもりだっ!!」
私を後ろから抱きしめてレイの腕から引き離したルイは、青筋をたてて怒る。
ルイは普段穏やかで激昂することなんて無いからこんな風に怒ると怖い。
私が怒られている訳ではないのにびくりとしてしまう。
でも、そんなルイを前にしても全く動じないレイ。
「俺だってユキのことをこんなに想っているのにもう会えないんですよ。これくらい良いでしょう」
「良いわけないだろうっ!!」
レイの言葉にルイが即座に言い返す。
「嫉妬深い男は嫌われますよ、兄上。それに、これからあなたの代わりに面倒なもの全てを背負う俺に対する思いやりはないんですか」
肩をすくめて言うレイに、ぐっと押し黙るルイ。
ルイがレイに言い負かされるなんて珍しい。
「ユキ。俺はユキがいなければ幸せにはなれないと思っている。…けど、ユキがいなくても幸せになる努力はするつもりだ」
レイの綺麗な茶の瞳が私を捉える。
その言葉に頷く。
「だけど、兄上はユキがいなければ生きていけない。俺よりずっと弱い。そんな人間は国王として失格だ」
レイの言葉に自分の顔が引きつるのが分かった。
何と無くそこの部分は否定できない気がする…。
恐る恐る私を抱き締めて離さないルイを見上げる。
すると、にこりと素敵な笑顔を返された。
「レイの言う通りだ。俺は国王としてこの国を治めていくという覚悟が足りない。だから、国王の座をレイに譲ることになった」
…………
………
……
…
「……はぃ?」
たっぷり間を開けて。
間抜けな言葉が口から零れる。
今なんて言った?
国王の座を譲る?レイに?
なんで?
私がいなくなるから?
そんな理由で国王って辞められるの?
混乱する私に、更にルイが爆弾を落とす。
「だから、俺も一緒にユキの世界へ連れて行って欲しい」
……ツレテイッテホシイ?
………つれていってほしい??
………………………。
連れて行って欲しい!!??
懐かしい脳内変換をして、ポカンとルイを見つめる。
人間驚きすぎると何も考えられなくなるんだなぁと、どうでもいいことまで考えてしまう。
「俺のことをどう思っているのかユキが答えてくれたあの夜、ユキは俺を受け入れられないと言った。…でも、それは嘘だろう?」
優しく笑って私の髪を梳きながら、ルイが言う。
「…ど…して…」
「ユキのことならば何でも分かるつもりだ。…というのは、言い過ぎかな。だが、あの夜ユキは俺が唇に触れるのを許してくれただろう?それで確信が持てたんだ。ユキは好いた相手でないと、ああいうことは許さない。きっと、今後の俺のことを考えて身を引く決心をしたのだと分かった」
ルイの言葉に視界がぼやける。
見抜かれていた。
私の精一杯の虚勢が。
でも、それは何て幸せなことなんだろう。
「元々、兄上はユキがこちらに残らないことは分かっていたから、ユキがどう思おうと付いて行くつもりだったんだ。俺に全て押し付けてね。だけど、そんな事納得できる訳ないだろう?それなのに、ユキが寝ている間に全て引継ぎを終わらせてしまった。全く、人間ワザとは思えないよ」
レイが呆れたような感じで声を出す。
ルイが今まで寝ていないのって、王としての仕事と並行して引継ぎをしてたからなのだということに気づく。
「レイは優秀だからな。充分に俺の代わりに国王としてこの国を治められる」
どこか申し訳なさそうに、ルイが言う。
「こんな時だけ褒められても…。けど、兄上にはボーグの件で大きな借りがある。だから、引き受けた」
ボーグの黒魔道にかかったことを言っているのだろうレイは、言葉程渋々といった感じではない。
「ユキ。だから安心して兄上を連れて行ってやって欲しい」
レイのその言葉にもう我慢できなくて、涙が零れ落ちる。
私、ルイのこと諦めなくていいの?
手を伸ばしていいの?
ルイとの未来を望んでいいの?
「ユキ。ユキの気持ちは分かっているつもりだ。けれど、しっかりとした言葉が欲しい。俺はユキのことを誰よりも何よりも愛している。…ユキも同じ気持ちだと思っていいだろうか?」
しっかりとした言葉とは裏腹に、ルイの瞳は不安気に揺れている。
そんなルイに必死で頷く。
「わっ…私もっ……ルイがっ…ルイだけをっ…愛して…ますっ」
涙が止まらなくて、嗚咽も零しながら必死に紡いだその言葉はルイに強く抱きしめられたことで、しっかり届いたのだと分かる。
その瞬間、私達を強い光が包む。
「クウちゃん…?」
ーーユキ。時間だ。
光の中でクウちゃんの声が響く。
「ルイも…ルイも一緒に帰ることはできる?」
ーーユキがそれを望むならば、叶えよう。
どこか笑いを滲ませた声で答えてくれる。
「一緒にいたいの…。お願い」
ーー分かった。
私達を包む光がどんどん強くなる中で、レイやフェイさん、ルドルフさんといったセリンガムの人達が笑顔で手を振っているのが見える。
そんな彼らに必死で手を振り返して。
聞こえるかどうか分からないけど、ありがとうと叫ぶ。
そして、私は私をずっと抱き締めてくれる力強い腕の中で意識を失った。




