色
「フェイさん」
ヘインツさんとの話が終わり、中庭へ行って紫色のローブを纏った後ろ姿に声をかける。
「遅くなってしまってすみません」
王宮お抱えの魔道士であるフェイさんは忙しい。
そんな彼と個人的に挨拶がしたいと思って時間を作ってもらったのに、待たせてしまった。
「いいえ」
恐縮する私に、にこりと優し気な笑顔を向けてくれる。
そんな笑顔を見ながら、近付いて、でも言葉が出なくて黙る。
フェイさんも何も言わずに、静かに私を見つめる。
視線が絡まる。
初めてフェイさんと出会った時から8年もたっているというのに、フェイさんだけは変わらない。
あの頃のまま。
纏う空気が同じだからかな?
穏やかで強い。
「この中庭で、よくお茶をしましたね」
静かに声を出したのはフェイさん。
「私がこちらに来たばかりの頃ですね」
まだリィもシュリゾナへ輿入れしていなくて、ルイやレイも幼くて。
ここで皆でお茶をした。
王妃様やディル王子にマリー様も一緒なんてこともあった。
フェイさんのこともよく誘ったっけ。
忙しい人だから、すぐに席を立ってしまったけど誘うと必ず参加してくれた。
「忙しいのにフェイさんが断らないでいてくれたことが、とても嬉しかったです」
昔を思い出しながら言うと、フェイさんも笑う。
「私も誘ってもらえて嬉しかったんですよ。あなたと過ごす時間は穏やかで心安らぐものでした」
「私にとってもそうでしたよ。フェイさんといると落ち着くって言うか、安心できました」
ルイやレイがフェイさんに懐いていたっていうのもあるけれど、拒否されないことがあの当時の私には重要だった。
自分はここにいていいんだなって、思うことができたから。
「あなたがいなくなってから、とても後悔しました。あの時もっと自分にも出来ることがあったのではないかと、よく考えたりして。だから、もう一度会うことができて、本当に良かった」
「そんな風に思ってもらえていたのに、仕事の話しかできませんでしたね。お茶なんて飲めなかったし」
二度目にこの世界へ来てからは、お互いに大忙しで。
ゆっくりする時間もなかった。
「充分ですよ。あなたと会うことが重要だったのですから」
フェイさんの穏やかな言葉に照れてしまう。
「ありがとうございます」
「いいえ」
そうして、また視線が絡む。
「…私、元いた世界に帰ります」
しばらくして、声を出す。
「はい」
「お世話になりました。…そして、フェイさんに出会えて良かったです」
そんな私の言葉に、フェイさんはにこりと笑う。
「そう言ってもらえて光栄です。ユキ殿は私にとっても特別な女性でしたから」
フェイさんは初めて会った時から、ずっと私をディールの姫ではなく、ユキと呼んでくれていた。
国の中枢にいる人にそう呼ばれることが、本当に嬉しかった。
「…そんなユキ殿に見て欲しいものがあるんです」
そう言ってフェイさんは手を私に向けると、何かを小さく呟く。
すると、穏やかな風が私を包む。
そうして私を囲むように、薄いピンク色の花びらが舞う。
「わぁ…」
幻想的な風景に感嘆の声が出る。
目の前を飛ぶ花びらに触れようとするけれど、手には何も当たらない。
魔道で見せてもらう幻覚なのだと分かる。
「ユキ殿の生まれ育った国のサクラという花を再現してみたのです。どうですか?」
昔、話した桜のことをフェイさんが覚えてくれていたことに驚く。
「そっくりです。綺麗…」
色合いといい形といいそっくりだった。
「旅立ちの時を迎えるあなたへ、私からのささやかな贈り物です」
そう言ってくれるフェイさんの姿がぼやける。
もう、今日は泣かないって決めてたのに。
ヒキさんの時もそうだし、涙腺が弱過ぎる。
涙でぼやけてしまう視界が悔しくって何度も拭うけど、あまり効果はなかった。
「ユキ殿にもこの花のような色は似合いますよ」
いつもピンクはリィの色だと言っていたからだろうか。
フェイさんの言葉に笑ってしまう。
「私が生まれ育った国でも昔、紫は高貴で特別な人しか身に着けることができない色だったんです。でも、そんなことは関係なく…そのローブはフェイさんにぴったりですね」
フェイさんがいつも公式な場で纏う紫色のローブ。
こちらの世界も色で位分けされていて、紫は最高位の魔道士しか身に纏うことはできない。
でも、地位を表すものではなくてその色自体が似合うと感じた。
「紫ですか…。ありがとうございます」
なぜか、少し寂しそうに笑ってフェイさんは続ける。
「私にとってあなたはこの花のような色ですよ」
私を包む桜の花びらが、その瞬間ぎゅっと集まって。
まるで抱きしめられているようだと感じた。
大広間へ向かって歩いていると、少し離れた柱の影からこちらを見ている視線に気付く。
くりくりとした大きな瞳に赤褐色の髪の毛。
ふわふわとした子ども用のドレスを着た可愛い女の子は、2、3歳くらい?
「こんにちは」
怖がらせないように、あまり近づき過ぎない所でしゃがんで視線を合わせるように声をかける。
「ちわっ!!」
女の子は見た目とは裏腹に元気よく挨拶をしてくれる。
その元気な声に自然と笑顔になる。
たまたまここにいた訳ではないのであろう女の子を見ながら、その顔の造りを見てまた笑顔になる。
「私はユキと言うんだけど、お名前を教えてくれる?」
「みーしゃ」
女の子はてこてこ、こちらに向かって歩いてくると笑顔で教えてくれた。
「ミーシャ」
そんな私達に向かって穏やかな声がかかる。
顔を向ければ、やはりそこにいたのはディル王子だった。
「ちちうえっ」
ミーシャが嬉しそうに彼に手を伸ばす。
そんな娘を抱っこして、ディル王子が私の方を向く。
「やっぱり、ディル王子のお子さんだったんですね」
顔を見てすぐに分かる程、似ている。
「もう王子ではないと言っているのに」
苦笑しながら王子が頷く。
なんていうか、もう癖なんだよね。
ディル王子で一つというか、あだ名という感じで。
「ユキが帰る前に会って欲しくてね。連れて来たんだ」
王子が優しくミーシャの髪を梳きながら言う。
「ありがとうございます。可愛い子ですね」
「みーしゃ、かわいい?」
私の言葉を拾って、ミーシャが反応する。
「そう!可愛い子!」
笑顔で頷いてナデナデすると、ミーシャはくすぐったそうに笑う。
ああ、癒される。
最近触れ合う機会のあった子達に男の子が多かったせいか、女の子の可愛さを忘れてた。
いいわぁ。女の子もいいわぁ。
「ユキには本当に世話になりました」
ナデナデしたり、ほっぺをぷくぷくしたり、ちょっとくすぐったり、ミーシャが嫌がらない範囲で触りまくっていた私に王子の声がかかる。
「そんなのお互い様です。私こそお世話になりました」
私達がシュリゾナへ行っている間、セリンガムで宰相ルドルフさんと共に有力貴族達を纏めて、この国を守っていてくれたのはディル王子だ。
「もう会えないのですね」
「寂しがってなんかいられませんよ。王子はこれから馬車馬のように働かないといけないんですから」
ふざけたように言うと、ディル王子は苦笑する。
「きれーねー」
ミーシャが私の髪に触れながら声を出す。
「侍女達の間でユキの髪色は話題なんですよ。ここでは珍しい色ですからね。ディールの姫を真似て髪の色を暗くする者もいるくらいで。それをミーシャも聞いたことがあるのでしょう」
おおぅ…。
私なんかを真似てもらえるなんて恐縮です。
「ミーシャの髪も綺麗だよ。綺麗な赤」
ふわふわとした髪の毛を撫でながら言うと、ミーシャは驚いたようにこちらを見た。
「きれー?みーしゃもきれー?」
「すっごく綺麗だよ。この色はね、頑張り屋さんの色なんだよ。ミーシャもきっと何にでも一生懸命に取り組める女の子になるんだろうね」
確か赤色ってアクティブなイメージが強いけど、そんなことも言われてたのを思い出して言う。
ミーシャのイメージにも近い気がするし。
「ありがと!」
私の言葉が完全に理解できた訳ではないだろうけど、ミーシャは嬉しそうに言う。
「頑張り屋…か」
「ディル王子?」
どうかしたのかと問いかけると、ディル王子は優しく笑う。
「ミーシャの母であるマリーシュレルは自分の赤毛を何より嫌っていてね。ミーシャに遺伝してしまったとよく嘆いていて。だから、ミーシャもあまり自分の髪が好きではないんだ」
えぇー。
赤毛の何が嫌なのさ。
ミーシャもマリー様もツヤツヤのキューティクルで、色白の肌に映えていい感じなのに。
まぁ、コンプレックスって他人には分かりづらいものが多いってことかな。
「大丈夫!ミーシャは綺麗だよ!顔も可愛いし髪の毛も綺麗だし。人生勝ち組!やったね!」
「かちぐみー!やったー!」
確実に意味は分かっていないだろうにミーシャは私を真似て手を上に上げて言う。そんな娘を見ながら、ディル王子が声を出して笑う。
「本当にユキは…。その言葉をマリーシュレルにも伝えておくよ」
私を見つめるその優しい眼差しに、また涙腺が弱くなりそうで慌てて笑ってごまかす。
ディル王子とミーシャと別れてから、ふと視線を感じた方を向くと、少し離れた柱の影に隠れるように女性が立っているのが見えた。
目が合うと、女性は深々と頭を下げる。
そんな彼女の動きに合わせて、豊かな赤毛が肩から滑り落ちる。
彼女を見てもそれ程負の感情が湧かない自分にホッとして、私も頭を下げた。




