挨拶
翌日、朝ご飯をもりもり食べる私にルイとレイが苦笑を零す。
「ユキ、そんなに食べて大丈夫?」
レイが声を掛けてくれるけど、笑顔で頷く。
「ここでご飯が食べられるのも今日が最後だからね。食べ納め」
セリンガムの料理長、天才!
そう続けると二人がまた笑う。
今日の予定は午前中にルイの力を借りて、リィと話しをすること。
後は、私なりのお別れをして回ること。
以上。
クウちゃんの力がもうほとんど残っていないから、今日一日で何とかしないといけない。
大忙しだ。
だから、しっかり食べておかないと。
そんな私を見つめるルイの視線に気付かない振りをして、私は口を動かす。
ルイとしっかり目を合わせてしまったら、また泣いてしまいそうだから。
今日一日くらい、虚勢を張りたい。
『ユキ』
ルイとレイと共にやってきた部屋にある、上半身が映るくらいの大きさの鏡にルイが手を触れると、事前に通達が行っていたのか、すぐにリィの姿が映し出された。
「リィ、顔色が良くなったね。体調はどう?」
声も普通に聞こえて、まるですぐそばにリィがいるようだった。
『調和の翼竜のお力添えなのか、体調はとてもいいの。ユキは大丈夫?変わりない?』
調和と知の翼竜を呼び起こしたリィとセナジールさんは、あの後すぐに意識を取り戻したのに、目を覚まさない私をリィはずっと心配してくれていたのだということをさっきレイから聞いた。
「うん!元気元気!ありがとう」
笑う私に、リィもほっとしたように微笑む。
本人が言う様に体調は本当にいいのだろう。
青白かった顔色が今は頬に少し赤みがさして、薄化粧だというのにとてつもなく綺麗だった。
そんなリィの後ろで、相変わらず固い表情のショルジュ殿下とこちらは何を考えているのか分からない能面のようなセナジールさんが控えているのが見える。
「リィ、私、帰るね」
電話と違っていつまでも話していることはできないから、リィにそう告げる。
リィはこくんと頷いた。
『ユキにもう会えないのは…寂しいわ』
「私も…。もっとたくさん一緒にいたかったね」
『ねぇ、ユキ。前に私が言ったことを覚えている?』
リィの言葉に首を傾げる。
何だっけ?
『私、次の生はユキの側がいいわ。ここで調和の翼竜の使役者としての使命を終えて、天寿を全うした時、調和の翼竜に願おうと思うの』
にこやかなリィの言葉に、ガーンとでも音がしそうな程ショルジュ殿下の顔色が悪くなる。
でも、残念ながら殿下の前にいて私の方を見つめているリィは、当然そのことには気づいていない。
殿下、ご愁傷様です。
「それはいいですね!姉上っ!ぜひ、俺のことも翼竜に頼んでください」
私の後ろにいたレイが声を出す。
『ええ。叶えて貰えるか分からないけれど、そうしましょう。また、皆でユキの側で暮らせるように』
嬉しそうに楽しそうに、リィが言う。
レイの様にルイも言葉を発してくれなかった事実に胸が痛むけど、それには気づかない振りをする。
「嬉しい…。本当に嬉しいよ…。リィ、大好きだよ」
そんな風に言ってもらえて本当に嬉しい。
じわりと目元が熱くなる。
『私も大好きよ』
リィが微笑む。
この綺麗な笑顔を覚えておこう。
そう心に誓う。
「…じゃあ、次に会う時までにリィのことは殿下にお任せしますからね」
不貞腐れたように、そっぽを向いているショルジュ殿下に声をかける。
『…任されるも何もリリアーヌは私の妃だ』
素っ気なく言い放たれる。
妃だからどうしたって感じだけど、ここは大人しく黙っておこう。
「大事にしてくださいね。殿下がちゃんとリィを幸せにしてあげられたら、しょうがないですから、生まれ変わった時に一緒に来てもいいですよ」
『お前の許可などいらん』
突っぱねられて、笑ってしまう。
「そんなこと言っていいんですか。きっとリィは私が嫌がったら殿下のことは頼みませんよ」
私の言葉にリィが苦笑して、殿下はぐっと詰まる。
あの時。
リィにそんなに辛い思いをしてまで殿下の側にいたいかと聞いた時。
リィは否とは答えなかった。
彼女の本当の気持ちは分からないけど、それ程殿下のことを嫌っている訳ではないのだろう。
まぁ、私達の絆を超えられるとは思いませんが。
「地位向上を目指して頑張ってください」
考えていることがバレバレだったのだろう。
心の籠らない激励に、セナジールさんが小さく吹き出し殿下は口元を歪めた。
『姫。こちらのことはお任せを。私が殿下の尻を叩きましょう』
セナジールさんが穏やかな表情になって言う。
なんだろうね。
同じ翼竜の使役者だと分かってからセナジールさんとの距離が縮まった気がする。
同族意識みたいなものかな。
「セナジールさんがいれば安心ですね。それでもまた、リィを傷付けるようなことがあればセリンガムに帰してください」
『仰せのままに』
『…貴様ら、いい加減にしろ』
セナジールさんの横で、殿下が唸り声のようなものを上げる。
物理的に距離があるからね。
殿下がキレたって怖くない。
「リィに里心がつくことを心配して、連絡をとれないようにしてたのはどこの誰ですか。そういうのを私の世界の言葉でヘタレっていうんですよ。ヘタレ殿下」
『な、なぜっ、それをっ!!』
ギョッとしたように殿下が声を荒げる。
「言ったでしょう?私の手駒は多いのです」
いつかと同じ台詞を口にすると、殿下の肩ががくっと落ちた。
そんな殿下の様子に皆で笑ってしまった。
「ヒキさん。本当にお世話になりました」
リィとの話し合いが終わった後、部屋に戻ってすぐにヒキさんを呼んでもらった。
今回のことで、ヒキさんには本当にお世話になったから。
彼女がいなかったら、こんなに早く動けなかった 。
私の言葉に、ヒキさんは笑って首を振る。
「私こそ、ディールの姫に仕えることができて幸せでございました」
彼女は今後、竜の里に戻ってまた諜報部で働くことになっている。
ヒキさんのレイド家は諜報活動に優れているから、セリンガムもシュリゾナも引き抜きにかかったらしいけれど、彼女は断ったらしい。
ほんと、そんな凄い人がよく私なんかに仕えてくれたよね。
「セリンガムにいる翼竜達はこれからどうすると思います?」
思い出して、気になっていたことを聞く。
前にフェイさんから、人が使役することを許した翼竜の多くがこのセリンガムにいることを望むのは、クウちゃんがここに私と現れることを予期していたからじゃないかって話してくれた。
その仮説が正しければ、クウちゃんがいなくなったらセリンガムにいる翼竜達はここから離れてしまうのだろうか。
「どうでしょうか。確かに、今後翼竜達を従える竜二体がシュリゾナにいることになりますから、シュリゾナの竜騎士は増えるかもしれませんが、そもそも力でいえばクウに勝るものはいません。そのクウがここを選び、ここで眠ることを選択しているのですから、クウに従うつもりで集まった翼竜達がセリンガムを離れるとは思えません」
竜騎士はこの世界の国々にとってパワーバランスを左右する重要な存在だから、その返答にほっとする。
ヒキさんがこういう言い方をする時は、裏も取ってるってことだから間違いないのだろう。
「良かった…。ありがとう」
そう言うと、ヒキさんも小さく笑う。
「それと、もう一つ。バナーのことなんだけど…」
脳裏に思い浮かぶのは、竜の里へ行った時にクウちゃんと共に命を助けたことで、大人になったら私に仕えてくれると約束してくれた、男の子。
私はもういなくなるから、彼を待つことはできない。
本当は直接謝りたかったんだけど、時間がない。
「承知しております。私からバナーには伝えておきます」
ヒキさんがしっかりと頷いてくれる。
「ありがとう。代わりに…はならないかもしれないけど、これもバナーに渡してくれますか?」
そう言って、予め用意しておいた靴を取り出す。
これは、ルイの誕生パーティで商人の人から買ったもの。
ウルガという動物から作った丈夫な皮でできているこの靴は、女性物とは思えない程シンプルな造りでヒールなんてもちろんない。
けど、足に馴染んで竜の里では本当に役に立ってくれた。
サイズは私のだけど、バナーはまだ子どもだから大丈夫な筈。
今後、役に立てるかもしれない。
「このように貴重な物を…あの子も喜ぶでしょう」
簡単なメッセージを書いたものも一緒に渡すと、ヒキさんは嬉しそうに受け取ってくれた。
こっちの文字をしっかり覚える時間がなかったから、手紙も書けないのが残念だけどね。
「正直、もう少し一緒にいたかったけどヒキさんに出会えたことを感謝しています。本当に今までありがとう」
本心からそう言って、以前に彼女が私に仕える忠誠の証としてくれた金色のペンダントを取り出す。
それを見て、ヒキさんが首を振る。
「それはお持ちください。私は今後誰にも渡すつもりはありませんので」
「…恐縮です」
何だかものすごい事を言われて、少し後ずさりたくなる。
なんで、こんなに思ってもらえるんだろうか。
「姫には分からないかもしれません。けれど、できうるならば姫の世界へ私も連れて行って頂きたい程、私はあなたに心酔しております」
そう言って笑うヒキさんが男前過ぎて、顔が熱くなる。
「がーるずとーくも楽しかったです。姫のような人がいれば私も結婚してもいいかもしれないと思いました」
「ヒキさんは結婚しなきゃダメですよ」
即座に答える私に、首を傾げる。
「なぜですか?」
「ヒキさんみたいな美人さんは、結婚してその美貌を子孫に残さなきゃダメです。美人に生まれた人の使命です」
自信満々に自論を伝えると、ヒキさんは吹き出した。
「姫のそのアンバランスさが私のツボです」
以前にガールズトークをした時に教えたツボという言葉を使って笑う。
「あなたに出会えて幸せでした」
その言葉が嬉しくて。
頬を伝うものを隠すように抱きつくと、ヒキさんは優しく抱きしめ返してくれた。
私は本当に恵まれている。
こんなに素敵な仲間に出会えた。
だから、大丈夫。
最後まで笑って過ごしてみせる。
「姫」
宰相ルドルフさんに挨拶をした後、廊下を歩いていると声がかかる。
振り返ると、そこにいたのはヘインツさんだった。
相変わらずの無表情だけど、何となくすっきりとした顔をしている。
「少し時間を頂いても?」
「もちろんです」
ヘインツさんの言葉に頷く。
ヘインツさんはそんな私から目をそらして、話し始める。
「ボーグは…私の従兄弟でした」
静かにポツリと零された言葉はそれ程衝撃を与えなかった。
「初めてヘインツさんに会った時に、ボーグと似ているなって思ったんです」
ヘインツさんの屋敷で感じたこと。
ボーグはいつもローブを纏っていたから顔をしっかりと見たことはなかったけど、雰囲気というか笑い方が似ているなって思った。
「私とあれは幼い頃に力に目覚めると、問答無用で訓練を課せられました。特にあれは私よりも力が強かったから、それは酷いものだった。よく言っていたものだ。魔道士になどなりたくはないと」
昔を思い出すかのように、窓の外を見ながらヘインツさんは続ける。
「思えば、あの子どもの頃からあれは心を闇に支配され始めていた。私は一番近くでそれを見ながら、自分のことに手一杯で何もしようとはしなかった。…大切な仲間だったのに」
ヘインツさんの言葉に声を出したくなるけど、ぐっと我慢する。
魔道士になるための訓練は本当に厳しいものだと聞いている。
それを幼い頃に同じように受けていたヘインツさんに、他者を気にかける余裕なんてなかった筈。
だから、彼が自分を責める必要なんてない。
けれど、そんな慰めをヘインツさんは必要としていない。
それが雰囲気で分かるから、私も何も言わない。
「だからヘインツさんは、子ども達に魔道を教える道を選んだんですね」
彼が実情を知らない人達に変態貴族と罵られながらも、魔道に目覚めた子ども達を保護する理由に、ボーグのこともあるのだろう。
ヘインツさんは何も言わない。
穏やかな風が彼の髪を撫でていく。
シェーナ塔に上がった時から、ヘインツさんは決めていたのかもしれない。
他の誰でもなく自分がボーグを止めようと。
仲間として。友人として。
「…姫は相変わらずお人好しだな」
こちらに視線を戻してにやりと笑うヘインツさんは、いつもの彼だった。




