失う決意
目を開けると、綺麗な青い瞳と目が合う。
「…ルイ…」
「ユキ。気がついて良かった…」
耳に心地よい声音に、泣きそうになる。
この声を聞くことは、もう叶わなくなる。その事実が辛い。
「ここは…?」
「セリンガムだ。あの後、ユキは気を失って寝たままだったから、こちらに連れて戻ってきた」
「私、どれくらい寝てた?」
「5日だ」
喉が渇いただろうと、水差しからコップに水をついで渡してくれる。
ゆっくりと体を起こすと、くらくらした。
それでも窓の外を見ると、今が夜半すぎなのだということが分かった。
「ルイ、寝てないでしょ」
目が少し赤いから。すぐ分かる。
コップの水を飲みながら、軽く睨むとルイが苦笑する。
「やることが山積していて忙しかったんだ」
「そうだろうね…」
黒魔道の脅威が去ったとしても、シュリゾナと協力してボーグが言っていた世界中に施したという術の解除に、他の黒魔道士の捜索と捕縛。
その他にもルイにはセリンガムの国王としての仕事がある。
それなのに、こうして夜は私についていてくれる。
それを嬉しいと思ってしまう。
でも、私には時間がない。
「ルイ…聞いてくれる?」
勇気を出して、声を出す。
気をつけていないと声が震えてしまいそう。
「私は…元いた世界に帰るよ」
「…そうか…」
ルイは感情の読めない顔で応える。
「以前に俺が願ったことを覚えているか?」
「ルイのことを、ただのルイとして好きかどうかっていうことだね?」
セリンガムの国王としてではなく、ルイという男性を見て、これから先も一緒にいたいかどうか決めて欲しいと言われた時のことを思い出す。
答えはもちろんYesだ。
けれど、それを言ったところでどうなるんだろう。
ルイは国王を辞められる訳ではないし、私は帰らなくてはいけない。
これは覆せない事実。
だったら…。
私の答えなど決まっている。
ルイにこんな、遣る瀬無い思いをさせたくない。
「…やっぱり、私にとってルイは…大切で可愛い弟…かな」
声が震えないように、笑顔が引きつらないように必死で言葉を出す。
気をつけていないと泣き出してしまいそうだった。
そんな私をルイはじっと見つめる。
「…ごめんね」
言って、もう笑っているのが限界で下を向く。
ごめんね。
本当のことが言えなくて。
どう答えたってルイを傷付けることに変わりないのに。
でも、こういう別れならきっとルイは新しい人を見つけられると思うの。
私ではない、別の女性を見つけられる。
でも、私も好きだなんて言ってしまったら、またルイは引きずってしまうかもしれない。
ルイのことだから、きっと正妃は迎えるだろう。
だけどそれは義務感からになってしまう可能性がある。
この世界で王族は政略結婚が当たり前だけど、でもルイには幸せになってもらいたい。
自意識過剰かもしれないけれど。
8年も私を待っていてくれたルイだから。
そんな可能性は残したくない。
だったら…こんな胸の痛み位、耐えてみせる。
「本当に…?」
ルイの声に何とか頷く。
しっかりしろ、自分。
ぐっとお腹に力を入れて、顔を上げる。
そしてルイの瞳を見つめる。
私の大好きな綺麗な青。
出会った頃から変わらない。
そして……もう見ることは叶わない。
すっと、ルイの手が伸びて優しく私の髪に触れる。
そのまま何度か撫でて、そしてその手が後頭部に回る。
優しく引き寄せられる動きに、私は抗わなかった。
優しく唇が重なる。
ただ、そっと重ねるだけのそれに胸が震える。
こんなに好きなのに。
こんなに幸せな気持ちになれるのに。
一緒にいることが叶わないなんて…。
唇が離れて、ぎゅっと抱きしめられる。
いつからだろう。
この腕の感覚が、匂いが、違和感のないものになってしまったのは。
心の底から安心する場所になってしまったのは。
…こんなに愛しいものになってしまったのは…。
「…分かった」
小さく私の耳元で囁くと、ルイはそのまま部屋を出て行った。
ルイの背中が扉の向こうに消えた瞬間、涙が溢れ出す。
嗚咽が漏れないように、枕に顔を押し付ける。
私、今まで人をこんなに好きになったことない。
失恋でこんな想いをしたことない。
なんて苦しいんだろう。
なんて悲しいんだろう。
今すぐあの扉を開けて、ルイを呼び止めたい。
そして本当のことを言いたい。
好きだよって。
私もルイのことが大好きだよって。
愛してるんだって。
だから、私をルイの側においてって。
そう言いたい。
私、別に恋愛に対してドライな人間じゃなかったんだ。
こんなに好きになった人がいなかっただけだったんだ。
そんなことに気づいてもどうしようもないけど。
自嘲気味に笑ってみても、効果は無かった。
涙が止まらない。
悲しくて切なくて胸が張り裂けてしまいそうだった。
ねぇ?ルイ。
私達、もっと違う出会いをしたかったね。
ルイが国王なんかじゃなければ良かったのに。
私がディールの姫なんかじゃなければ良かったのに。
そんなことを言ったら「そうでなければ出会えなかった」ってルイは言ったっけ。
そうなんだけどね。
そう願わずにはいられないの。
そしたら、言えたから。
伝えられたから…。
本当は嫌なの。
ルイが私以外の人を妃にするなんて。
私じゃない誰かをあんな風に見つめて、抱きしめるなんて。
ルイのあの腕の中にいるのが私じゃないなんて、嫌だ。
いやだいやだいやだ。
叫び出したい。
何て勝手な考えだろう。
何て自分勝手なんだろう。
こんな人間がルイの隣に立てる訳ないのに。
それでも。
それでも…。
「好きだよ…」
小さく呟いたその言葉は、月明かりの入る部屋にぽつりと響いた。




