黒魔道
エンの背に乗って、シェーナ塔の頂上へ行く。
他の人達もそれぞれの翼竜の背に乗って到着する。
三角を象った天井があるそこは、中心に祭壇があった。
その祭壇の前に血に濡れた状態で倒れているクウちゃんの姿が見えた。
「クウちゃんっ!?」
赤ちゃん翼竜の大きさになって、横たわっているクウちゃんに飛びつく。
体を持ち上げるとぐったりとしていて、力が無い。
その時
「ユキッ!!」
体に馴染んだ匂いに包まれたと思った瞬間、目の前にシールドができる。
確実に私を狙ってきたのであろう黒魔道を、ルイが阻んでくれたのが分かった。
「間に合ってよかった」
大きなため息と共にルイが私を抱く腕に力をこめる。
無理をして来てくれたのだろう。
息が上がっている。
「ありがとう。ごめんね」
いつもいつも、私の無茶に付き合ってくれるルイにお礼を言って、私はクウちゃんを抱き上げる。
ぐったりしているけど、まだ息はある。
「ボーグッ!!下の黒魔道士達は捕縛した!シュリゾナの国王夫妻も保護されている!お前の思い通りにはならないぞ!」
ルイと共に魔道で移動してきたのだろう、レイが叫ぶ。
すると、祭壇の奥からのっそりとボーグが姿を現した。
「痴れたことを。我はそのようなことに興味はない。あれらは時間稼ぎの捨て駒。捨て駒をどうされたところで何とも思わぬ。我の望みは破壊。この世界の崩壊だ」
そして、にやりと嗤う。
「機は熟した。まずはこのシュリゾナからだ」
ボーグのその言葉が終わると同時に、大きな爆発音がする。
「何だっ!?」
「城がっ!」
叫び声に振り返ると、離れた所にあるシュリゾナの宮殿の側面が爆発で吹き飛ばされた所だった。
「止まらぬ」
ボーグの声に反応するかのように、宮殿の至る所で爆発が起こる。
「宮廷魔道士は何をしているっ!!」
ショルジュ殿下が叫ぶ。
「ディールが虫の息の今、宮廷魔道士如きに我の魔道を抑えられる者などおらぬわ」
ボーグがまた嗤う。
私の腕の中でぐったりとしているクウちゃんが、のっそりと閉じていた目を開けた。
その目を見つめて。
クウちゃんが言いたいことが分かった。
うん。
大丈夫。
きっとできる。
私は最期まであなたと一緒にいる。
その時、私達の横を何かが素早く横切った。
「うっ…」
途端に呻くボーグに目をやると、ボーグが崩れ落ちるように膝をついているのが目に入った。
「…き、貴様っ…」
「己がやりたいことをやり切ったのだ。もうこの世に未練などあるまい」
ボーグの目の前に立って言うのはヘインツさん。
シュリゾナで魔道を扱える子ども達の教育をしている彼の行動に驚く。
私達に背を向けているから、表情は分からないけれど、その声はとてつもなく冷たい。
「…どこまでも…我の邪魔をするか…」
「己の心の闇に取り憑かれ、破壊を生きる糧にするお前にこれ以上生きる価値などない。私が引導を渡してやろう」
ヘインツさんのその手には血に濡れた短刀が握られている。
「我を殺したところで破壊は止まらぬ。…この為に長い年月をかけて…世界の至る所に術を施したのだ…。崩壊は始まった。もう、止められまい」
そう言うと、ボーグは倒れた。
彼が倒れている所から、染み出るようにじわじわと血が流れる。
その血を止めようと動く者はこの中にはいない。
「ルイ」
静かに、私を抱くルイに目を向ける。
「駄目だ。認めない」
私の言いたいことが分かったのだろう、ルイはすぐさま言い放つ。
そんな彼に苦笑する。
「私達がやらなければ、誰もできない。私は皆に散々守ってもらった。だから、これくらいやらなくちゃ」
ポンポンと腕を叩いて軽く言う。
不思議と恐怖はない。
多分、自分の中の針が振り切れちゃって感覚がおかしくなってるんだと思う。
そうしている間にも、遠くで何かが爆発する音が聞こえる。
時間がない。
「リィ、セナジールさん」
ルイに腕を取られたまま、上半身だけ振り返って二人を呼ぶ。
びくりと体を震わせたのは、ルイと同じようにリィをその腕に抱くショルジュ殿下。
ごめんなさい、殿下。
でも、ここは譲れない。
リィと目が合うとにこりと微笑まれる。
綺麗で凛とした笑顔。
その近くにいるセナジールさんも頷いた。
二人が私の方へ向かって、歩いてくる。
「ルイ」
未だに私の腕を捕らえて離さないルイを見つめる。
ルイは泣きそうな瞳で私を見つめ返す。
「ごめんね。…大好きだよ」
これしか言えなくて、ごめん。
もう、ルイの手に力は入っていない。
その手をゆっくりと振り切って、私はクウちゃんを抱いたまま祭壇の中央へ向かう。
そして、リィとセナジールさんで円を描くように立つ。
ゆっくりと振り返る。
そこにいる人達と目を合わせる。
ルイ、レイ、ショルジュ殿下、フェイさん、ヒキさんに…竜の里の皆。
皆、大切な人達。
私を受け入れてくれた人達。
私は、皆に出会えて本当に良かった。
「後のことは…お願いします」
私の言葉に竜の里の人達が頷く。
私達の中央にクウちゃんをそっと下ろす。
すると、体を震わせながらもクウちゃんが羽を動かして私達の頭上を飛ぶ。
キィシャァァァァァァァァーーーー!!!!!!!
渾身のクウちゃんの咆哮が上がると同時に、私達を強い光が包む。
自然と手を上に上げる。
言葉は何も考えることなく、すんなりと出た。
「破壊の翼竜を救え。世界を創りし二体の竜よ。時はきた」
「我の声に応えよ、調和の翼竜。その眠りから目覚めよ」
強い光の中で、隣にいるリィの顔も見えないけれど、その声ははっきりと聞こえた。
「知の翼竜よ。そなたの力が必要な時。目覚めよ」
セナジールさんの声も聞こえる。
そして、遠くでクウちゃんとよく似た、けれど違う翼竜の声が聞こえて、そこで私の意識はぷつりと切れた。
ふわふわ、暖かい場所にいる。
ここには見覚えがある。
明るくて、でも眩しい程ではない、ふわふわした感覚の場所。
以前、自分の世界に戻っている時にクウちゃんと話した場所。
ーーユキ。
声が聞こえる。
この声はクウちゃん。
ーー我の役目は終わった。
「黒魔道は止められた?」
不安になって尋ねると、クウちゃんの笑い声が聞こえた。
ーーやるべきことはやった。後は人間と二体の翼竜次第だ。
その言葉にほっとする。
これで、私の役目もおしまい。
無事に終わって本当によかった。
「私を守ってくれてありがとう」
本当は、あのまま意識が戻らないかもしれないことを覚悟してた。
でも、今こうしているということはクウちゃんが守ってくれたんだろう。
ーー我はそなたの竜。当然だ。
クウちゃんの言葉に笑う。
そうだね。当然なんだね。
ーーユキに頼みがある。
クウちゃんが言いたいことは分かる。
「大丈夫。私は元の世界に帰るよ。ここには残らない」
言った瞬間、ずきりと胸が痛んだ。
ーー……すまない。
私の様な危険因子がこの世界に長く留まっていたら、騒乱の元にしかならない。
例え、ルイ達やシュリゾナの王族が情報を隠蔽してくれたとしても、きっとどこかから漏れる。
そうなった時、これから国を、この世界を立て直していかなければいけない人達の足枷になってしまう。
リィやセナジールさんならいい。
彼らのことは知られていない。
けど、私は諸外国に知られ過ぎてしまった。
だから、ディールの姫は姿を消した方がいい。
自分で言うとゾワゾワするけど、いたのかいないのか分からない程度で伝説として語り継がれる位で丁度いい。
それに、私にだって家族がいる。大切な家族。
家族を捨ててこちらで生きるなんてできない。
だから、私は元の世界に帰る。
もう決めたこと。
揺るがない。揺るがせちゃいけない。
けれど…。
心に浮かぶのは、ルイのこと。
あんなに私を、ユキとしての私を必要としてくれた彼の側にいてあげられない。
それが、とてつもなく辛い。
何より、私は自分の気持ちに気づいてしまった。
ルイが何よりも誰よりも大切だということ。
親子の情などではなく、恋人として、妃候補として彼の側にいたいという気持ち。
嬉しい時は一緒に笑い、悲しい時は一緒に泣き、辛い時は支え合う。
そんな風にして、ずっと側にいたいと思ってしまった。
叶う筈のない想いだ。
そんな私の気持ちに気づいているのであろう、クウちゃんの謝罪の言葉に、緩く首を振る。
ルイはセリンガムの国王で。
私はディールの姫で。
どうあっても、その立場を捨てることはできないから。
だから、仕方が無い。
そんな言葉で諦められる程、簡単ではないけれど。
「クウちゃん、まだ時間はある?できれば、ルイと話したい」
ーー分かった。
クウちゃんの言葉を最後に、私はそのふわふわとした空間から出ることを決めた。




