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姫と呼ばれて  作者: イルハ
第3部
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すべき事

私の説明を聞いて、噴水をルイの魔道とレイの剣技で壊すと、あっさり私達はボーグの結界から出ることができた。

戻ってきたのは、やはり中庭の噴水の前。

でも、そこは隠し様のない血の臭いが充満していた。

広間の方からは、人々の叫び声がする。

呆然と一歩足を踏み出すと、何かがぶつかる。


「ユキッ!!」


それを確かめようと視線を下に向けた瞬間、ルイに抱き締められる。


「見るな」


その緊迫した声に、それが見てはいけないもの。

この血臭の原因だと気付く。

恐らく中庭にはたくさんの死体があるのだろうことも。


そこまで考えて、体が震える。


「ボーグが配下の者達と共に動き始めたに違いない」


ルイの言葉にハッとする。


「ルイ。大丈夫だから、離して」


「ユキ?」


ルイの腕から離れて、私はルイとレイに視線を合わせる。


「予定通り、こっちも行動を起こそう。ボーグの好きになんかさせない」


クウちゃん、ルイとレイ、ヒキさん…セリンガムの人達とは最終的にどうやって黒魔道と対峙するかということを何度も話し合ってきた。


「…?勿論だ。だから、ユキはクウが来るまで俺達の側に」


レイが私の言葉に首を傾げるように、言う。


「私がいたんじゃ足手まといだよ。二人にはそれぞれやることがある」


そう、覚悟していた。

この時が来たら、私に残されたことは一つ。

クウちゃんはきっと準備をしている筈。だから私の側には来られない。

だから、私が行かないと。


「エンッ!!」


空に向かって叫ぶ。


すると、月明かりもない真っ暗な空から大きな翼をはためかせて、レイの翼竜であるエンがやって来た。


「エンッ!?」


今回は翼竜で移動しないことになったので国で待機しているというのは表向きの話で、黒魔道に対抗する為にセリンガムの翼竜達は、秘密裏にこのシュリゾナの王宮近くで待機してもらっていた。

それでも、使役者でない私の声に応える様にエンが現れたことにレイの口から驚きの声が出る。


「私が事前にエンにお願いして、側で待機してもらってたの」


翼竜が使役者以外の人間の言葉を聞き入れることはない。

けれど、今回は特別にクウちゃんにもお願いしてもらって、私の願いを聞いてもらった。


言いながら、体を地面につけたエンの背に乗る。


「ユキッ!何をするつもりだっ!?」


ルイが叫ぶ。


「私はシェーナ塔にエンと行く!そこにクウちゃんもいるから!二人は二人にしかできないことをやって!」


ふわりとエンが地面を蹴って飛び立つ。


「やめろっ!危ないっ!!」


「エンッ!!行くなっ!下りてこいっ!!」


ルイとレイの怒声が上がるけど、今は聞いてはいられない。

二人には黒魔道士達からこの国の王様達を守ってもらわなければならない。

私には私にしかできないことをやらなきゃ。


ルイはいないし、クウちゃんの様に魔道を使える訳でもないエンは、私を空気抵抗から守ってはくれない。

翼竜に乗れるように訓練していない私では、例え少しの距離でも体にかかる負担が大きい。

それを心配しての、ルイとレイの怒声なんだろうけど。

今はそんな事言ってられない。


エンは私に気を使いながらもレイの言葉を無視して、飛び立った。

途端に襲いかかる空気圧に必死でエンの背中にしがみ付く。

そのまま、エンはまっすぐに建物を目指す。

行き先はシェーナ塔。

このシュリゾナの象徴とも言うべき、大きな祈りの塔へと。








「…くっ…あっ…」


思っていた以上の風圧に呼吸が満足にできずに、眉間に皺が寄るのが分かる。

でも、シェーナ塔まではあと少し。

何とか、何とか頑張らないと。

こんな所でくたばってなんかいられない。


辛いのは呼吸だけじゃない。

エンの背には人が乗れるように鞍が付けてあるけれど、これを掴む指にももうほとんど感覚がない。

仕方ないとはいえ、全く鍛えていない自分の体をこんなに恨めしく思ったことはない。


もうもたないかもしれない。

そう思った時、エンが高度を下げてスピードを落とした。

そのまま地面に着地すると同時に、役目を放棄した私の指が離れたせいで、転がり落ちる。


「いたたた…」


腰をさすりながら、何とか起き上がると心配そうなエンの瞳とぶつかる。


「大丈夫。ありがとうね」


私に気を使って飛んでくれたエンにお礼を言って、振り返る。

シュリゾナのシンボルであるシェーナ塔は巨大で圧巻の様相なのかもしれないけれど、今の私には禍々しいものにしか見えない。

そして、あの嫌な悪寒がする。


「ユキッ!」


シェーナ塔のすぐ近くに、リィとショルジュ殿下、セナジールさんがいた。

彼らの周りには護衛騎士達もいる。


「言われた通り来たけれど…私に何かできることが…?」


リィが不安そうに尋ねる。

彼女にはヒキさんから事前に連絡してもらっていた。


「もちろん。…けど、これから先は何が起こるか全く予想できないの。危険なことが待っているかもしれない。そのせいでリィの体調が更に悪くなるかもしれない」


私の言葉にショルジュ殿下の眉間に皺が寄る。

けれど、リィはにこりと笑った。


「覚悟はできてるわ。このままでいたって、どの道シュリゾナは滅亡するのでしょう?だったら、最期まで足掻いていた方がずっといい」


リィの強い瞳に、私も頷き返す。

そして、ショルジュ殿下の隣にいるセナジールさんを見た。


「なぜ、私と妃殿下が呼ばれたのですか?」


静かに、けれど厳しい瞳で問われる。

殿下の側近である彼は腕がたつ訳ではない。

当然の疑問だ。


「知の翼竜と調和の翼竜の使役者があなた方だからです」


私の言葉に三人が驚きの表情を浮かべる。

彼らの周りにいる騎士達は首を傾げるけれど、セリンガムとシュリゾナの上層部の人達には、本当のこの世界の歴史について説明している。

だから、これだけで伝わる。


その時、上空で激しい音がした。

全員で、ばっと上見る。けれど、暗雲が立ち込めて真っ暗な夜空から何も読み取れない。


まだ、大丈夫……。私には分かる。


「時間が無いので簡潔に。理由は私がそう感じたからです。私は破壊の翼竜が選んだ使役者。その私がお二人には自分と近いものを感じました。そして、お二人にはこれからそれぞれの翼竜を呼び起こして貰いたいのです」


リィは出会った時から特別だった。

まるで姉妹のような、ううん、それ以上に近い感じがして彼女の考えていることがよく分かった。

セナジールさんもそう。

リィ程の親近感はなくとも、自分と近いものを感じる。

それはお互いに使役者だから。

でも、それをうまく説明することはできないし、そんな時間もない。


驚きに固まっている人達の中で、いち早く正気に戻ったのはリィだった。

さすが女の修羅場を取り仕切ってただけはあるなぁと、こんな時なのに感心してしまう。


「…それは確かなの?本当に私が?」


「間違いないよ」


特にリィのことは自信がある。


「…でも、ではどうやって呼び起こせばいいの?」


「これから、クウちゃんが力を解放する。けど、きっともうクウちゃんにはボーグを止めるだけの力は残ってない。だから、クウちゃんがそうなった時に呼び掛けて。それぞれの翼竜に」


きっと、翼竜は応えてくれる。


「調和の翼竜を使役する、リリアーヌ姫。そして知の翼竜を使役するセナジール・ドレイク。破壊の翼竜の使役者である私が命じます。それぞれの翼竜を目覚めさせるのです」


「しかし、具体的にどうしろと…」


セナジールさんがそう言いかけた時


キィシャァァァァァァァァーーーー!!!!!!!


クウちゃんの激しい咆哮が聞こえた。

そして、目も眩むような火柱がシェーナ塔の上空で上がる。


クウちゃんは始めるつもりだ。

私も早くクウちゃんの側へ行かないと。


「シェーナ塔の頂上へ行きます!」


叫んだその時。


グゥガァァァァーーー!!!!!


私の近くにいたエンが突然炎を吐き出した。


「うわぁぁぁーーー!!!!!」


すると、悶絶する呻き声と共に体中が炎に包まれた人間が転げ回りながら現れた。

けれど、それも一瞬。

翼竜の炎に包まれたそれは、すぐに黒い小さな塊となって動かなくなる。


「エン…?今のは…」


呆然とエンを見上げると、エンは私を庇うように翼を広げる。

それと同時に、護衛騎士達が剣を抜き殿下がリィを庇うように前に出たのが見えた。


「黒魔道士が姫に攻撃しようとした。それをその翼竜が仕留めたのだ」


状況把握ができていない私に、殿下が言う。

理解したと同時に胃からせり上がってくるものがあった。

そんな場合ではないと、必死に顔を上げて立つ。

そして、黒魔道に対抗できるのはルイやフェイさんの様な魔道士と翼竜。

それを思い出す。


「どこまでも厄介な女め」


「誰だっ!!」


殿下の声に応える様に、地面からすうっと黒いローブを纏った男が現れる。


「ボーグ…」


「大人しく結界の中で死んでいればいいものを。これで貴様も楽には死ねんぞ。あそこの忌々しいディールと共に、苦しみにのたうち回りながら息絶えるがいい」


そして、にやりと嗤う。


「黒魔道を使う為の贄は充分に用意された。今のこやつらも充分に強い。さて、どれだけもつかな?」


低く呟くとボーグは姿を消した。

それに合わせるように、今度は私達を囲むように地面からボーグと同じようなローブを纏った人達が現れる。


「黒魔道士だっ!気をつけろっ!!」


騎士の一人が叫ぶ。


黒魔道士達の人数は8人。

等間隔に私達を囲むように現れた彼らは、手を前に翳して何かを唱え始める。


「うわっ!!何だっ!?」


護衛騎士達が突然、リィに向かって斬りかかる。

それをショルジュ殿下が防ぐ。


「お前達!どういうつもりだっ!!」


「分かりませんっ!体が勝手に…!」


殿下の怒声に騎士が叫び、また違う人が今度はセナジールさんに斬りかかる。

それをセナジールさんが躱す。


これは、レイと同じ?

レイの様に精神を攻撃したのではなくて体の自由を奪っているの?

この黒魔道士達は自分で攻撃するのではなくて、味方同士で殺し合わせようとしてるの!?


黒魔道の影響を受けていないのは、私とリィ、セナジールさんに殿下、後はエン。

護衛騎士は10人。

私に攻撃をしようとした騎士を、エンが翼で振り払う。

味方だからさっきの黒魔道士のようにエンは焼き払ったりはしない。

けれど、それが逆にエンの足枷になっている。

翼竜であるエンにとって、騎士達の攻撃は何てことはないけれど、彼らに当たってしまうかもしれないことを考えると、炎で攻撃ができない。

そうすると、私を守らなければならないエンはここから動けない。

攻撃に回れない。

セナジールさんに剣の腕がないことを考えると、殿下一人で騎士達を相手にしなければならない。


「姫!!リリアーヌ達をその翼竜の庇護下にっ!!」


殿下が叫ぶ。

守る対象がいなくなれば、殿下も今よりは動きやすくなる。

勿論そうしたい。エンならば守れる。

けれど…。


「駄目ですっ!!リィから離れたら殿下も黒魔道にかかります!」


殿下が黒魔道にかからなかったのは、ずっと使役者であるリィをその腕に抱いていたからの筈。

彼女がいなくなったら、殿下もきっと黒魔道にかかってしまう。


「その時は俺を殺せっ!!」


「殿下っ!?」


驚いてリィが声を上げる。


グゥガァァァァーーー!!!!!


エンが黒魔道士に向かって炎を吐く。

すると、体を操作された騎士が狙われた黒魔道士の前に立ち塞がった。


「ぐわぁぁーー!!!」


エンの炎に焼かれて騎士がすぐに黒い塊になる。

しかし、エンもそのままの勢いで炎を吐き続ける。

防御とした騎士が死んでも攻撃をやめないエンに、黒魔道士が慌てて防御印を結ぼうとするけれど、間に合わずにエンの炎にまかれる。

そのまま、エンは次の黒魔道士を狙うけれど、次は充分に時間があったのか防御印でエンの炎から身を守る。


黒魔道を使うには、対価が必要。

それは人の血だったり自分の命だったり。

昔、フェイさんに教えてもらったこと。


ボーグは言っていた。

贄は充分に用意されたと。

それは、さっきの広間で亡くなった人達のこと?

こうして自分の配下の魔道士達に力を与える為に、そんなことの為だけに手にかけたというの?

だから、エンの様に強い翼竜の攻撃を防げるだけの防御印も結べるということ?



何て勝手な。

許せない。


エンがまた、魔道士に攻撃をしようとする。


「エンッ!!待って!!」


それを慌てて止める。

また、騎士が犠牲になるかもしれない。

もうこれ以上、犠牲になる人を見たくない。


「殿下っ!!」


リィの叫び声。

見ると、殿下は避け損ねたのか左腕が切られたようだ。


「殿下!!私のことなど気にせず留めをさしてくださいっ!!」


体を操られた騎士が叫ぶ。


まだ!?

まだなの!?


役に立たない私は、エンに庇われながら願うことしかできない。

絶望に心が支配されそうになりながらも、空を見つめる。

すると、空に一点の明かりが見えた。


来たっ!!

来てくれたっ!!


「エンッ!!合図をっ!!」


私の言葉に


グゥガァァァァーーー!!!!


エンが咆哮を上げる。

次の瞬間、もの凄い勢いで黒魔道士達が吹き飛ばされた。

それと同時に体を操られていた騎士達も倒れ動きが止まった。


「何だ…?」


気を抜かずに辺りを観察しながら、殿下が声を出す。

上空には、多くの翼竜が飛んでいた。


「ユキ様っ!遅くなりました」


そのうちの一頭から飛び降りて、声を出したのはフェイさん。


「フェイ!殿下の傷の手当てをっ!」


彼の姿を認めると、私より先にリィが叫ぶ。


「ユキ様。里の者達も到着したようです」


また翼竜から飛び降りて、私に伝えてくれるのはヒキさん。

彼女には竜の里の人達に協力を要請してもらっていた。


「ユキ様。お久しぶりでございます」


竜の里の長であるギルさんと戦闘部部隊長のウェイさん、教育部のミスーリさんもいる。

そして、彼らの後ろには魔力を持った子ども達を育てているヘインツさん。


久しぶりに会えて嬉しいけれど、喜んでいる暇はない。


「皆さん、ありがとうございます。もう、終わりにしましょう」


言えば、皆が頷いてくれる。


「頂上へ行きます」

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