言葉
「レイッ!やめろっ!俺はお前と戦う気などないっ!!」
私にはとても認識できないような剣さばきで、先ほどからルイとレイがぶつかり合う。
少し前まで私を庇いながら必死に声をかけていたルイだけど、レイの瞳に色が戻らないことに気付いて、仕方なくボーグがご丁寧に残していった剣を拾ってぶつけ合っている。
状況はルイが押され気味だということは素人の私が見ても分かる。
武人として日々鍛錬してきているレイに、魔道が主なルイでは当然だろう。
それに、ルイは魔道を使おうとはしていない。
もしかしたら、使えないのかもしれないけど…。
なんて呑気に見ている訳にはいかない。
私でも何か出来ることがあるかもしれない。
先程からルイの邪魔にならないように、動きながら必死で考える。
何としてもレイに元に戻ってもらわなくちゃ。
このままだと、ルイが怪我をするし最悪それ以上のこともあるかもしれない。
何か、何か方法がないか…。
辺りを見回す。
パーティー会場である大広間に、変わりはない。
出入り口の扉は開かないとさっきレイが言っていた。
なら、窓は?
中庭に続く大きな窓は…。
小走りで窓に近寄り、取手を掴む。
すると、カチャリと開いた。
そのまま、中庭に出る。
出たからと言って何か案がある訳じゃないけど、何もしないよりはマシだった。
中庭には、噴水があるだけ。
そう、レイはここから素敵な音楽が聞こえると言っていた。
相変わらず私には何も聞こえない。
ただ、あの時のような嫌な悪寒がするだけ。
でも、もしかしたらここから何らかの形でボーグは黒魔道の影響を与えていたのかもしれない。
そう思い、ゆっくりと噴水に近づく。
噴水からは水が出ている。
水は冷たかった。
そこで気づく。
中庭はボーグの結界の中だけあって、全てがハリボテのようだった。
今私が立っている芝生も触ってみれば、芝の感触はなくひっそりと咲いている花々にも、当然その感触はない。
きっと、視覚が操作されているだけで、実際にここに何かがある訳じゃない。
それなのに、噴水から水が出ている。
その水に触ることができる。
これは…。
はっとして、私は着ていたドレスの裾をたくし上げた。
リィが着ていたドレスより、多少はボリュームが抑えられているけれどフワフワとしたドレスは持ち上げるのが大変。
よっこらせと何とか膝までたくし上げて、そこに噴水の水をくむ。
万が一側室方に嫌がらせで飲み物でも零された時様に、ルイに防水加工してもらっておいたのがこんな所で役に立つなんて。
ボリュームのある裾を何とか窄めて、水を貯めてそろりそろりと歩き出す。
ヒールのある靴は面倒なので脱いでしまった。
キィンッ!!
大広間に戻るとレイがルイの剣を弾き、それがルイの手から外れた所だった。
「兄上。もう…俺は疲れました」
色のない瞳でレイが淡々と声を出す。
「疲れた…?」
息を少し切らせても、レイの動きに注意を向けながらルイが声を出す。
「俺はどれだけ努力してもあなたを越えられない。そんな事は生まれた時から決まっていた。俺もそれを覆してやろうなんて思いあがる程、愚かではない。けれど、もう疲れたんです。天才の兄を支える優秀な弟でいることにね」
何の気負いもなく、レイは剣を構える。
「だから、もう辞めてもいいでしょう?」
ザッ!!
残像が残るのではないかと思う程私には視認できない速さで、レイが動く。
「ユキを俺にください。ユキがいれば、俺はどこででも生きていける」
…………。
ふぁっつ?
なぜそこで私?
緊迫した空気の筈なのに、そんな事を思ってしまう。
けれど、その言葉にレイの剣を躱したルイの雰囲気も変わる。
「ふざけるな。俺がそんな事を許すと思うか?」
レイは笑う。
「思いませんね。だから、死んでください」
レイの言葉にルイの眉間に皺が寄る。
「…本気か?」
低い、唸るような声が出される。
「もちろん」
対するレイも間髪入れずに答える。
二人の雰囲気が変わる。
……て。
……ちょっと。
本人の意思無視して何物騒なこと言い合ってくれちゃってるわけ?
いつまでたっても…うちの子達は…。
ユキさんは物ではありませんよー。
何度言えば分かるんだか…。
ガキッ!!
ルイの手から出た剣の形をした物とレイの剣がぶつかり合う。
ルイも遠慮をなくしたのか、魔道を使ってさっきよりは数段速い動きで攻撃を仕掛ける。
それを躱しながら、レイも応戦する。
本気出してる!?
慌てて、私は広間にあったパイプオルガンの様な楽器に足をかける。
本当に失礼なことして申し訳ありません!
心の中で謝って、何とか乗り上げる。
こちらの世界独特なのだろう、高さのある楽器の天辺を目指してそろそろと、乗り上げていく。
水を汲んでいる上に、当然ながら人間が乗るなんて想定していない楽器は、天辺は5メートルくらいあってグラグラして足元が覚束ない。
うっ…思ったより高いかも…。
でも、迷ってる暇はない。
ええいっ!女は度胸!!
「ルイッ!レイッ!!」
叫ぶと二人がこちらを向いたのが分かった。
その瞬間、ふわりと体を後ろへ倒した。
「「ユキッ!!」」
二人がこちらへ向かって走って来てくれることを願って、裾を絞っていた手を勢い良く離す。
そして体に走るであろう衝撃に備えて、ギュッと体に力を入れて…。
ドンッ。
思っていたより随分と優しい体の衝撃に、目を開けるとそこにはよく知った瞳があった。
「レイ…」
全速力で走って来てくれたのだろう。
息を切らせたレイが私の下敷きになって、衝撃を緩和してくれていた。
その彼の茶色の髪からは、噴水の水が滴っている。
「……レイ?ごめんね?」
レイの上からどいて、横になったままのレイの側に座り込む。
「ユキ…無茶が過ぎる…」
はぁーっと深い溜息をついて、レイは自分の目元を右腕で隠すように置いた。
「これしか思いつかなかったの。…きっと、レイなら戻ってきてくれると思った」
私達のすぐ近くにいるルイと目を合わせる。
ルイは苦笑している。
ルイは教えてくれた。
他人の結界を破るには、クウちゃんの様な存在が必要だと。
それで思った。
この結界に閉じ込められる前に噴水で黒魔道の気を感じたクウちゃんは、きっと何か手を打ってくれているんじゃないかって。
対抗手段は自分しかいないって分かっていた筈。
そしたら、噴水の水が触れたから。
きっとこの水がキーになるという考えは間違っていなかったみたい。
「俺があのままだったら、どうするつもりだった?」
腕の位置はそのままに、レイが尋ねる。
そんなこと。
「そんなことは心配してない。レイとルイは絶対に私を傷付けたりしないから」
私の自信満々な返答にルイが吹き出した。
「「…違いない」」
揃った声に、今度は私が吹き出す。
起き上がったレイはそのまま、ルイに頭を下げる。
「兄上…。今回のことは」
「レイ」
それを遮るように、ルイが声を出す。
そして、ルイは優しく笑って私を見る。
色々な思いが今、レイの胸の中は占めていると思う。
ボーグに操られていたとは言っても、あれはきっとレイの本心。
「お前は操られていただけだ」
ルイの言葉にレイは項垂れる。
ルイも分かってる。
「私にも弟がいるんだけどね」
そんなレイの目の前に移動して、声を出す。
私の声にレイはゆっくりと顔を上げた。
「すっごくできた子で、自慢ではあったんだけど小さい頃は何だかくやしくて、よく嫌がらせしてたの」
「嫌がらせ?」
ルイが会話に入ってきてくれる。
そんな彼に頷いて。
「あの子の嫌いな物をわざと夕食に出したり」
食べ物は残しちゃいけないっていうのが我が家のルールだったから、残すこともできなくてよく怒ってたなぁ。
思い出して、くすりと笑う。
「でもね、自分が悪いって思ったら…」
レイの頬に触れて、その瞳を見つめる。
昔、レイに言った言葉。
「ごめんなさいって謝るの。それが大事」
私の言葉に、レイが驚いたように目を見開いて。
そして、泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。
「…ごめんなさい」
消えそうな声は、でも確かに耳に届いた。
そんな彼を抱きしめて。
「もう大丈夫。さすが、私達自慢のレイ」
腕の中で微かにレイの体が震えるのが分かった。




