黒幕
随分と間が空いてしまいました…。
会場に戻った後、レイはすぐにシュリゾナの貴族に捕まってしまったので、私はそのレイの側で待機。
本当は自由に動き回りたいんだけど、勝手をするとルイとレイが心配するし私の立場ではどうやっても目立ってしまう。
側室方は脅せたし、必要最低限の挨拶回りはしたから、今急いで何かしなければいけないって訳ではないけどね。
前にヒキさんに頼んだ資料を思い出しながら、人間観察を続ける私はその時強い視線を感じて、そちらの方を向く。
目に入ったのは離れた位置にいる男性。
40代半ばくらいだろうか。鋭い眼光と尖った顎が印象的なその男性は、黙ってこちらを見ている。
私と目が合うと、にやりと好意的ではない笑い方をして、去って行ってしまった。
顔に見覚えはない。
でも、その男性からは間違いなく敵意のようなものを感じた。
ルイやレイの様に人の気配を悟れる訳ではない私が気付くのだから、本人も隠すつもりはないのだろう。
でも、どこかで会ったような気もする。
思い出せないけど…。
記憶を辿るように眉間に皺を寄せて考え始めた、その時
「きゅいっ!!」
クウちゃんが鋭い声をあげて
「「ユキッ!!」」
ルイとレイが同時に叫んだ。
私が認識したのはそこまで。
次の瞬間には体に強い衝撃が走っていた。
「いたたたた…」
目の前が真っ暗になるような衝撃から、意識を取り戻す。
「ユキ、大丈夫か」
「ルイ?」
目を開けると、私を抱き抱えて心配そうに瞳を曇らせているルイと目が合った。
「ここは…」
辺りを見回すと、さっきまでいた大広間のようだった。
でも、私達以外人がいない。
王族はもちろん、あんなにたくさんいた貴族や給仕していた人がいない。
やけに響く自分の声に、ぞくりと体が震える。
そして、何よりクウちゃんもいなくなっていた。
「兄上。やはり、出口はありません」
少し離れた所から、レイの声がした。
「やはり…」
「ルイ?ここは何?私達、どうなっちゃったの?」
考え込むように手を口元へ持って行くルイに尋ねる。
とてつもない不安が押し寄せる。
クウちゃんがいないことも、不安を増幅させる。
「ここは、結界の中だ。あの大広間にいた俺達だけを自分の術の中に閉じ込めた者がいる」
「結界?リィの部屋に施してあったようなやつ?」
「基本原理は同じだが、今ここでかけられているものはかなり高度な物だ。恐らく魔道士の中でも、かなり高位の人間でなければできないものだ」
「…どうやったら出られるの?」
「結界は、それを張った者にしか解くことはできない。例外は、その魔道士を殺すか、人ではない…例えばクウのような存在の力が必要だ」
ルイの言葉に唖然とする。
つまり、現状ではここから出るのは難しいということ。
「じゃあ…私達をここに閉じ込めたのは…」
そう言いかけた時
「お気付きかな。…ディールの姫」
突然、どこからともなく声がした。
「誰だっ!!」
レイが私達の前に出て、辺りを警戒しながら叫ぶ。
ルイも厳しい表情で私を抱き寄せる。
すると、私達の数メートル前の床に黒い染みのようなものができた。
それは、どんどん大きくなり人が一人通れる程になると、そこからローブを被った頭が出てくる。
まるで、上から引っ張り上げられるかのようにそのまま、音もなくローブを着た人が現れた。
姿を完全に現すと、足元の黒い染みも消える。
「私を覚えておいでかな。ディールの姫」
ローブのせいで顔の上半分は隠れていて見えないけれど、私の名を呼んだその人がにやりと笑ったのは分かった。
さっき鋭い目付きで睨んできた人に違いないけど、それだけじゃない。
この声は…。
「……ボーグ」
まだ12歳のルイに連れられて行ったセリンガムの王宮で、私を調べると言って攻撃してきた魔道士。
ディル王子の母親であるアンケセナーメ妃専属の魔道士。
ボーグはにやりと口元を歪めた。
「あなたのせいで随分と予定が狂ってしまったが、それもここまで。ディールの力も弱っている今、邪魔なものは何もない」
「何を言っているの」
ボーグから発せられる空気に体が震える。
これは、この悪寒に近いものはクウちゃんに教えてもらった黒魔道に違いない。
「全ての黒幕はお前か」
ルイが低い声を出す。
「今頃気づくとは、お気楽なものよ」
ボーグは低く喉を震わせて嗤う。
「お前の目的は何だ」
続くルイの言葉に、ボーグはにやりと口元を歪める。
「知れたこと。翼竜などと聞こえはいいだけの化け物を排除するのだ」
「黒魔道に手を染めて…この世界を支配するとでも言いたいの?」
彼が禁忌とされている黒魔道士だということはもうはっきりしている。
堪らず口から出た言葉に、ボーグはまた嗤う。
「父上を殺めたのもお前かっ」
レイが声を出す。
「前王は私の計画に薄々気づいていたからな。馬鹿な女に少し手を加えてやれば、呆気ないものだったわ」
「…アンケセナーメ妃を利用したのね」
ヒキさんに頼んでいたことに、当時の情報収集があった。
どう考えても、アンケセナーメ妃がルイのお父さんである王を殺したなんて考えられなかったから。
だって、彼女は王を愛していた。
彼女と接することができたのは短い間だったけれど、それでもそれは確かだと思う。
王がアンケセナーメ妃をどう思っていたのかは分からない。
けれど、息子であるディル王子をあんなに王位につかせたかったのは、王の気持ちが当時の王妃であったリィやルイとレイのお母さんに向いていたからだと思う。
愛する人に振り向いてもらえないから、その遣る瀬無い気持ちがルイに対して、行き過ぎた行動に走らせた。
セリンガムではアンケセナーメ妃が、前王妃を精神的に追い詰めて殺したと実しやかに噂が流れていたけれど、ヒキさんの調査の結果そんな事実は無かった。
お互いにそれ程仲が良くなかったようで、私的な場での接触は無かったようだった。
接触がないのに、追い詰めることなど出来ない。
もちろん、他者を使って間接的に行うことはできるかもしれないけれど、その当時アンケセナーメ妃は自分の息子であるディル王子に夢中だった。
前王妃が亡くなって、アンケセナーメ妃が王妃にたった時、黒い王妃などと影口を叩かれて彼女はどれだけ辛かっただろう。
愛する夫からは愛してもらえず、周囲は自分の息子よりルイの方が優秀だと言う。
立場上、胸の内を吐露することは憚られる。
そんな風にして、追い詰められていく彼女を支えていたのは、ボーグ。
弱った彼女の心に麻薬のように黒魔道を流し込めば…。
それは、確かに簡単なことだろう。
「…私の計画に邪魔なのはお前達だけだ」
ボーグがおかしそうに嗤いながら言葉を続ける。
「ディールの姫、あなたがいなければ事は簡単に運ぶだろう。あの忌々しい翼竜も、もう大して力は残っていまい」
「クウちゃんに何をするつもりっ!?」
「くっ……」
私の叫び声と同時に、突然レイが胸を押さえて膝をついた。
「「レイッ!?」」
ルイと一緒にレイに駆け寄る。
レイは苦悶の表情を浮かべて胸元を押さえている。
「くっ…あ…」
苦しげな声を出して、レイは蹲る。
「…く…るなっ!…やめろっ……やめろっ……!!」
そして叫んだ。
そんな彼を見ながらボーグが嗤う。
「貴様!レイに何をしたっ!!」
ルイが叫ぶ。
「王弟殿下の本懐を遂げて差し上げようと思ってな。心を自由にしたまで」
「くっ…あぁぁっ…!!」
レイはまた叫ぶと、突然糸が切れたように意識を失った。
「レイッ!!」
慌ててレイに触れようとした瞬間。
「ユキッ!!」
突然ルイに引き寄せられた。
何をするのかと抗議の声を上げようとした時、目の前でゆらりとレイが起き上がった。
「レイ…?大丈夫?」
何だか雰囲気のおかしなレイに、声をかける。
「使うがいい」
私の声に被せるように、ボーグがレイに剣を投げる。
その次の瞬間。
ザッ!!!
もの凄い風圧と共に私の体が浮いて、レイから距離を取られる。
どうやら、ルイが私を抱いて後ろに飛び退いたようだった。
そして、今まで私達がいた位置には、剣を振り切ったレイの姿があった。
「レイ…何で…」
レイに斬りかかられたのだと、理解した瞬間体に言いようの無い衝撃が走る。
「王弟殿下の唯一の望みは、ディールの姫。姫を手に入れるには邪魔な兄を殺さねばなぁ」
ボーグの楽しそうな声が響く。
パーティーの席で帯刀は許されていないので、持っていなかったレイに、先ほど剣を投げたのだと気づく。
そんな、まさか…。
「…兄上。どうか、ユキを俺にください」
にこりと笑ってレイが言う。
けれど、その瞳は何も映していない。
レイの優しい色が何もない。
「……レイ。今はそんな事を言っている場合ではないだろう。目を覚ませ」
ルイが左手で私の腰に手を回し、厳しい声音で言う。
「あぁ。そうか、兄上がいるのではユキを貰っても横取りされてしまうかもしれないな。やはり、殺さなければならないか」
ルイの言葉など全く耳に入っていない様子で、レイは剣を構える。
「人とは弱いもの。精々、傷付けあうがいい。この閉ざされた空間で永遠に」
くつくつと嗤い、ボーグは現れた時と同様にして音もなく消えた。




