試す
「失礼します」
声をかけて執務室に入る。
執務机の書類に目を通していたショルジュ殿下が私とルイを見つめる。
ショルジュ殿下の隣には、見覚えのない男性が一人。
「姫はこうして顔を合わせるのは初めてでしたね。私の側近です」
殿下がにこりともせず教えてくれる。
「セナジール・ドレイクと申します」
セナジールさんはそう言って優雅にお辞儀をする。
きっと、殿下の側近だから謁見の間にはいたんだろうけど、当然私は覚えてない。
うん。何ていうか全てが鋭角的な人。
年齢は20代後半といったところかな。
顎のラインもシャープだし、体も背は高いけどほっそりしている。
目も鼻も鋭くて、唇は薄い。
セリンガムの宰相、ルドルフさんとはまた違った仕事ができそうなタイプ。
こう、部下の失敗を理詰めで追い詰めていくというか…。
ヒキさんから貰った資料にも、このセナジールさんについては載っていたから、そんな印象を抱いちゃうのかも。
次期宰相はこの人だと言われる切れ者。
でも、何だろう。
セナジールさんには何か違うものを感じる…。
「ユキです。よろしくお願いします」
ぺこりと挨拶をする私の横でルイも型通りの挨拶をする。
「それで、姫がここに来られた理由は?申し訳ないが、これでも忙しい身でしてね。手短かに済ませて頂けると有難いのですが」
口調は穏やかだけど、言外に迷惑だということをはっきり示しながら殿下が言う。
そんな彼の後ろで、セナジールさんは感情の読めない完璧な無表情で、こちらを見つめている。
お腹に力を入れて、気後れしないように、そんな二人に私は微笑む。
「では、手短に。ショルジュ殿下にはお願いを聞いて頂きたくやって参りました」
「ほぉ。…願いと」
手にしていた書類を机に置いて、殿下は私を見る。
「はい。現王太子妃であるリリアーヌ姫をセリンガムに連れて帰らせて頂きたいのです」
私のその言葉に、殿下の顔色がさっと変わる。
「…そのようなことが実現できると思っているのか?」
さっきまでとは違う睨みつけるような瞳で、殿下が言う。
「普通ならば難しいでしょう。ですが『私』ならばできないことではありません」
にこにことなるべく表情を崩さずに、言う。
今シュリゾナはリィを失えない。
それを、無理矢理連れ帰ったりなどすれば、国同士の争いになる。
けど、私には関係ない。
ディールの姫である私には、例えシュリゾナが攻めてこようとクウちゃんを使って返り討ちにすることができる。
私の横でふよふよ飛んでいるクウちゃんが、ふんっといった感じで、スピーと鼻息を荒くする。
「セリンガム国王はそれでもいいと?」
当然、私の言いたいことなど理解している殿下がルイを見る。
「私は残念ながら、彼女に心酔していますからね。彼女のお願いには逆らえないのですよ」
穏やかに、恥ずかしいセリフを吐くルイに動揺しそうになるのを抑える。
いやいや。
それじゃ、ダメダメな王様じゃない。
「それが、ディールの姫の答えということか」
憎々し気に殿下は言う。
現在、セリンガムはシュリゾナと友好関係を築いているけれど、貿易などでは大国であるシュリゾナに頼りっきりだった昔とは違って、今はシュリゾナ以外ともうまく付き合えている。
例え、シュリゾナが他国に圧力をかけたとしても、ディールはもちろん翼竜の数などでも軍事力で勝るセリンガムを無碍にするようなことを他国はしない。
実質的に、この世界で一番の国力を持つのは、セリンガムなのかもしれない。
シュリゾナの脅しは効かない。
そして、ディールの姫はセリンガムにつくという結論。
「姫はもう少し知恵のある方だと思いましたが、そうではないようですね」
今まで黙っていたセナジールさんが静かに声を出す。
「買い被って頂いていたようで、恐縮です」
嫌味ににっこり笑顔で返す。
私にだって、これくらいできるぞ。
いくら、セリンガムに国力があったとしても、シュリゾナと敵対することは得策ではない。
万が一戦になったりなんかしたら、それこそ大変。
でも、私がしようとしているのは感情論に走った勝手な言い分。
セナジールさんの嫌味も十分理解できる。
でもね、私はただこんなワガママを押し通すためにここに来たんじゃない。
ショルジュ殿下を試しに来たの。
瞳に力を入れてセナジールさんを見ると、今まで鉄仮面だったその表情が僅かに崩れるのが分かった。
「リリアーヌ姫を連れて行くことに何か問題でもありますか?殿下にとっては数いる妃の一人でしょう?」
「…正室は特別だ」
唸るように殿下は言う。
「それだとて、後宮を纏められる人間であれば誰でもいい訳でしょう?でも、私達は違います。彼女は大切な家族であり唯一無二の存在。このままここで、何の保護もないまま衰弱していくのをただ見ていることはできません」
「それは私だとてっ……!」
私の言葉に、ダンッと机を叩いて殿下が睨みつける。
けれど、その先の言葉は続かない。
血が出る程唇を噛み締めて、言葉を切る。
うーん。
もしかしたら、私の仮説は合ってるのかもしれない。
まだ分からないけど。
「この事はリリアーヌ姫にも納得頂いています」
私の言葉にさっと殿下の顔色が変わる。
「嫁ぎ先で役目を果たせず戻って来た姫など、セリンガムの国民が受け入れるでしょうかね」
セナジールさんが声を出す。
そんな彼の瞳を見て、違和感。
何て言うか、無表情なんだけど目が笑ってる気がする。
もしかして私の思惑に気付いてる?協力しようとしてくれてる?
なぜだか分からないけど、そんな気がする。
「どうでしょうか?情報操作など訳ないことです。『シュリゾナの王太子殿下は他に寵妃を抱え、その寵妃によってリリアーヌ姫の子どもが流れ、そのせいで使い物にならないと王太子殿下に冷遇され衰弱しきっているリリアーヌ姫を激怒したセリンガム国王が無理に連れ帰って来た』とでも噂を流せば、国民の同情は寄せられこそすれ、彼女の悪評はたたないでしょう」
「ほぉ。そのような情報操作が可能なのですか。姫は」
セナジールさんが面白そうに言う。
「ご存知でしょう?私の手駒は多いのです」
私にはヒキさんがいることを、シュリゾナが知らない訳がない。
彼女の力を借りればそれ位できる筈。
まぁ、やらないけど。
そんな無駄な仕事をヒキさんにやらせたくもないし。
視線で人が殺せるならば、瞬殺されるような瞳で私を睨む殿下に視線を向けて、にっこり笑って見せる。
「ご安心ください。今回同行しているセリンガムの騎士の中には、幼い頃からリリアーヌ姫と親しくしている者がおります。彼なら、連れ帰ったリリアーヌ姫を優しく包んでくれることでしょう。時間はかかるかもしれませんが、彼となら新しく穏やかな家庭を築くことも可能ではないかと思っ…」
「黙れっ!!」
今まで耐えていたものが爆発するようにショルジュ殿下が怒鳴った。
その剣幕にルイが私を庇うように、前に立つ。
私の横では、殿下を威嚇するようにクウちゃんが喉を鳴らす。
これはデマカセ。
確かにリィとは幼馴染のように育った騎士は、今回同行してるけど彼がリィに特別な感情を持っているかどうか、私は知らない。
調べてもいないしね。
「勝手なことを言うなっ!妃を連れ帰るなど、私は断固として認めないっ!!」
「…そこまで仰るのなら、こちらが納得するだけの理由を挙げてください。納得できなければ…」
ここが正念場。
私はグッとお腹に力を入れて殿下を睨む。
「私は強行手段に出ます」
その言葉を合図にクウちゃんが翼を動かす。
室内に突風とまではいかないもでも、強い風が吹き荒れ机の上にあった書類を飛ばす。
殿下とセナジールさんの服がはためく。
「ここで力を使う気かっ」
殿下が叫ぶ。
「私はこの世界のことになど興味はないのです。大事なものだけ守れれば他は関係ありません」
風が強くなる。
私とルイはルイの魔道で防御壁ができているから、影響は受けていないけれど、殿下とセナジールさんは風で飛んでくる書類や筆記用具から守るように顔の前に腕を持っていく。
「…反対する理由は何です?ただ嫌だと言うだけなら子どもにだってできます」
「…っ、無礼なっ…!!」
殿下が叫ぶ。
窓が強風でミシミシと鳴る。
「殿下っ!これ以上はっ…!」
ここはシュリゾナ国王の執務室にも近い。
このままクウちゃんが力を使い続けたら国王にまで被害が及ぶかもしれない。
っていうか、殿下しぶといな。
もういい加減、白状しちゃえばいいのに。
「分かっているっ!!」
セナジールさんの声に殿下が怒鳴る。
そして、私と対峙するように腕を下げた。
「彼女を連れ帰ることなど認めんっ!」
「何故ですか?」
「私にとっても必要な人物だからだ!」
「…シュリゾナにとって、でしょう?」
殿下ではなく国にとって役に立つ人物なのだろうと返せば
「違うっ!」
即座に否定される。
「彼女は、私にとっても唯一無二の存在だ!」
「リリアーヌ姫を愛しているとでも言うのですか?あれだけ酷い扱いをしておきながら?」
「それはっ…」
悔しそうに唇を噛み締めて、言葉を途切れさせた殿下は、それでも私を真っ直ぐに見て言い放った。
「それでも私は妃を愛しているっ!!」
途端に風が止む。
パラパラと舞い上がった書類が落ちて行く音を聞きながら、私はほっと体の力を抜いた。
慣れないことやると、疲れる…。
「もう、最初からそうやって素直になってくださいよっ!そうしてくれればこんなことしなくても良かったのに」
「…何?」
ため息をつきながら言うと、殿下が眉間に皺を寄せながらどこか呆然としたように尋ねる。
「それ、リリアーヌ姫にしっかり伝えてくださいね!期限は明後日までですよ。精神的にも肉体的にも弱っている彼女を支えてください。それができないようなら本当に連れて帰りますからね!」
偉そうに胸を張って言う私に、やっぱり最初から分かっていたのだろうセナジールさんが殿下の後ろでやれやれといった感じで肩を竦めている。
「なぜ、殿下がそれ程大切に想っている彼女をあれだけ冷遇したのか、理由は聞きません。ただし、それによって姫は本当に傷ついています」
私の言葉に殿下は眉間の皺を深くする。
「誠心誠意謝って許しを得てください。そして、大切にしてください。…彼女は体が弱いのですから」
そこで、ハッとしたように殿下は顔色を変えた。
「妃はっ…」
「私には詳しいことは分かりません。…でも、このままでは…」
リィの体調はすこぶる悪い。
元々体が丈夫ではない上に、この数年間ずっと精神的にも苦しい状況だったことを考えると…。
あまりいい未来は見えない。
今度は私が唇を噛み締めて。
胸のうちに荒れ狂う感情を抑える。
「では、お忙しい所お時間を取って頂いてありがとうございました。セナジールさん、後はよろしくお願い致します」
正式な礼を取って辞することを伝えると
「待てっ!まだ話は終わっていないっ!!」
殿下が声を出すけれど
「畏まりましたディールの姫。お手数をおかけして申し訳ありません」
セナジールさんが、苦々しく言葉を返してくれる。
セナジールさんなら後のことはよくやってくれるでしょ。
そうして、私達は執務室を後にした。




