理解
「ユキ、申し訳ないのだけどちょっと後ろを見てくれる?クウも一緒に」
リィの言葉に私はいそいそとリィの試着室に入る。
私は、今リィのドレス選びの真っ最中です。
王太子妃の部屋には奥にこうした試着室があって、そこには限られた人しか入れないようになっている。
護衛目的でそうなっているんだけど、更にその部屋には高位の魔道が施されているそうで、この部屋の主でないリィの許可なく入れる人はいないらしい。
だから、リィは許可の意味を込めて私とクウちゃんの名前を呼ぶ。
まぁ、クウちゃんなら名前を呼ばれてなくても、平気でこういったシールドは破っちゃいそうだけど。
「リィ、綺麗…」
ほうっと溜息をつきながら言う私に、リィは笑う。
「ありがとう」
薄い桃色をベースにフリルが何段も重ねられているドレスは、ボリュームが抑えられているおかげか、リィが着ると子どもっぽくはなくしっとりとした色気が漂っている。
「リィ…、ショルジュ殿下とのことだけど…」
私がこうして試着室に入ったのには理由がある。
ドレスのことだけじゃない。
リィと本音で話したかったから。
ただのお茶会じゃ、誰に聞かれるか分からない。
ここは特別な場所だし、更にクウちゃんにお願いして、私達の声は外に聞こえないようになっている。
リィも分かっているからこそ、私の言葉にこくりと頷いた。
「きっと、ユキは知っていると思うけど…。あまりうまくいっていないの。情けないことに」
リィは苦笑のようなものを滲ませて言う。
大国シュリゾナは大きな後宮を抱えている。
現在、王太子の妃は正室のリィと側室が10人。
側室はシュリゾナの有力貴族達からパワーバランスを考えて召されていて、特に王太子の寵妃という人はいないらしい。
それでも、側室達は自分の父親の息がかかった人ばかりなので、派閥に別れておりそれを纏めるのが正室のリィの役目。
たかが後宮のこととは言っても、正室のリィにまだ子どもがいない今、首尾よく子どもを授かって、それが男の子であれば次期国王の可能性が出てくる。
また、リィに王子が生まれたとしても弟として側に仕えることもできる。
後宮はいつの時代も陰謀渦巻く大変な場所。
これは公にされていないけど、シュリゾナでは貴族間で二大派閥が出来上がっていて、一触即発の状態らしい。
どちらの派閥からも同じ数だけ側室がいるから、当然父親の息がかかった側室達は日々、敵対する派閥の側室を蹴落とすのに必死だ。
ヒキさんから後宮で起こったあれこれの報告資料に目を通して、私は本気でこの国の貴族に生まれなくて良かったと思ってしまった。
側室の人達も好きでやってる人ばっかりじゃないだろうけどね。
その後宮を纏めなければならないリィは、本当に大変。
今のところ、セリンガムの王女としての地位と私というディールの姫の後ろ盾があるリィが正室として絶対的な権力を持てているけれど、側室に子どもができたら分からない。
後宮は今のパワーバランスを崩せない。
そのためにも、王太子はリィを特別に扱わないといけないし、後宮を纏める彼女の手伝いをすべき。
それなのに、王太子は特別どころか滅多にリィの部屋にも訪れていないらしい。
「こちらへ来た時から、私は殿下のお気に召さなかったみたいで。身体の弱い妃では困るとそればかり。…確かにその通りよね」
「ショルジュ殿下と話し合ったことはある?」
私の言葉にリィは緩く首を振る。
私情の一切入らないヒキさんの報告書によれば、リィはここで正室として立派に後宮を纏めている。
あれだけ側室間でいざこざがあっても、死者や怪我人が出ていないのはリィの監督によるところが大きい。
「こちらの話しは聞いて頂けないし、手紙も無視されてしまうの。2人の時でも会話はないし」
何それ!?
政略結婚だからさ、愛情が湧かないっていうのは百歩譲って理解しよう。
リィ相手にそれって全く分からないけど、ここはポッチャリ王国だし、殿下ももしかしたらポッチャリ派なのかもしれないし。
好みっていうのは人それぞれだからね。
でもさ、だからこそ、国のことを考えたらリィを蔑ろにしちゃいけないのに。
殿下は割と頭の切れる人だって聞いてたけど、どうなのこれ。
寵妃だっていないわけでしょ?
リィがもしいなくなったらどうするつもり?
「何か殿下に考えがあるのかな…」
私の呟きにリィは首を振る。
「分かっていることは、私は殿下に疎まれているということだけ。…話しもできない程に」
「リィを嫌いになる男なんているわけない!!」
思わず叫ぶ私にリィは苦笑する。
「そう言ってくれるのはユキだけよ。…それに、私…」
「…リィ?」
俯いて言葉を詰まらせるリィの背中をさする。
その瞬間、リィは私に抱き付いた。
「リィ?どうしたの…?」
只事ではない雰囲気に、薄い背中をさする。
「私…私…子どもが…流れてしまったの…」
震えながら小さく呟かれたそれはあまりに衝撃的で。
私も言葉に詰まる。
「それは…最近のこと…?」
声には出さないけれど、小さな頷きが返ってくる。
「そのことを殿下は知っているんだね…?」
沈黙は肯定を意味する。
リィを抱きしめて私は泣いた。
涙が止まらない。
リィの体調が悪かった理由も初めに会った時の違和感も全て理解した。
こんなに悲しい出来事があったのに、王太子妃のリィには悲しむ時間さえ与えられない。
8年間も異国の地で頑張ってきたリィ。
殿下の支えもなくて、こんなに悲しい出来事があったのに側にいるべき人がいない。
今だってそう。
リィはこんなに傷ついているのに、泣けていない。
体を震わせて必死に立っている。
泣いてしまったら何とか保っているものが崩れてしまうのかもしれない。
そんな状況のリィが切なくて悲しくて。
私の涙が止まらない。
「ねぇ、リィ?…リィはこんな思いをしてまで殿下の側にいたい?」
びくりと体を震わせて、リィが顔を上げる。
綺麗な瞳と見つめ合う。
それだけで、リィが考えていることが何と無く分かってしまう。
「…うん。分かった…。私は何があってもあなたの味方だからね」
そうして、私達はその後しばらく抱きしめ合っていた。
自分に与えられた部屋に戻って、ヒキさんにあるお願いごとをして私は一息ついた。
「きゅい」
クウちゃんがそんな私の頬に擦り寄る。
「クウちゃん。少し遠回りしてもいい?」
そんなクウちゃんを撫でながら言うと、こくんと頷いてくれる。
「ありがとう」
私がこれからしようとしていることは、本来の目的から外れることにあたるのかもしれない。
もしかしたら、大事な協力者を失うことになるかもしれない。
それでも、何もしないままではいられない。
「クウちゃんに協力してもらわなくちゃいけないんだけど、いい?」
「きゅい!」
元気な返事が返ってきて、ホッとする。
後は…やっぱりルイとレイには相談しておかないといけないのかな。
そこまで勝手には動けないし。
反対されるかなぁ。
まぁ、されてもやるけど。
あれ?それだと相談の意味なし?
じゃあ、相談じゃなくて報告ってことにしよう。
そう勝手に結論付けて、私は前にルイから貰ったリングに触れる。
こうやって、会いたいってことを念じればルイに届くらしい。
便利なアイテムだよね。
当然のようにルイから許可はおりなくて、でも行動を起こすことについては反対されなかった。
なので、今私はルイと一緒にショルジュ殿下の執務室の前に来ています。
一人じゃ、絶対駄目だって許可がおりなかったんだよね。
クウちゃんがいるから一人じゃないのに。
もちろん、殿下には許可を貰ってこの時間帯ならっていう時間にやって来てます。
深呼吸を一つ。
落ち着いて…はいられないかもしれないけど、暴走はしないように。
そんな私の背中をルイがゆっくりと撫でる。
目を向けるとにこりと微笑んでくれる。
少しホッとして頷く。
そして、扉をノックした。




