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姫と呼ばれて  作者: イルハ
第2部
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閑話 レイボルト

物心つく頃から、ルイシーク兄上は俺の憧れであり目標であった。

正直なところ、ディルバート義兄上を認めてはいなかった。

彼に比べれば、ルイシーク兄上の方がどれだけ素晴らしい存在かよく分かっていた。

だから、自分は王位継承などには興味はなく、将来兄上を支えられるだけの存在になろうと幼いながらに決めていた。

そんな兄上が連れて帰ったユキという女性に俺は一目で心奪われた。

早くに母上を亡くしていたので、母親の面影を彼女に重ねていたのだ。


ユキの視線を自分に向けたくて。

ユキに構って欲しくて。

何かと理由をつけてはユキの側にいるようにした。

だが、王子としてなに不自由なく生活していた子どもの自分は、それ特有の横暴さも持ち合わせていた。

幼くして母を亡くしているというのが、教育係や近衛達に厳しく接することを躊躇わせていたのだ。

だからこそ、俺は自己中心的な行動が多かった。


どう頑張っても、ユキは自分だけを見てはくれないことに苛立っていたある日、ユキに罠を仕掛けた。

フェイの部屋から盗み出した魔道石を使った特集なロープを、ユキが歩いてくる廊下に貼ったのだ。

そのロープは人の目には見えない。

だが、たいして強いものでもないので、引っかかって転ぶくらいで済むものだった。

だが、子どもの浅はかな行為はクウに簡単に見破られ、俺はユキに酷く叱られた。









普段見る、温厚な笑顔を一切消し、本気で怒る彼女に恐怖が走った。

とんでもないことをしてしまった。

ユキに嫌われてしまう。

ユキはもう自分を見捨ててしまうかもしれない。


母上の代わりであるユキに嫌われることは、あの当時の俺には耐えられないことだった。

だが、どうしたら許して貰えるのかわからなかった。

焦って、だが声はつまって何も言葉は出てこない。


「分かった!?」


ユキに怒鳴られ、びくりと首を縦に振る。


「じゃあ、そういう時はどうするの?」


声の調子が変わったことに気付いて、顔を上げると優しい顔をしたユキがいた。


どうしたらいいんだろう。

こんな時、どうすればいいのか教わったことはない。

焦って視線が泳ぐ自分の顔を両手で包んで、ユキは目を合わせる。


「ごめんなさいって謝るの。自分が悪いことしたと思ったら謝るの。それが大事」


にこりと笑ったユキが忘れられない。









8年の月日を経て出会ったユキに、懐かしさと愛しさを感じた。

兄上はただひたすらにユキを待っていたことを近くで見ていた自分としては、何としてもユキを兄上の妃にしたかった。

だから、兄上を煽ってみたりもした。

しかし、ユキと時を過ごすうちに、自分の中で醜いどす黒い感情の渦が巻くことに気づく。


ユキを独り占めしたい。

兄上に渡したくない。

あの笑顔を自分だけのものにしたい。


ユキが兄上のことを考えて悩んでいることはすぐ分かった。

そんな彼女に兄上とのことを勧めるようなことを言いながら、俺のことで悩ませたいと思う自分がいる。


俺では兄上に敵わない。

だからこそ、兄上の片腕になるべく努力してきた。

それを認められて満足していた。

それなのに、ユキのことは引きたくない。

諦めたくない。

これが、ユキを愛してのことなのか、ただの執着心なのか自分でも分からない。









兄上の生誕の宴で、何かと理由を付けてユキに触れようとする男達に強い憤りを感じた。


触るな。

近寄るな。

同じ空気を吸うな。


自分でも驚く程の激情が体を巡る。


俺だとて成人した男なので、それなりに女性達との交流はあったが、こんな激情を感じたことはなかった。


予定通り、ユキを巡って俺たちの兄弟仲に溝ができていると安易に推測した貴族達が行動を起こす。

能力主義であった父王以上に、厳しい政治方針を固める兄上に甘い汁を吸うことができなくなり、反発していた貴族達が俺に接触してくる。


蛆虫はどこからでも湧くものだ。


そんな奴らを一網打尽に静粛するために、取り敢えずは真面目な顔をして話しを聞きながら、心中で嘲笑う。

だが。


ーーー殿下が王になられれば、ディールの姫をお手元におけましょうぞ。


その言葉に心が疼く。


ユキの笑顔を自分だけのものにできる。

それは、とてつもなく甘美な言葉だった。









竜の里での一件ではユキは俺を頼るようなことはなかった。

悩み葛藤しながらも一人で行動を起こすことができる。

だが、けして独りよがりではない。

冷静に周囲を見、判断できる。

王を支え時にその片腕となって、政治的手腕をふるう必要のある王妃の素質。

何より、彼女には人を魅了する魅力がある。

竜の里の人間が…それも部隊長クラスの者が仕えたいなどというのは前代未聞だ。


ヒキ・レイド。

竜の里において初の女性部隊長。

レイドの一族は代々諜報活動に優れ、その脈々と受け継がれる情報網はどの国の諜報部も敵わない。

それは大国シュリゾナであっても同じ。

竜の里が独立した国家形成でいられるのも、裏でレイド家が支えているからと言われている。

そのレイド家の人間がユキに仕える。

それは、レイドの人間も了承したということ。

これが何を意味するのか。ユキはきっと分かっていない。


ユキの存在は大きい。

俺にとっても、この世界にとっても。









「レイ」


ユキが言う。


「エンはレイに似てる」


俺の相棒である翼竜に触れながら、ユキが笑う。


「高潔で誇り高いのに、たまにやんちゃ」


「…やんちゃ?」


眉を顰める俺と同じように人語を多少理解できるエンも嫌そうな顔をする。


「そう!やんちゃ。レイの行動は予測できないから」


昔から、変わらないとユキは続ける。


「でも、レイは絶対的な味方だから、安心できるの。何も考えずに一緒にいられる」


味方。

彼女はよくその言葉を使う。


そう。俺はユキの味方だ。

だけれど、それ以上に特別な存在になりたいと強く思う。


兄上に渡したくない。

彼女を囲って、俺以外の誰にも何にも触れさせず、閉じ込めてしまえたら。

仄暗い想いが強くなる。


ユキ。ユキ。

どうか、どうか。

俺だけを見て。

兄上ではなく、俺だけを。


ミスーリさんの名前ミス直しました!

ご指摘ありがとうございます。


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