役割
この世界はかつて三体の翼竜によって支えられていた。
知と調和と破壊を司る三体の翼竜。
それらの翼竜に仕える竜と人間は共存していた。
竜に比べれば脆弱で短い寿命しか持たない人間を、調和を司る翼竜は目をかけていた。
主がそうであるから、当然調和の翼竜に仕える竜達も人間と触れ合う機会が多かった。
翼竜によっては、その背に人間を乗せて運ぶことさえするものが出た。
人間は翼竜を恐れ、そして敬った。
そのうち翼竜に許可され、その近くにいられる人間を特別扱いし始めた。
翼竜にとっては、自分に触れることを許可する人間に何か特別な能力を見出した訳ではない。
ただ、その人間の纏う空気が好きだったりその人間の行動が興味深かったりしただけ。
だが、その事実に人間は気付かなかった。
初めは特別扱いだった。
そのうち、そうした人間は本人の意思とは関係なく権力を持つようになった。
すると、権力を持った人間を利用しようという者が出てくる。
そして、翼竜を巡って人々は争いを起こすようになった。
知と破壊の翼竜は、人間とは積極的に関わろうとはしなかった。ただ傍観していただけだった。
だが、調和の翼竜はその状態を悲しんだ。
自分に非があると苦しんだ。
そして、ある時自分に従う翼竜全てを連れて、人間の世界に関わることをやめた。
その際、翼竜に気に入られたせいで、権力を持ってしまった人間が、自分達がいなくなった後迫害されることを恐れて、その魂を転生させる魔道を施した。
いくら世界を司る翼竜でも、それは莫大な力を要することだった。その上その頃には人間の数が多くなっていた。
そして、そんな力を解放した翼竜は眠りについた。
翼竜がいなくなった世界で、人間達は翼竜を探した。
人は楽を覚えると、中々元の状態には戻れない。
空を狩り、どんな動物よりも力を持ち知能もある翼竜がいなくなることは、大きな痛手であった。
そしていつの頃からか、翼竜の血を飲んだ者は不老不死になるという話が広がった。
どんな病も治し死者を蘇らせることもできるという話まで出て来た。
そして、愚かにも欲に目が眩んだ人間達の王が翼竜達の世界に侵入してきた。
これに激怒したのは、破壊の翼竜。
自分の配下にある竜達を総動員して、迎え撃った。
自分の同胞である調和の翼竜が、あれ程の力を使ったのは何故なのか。
愚かしく脆弱な人間など、簡単に縊り殺せるというのに、何故それをしなかったのか。
そんなことを考えもせず、未だ私利私欲のために行動する人間達が許せなかった。
怒りに任せ、暴れる破壊の翼竜を諌めたのは知の翼竜。
人間はこの世界を構成するのに必要不可欠な存在。
無暗に殺生するなと諌めた。
だが、破壊の翼竜は三体の中でも最も力の強い翼竜。
それが暴れた痕跡は大きく、人間が住む土地の三分の一は焦土と化した。
その土地を元の状態へ戻すため、知の翼竜は力を使った。
そして、眠りについた。
残った破壊の翼竜は、一人静かに世界を見つめていた。
いつか、同胞が目覚めるその時まで、それぞれが従えていた翼竜達の長として、世界を見守ろうと決意した。
力を使い尽くした翼竜は、その力が蘇ればまた目覚める。
そうして、また三体が集ったその時、世界は正常に動き出す。
そうして、数百年。
三体のうち二体が欠けた状態では、世界の均衡は崩れがちだった。
それでも破壊の翼竜は、均衡を保つために力を使った。
しかし、それから数百年。
今世界は大きな歪みを持っている。
このままでは、二体の翼竜が目覚める前に、この世界の均衡は崩れる。
だから、喚んだ。
異世界から。
異世界の分子を持った存在は、この世界に目には見えない大きな影響を与える。
「それに選ばれたのが私なのね」
クウちゃんの話を聞きながら、私は頷く。
どうして、それが私だったのか理由までは分からないけれど、クウちゃんが破壊の翼竜であったことと、この世界に生きる人達が知らないという本当の歴史を教えてもらう。
欲に目が眩んだ王の末裔が歴史を改編したんだという。
まぁ、よくあるはなしだよね。
権力者っていうのは、なるべく美談を残したいものだからね。
今私達は見たこともない森の中にいる。
かつて翼竜達が人間達から姿を消した時に集った場所だというここは、翼竜の聖地で空気が澄んでいてとても気持ちのいい所だった。
ここには、特別な結界が張ってあってどんな魔導士であっても、人間は入ることができないのだとか。
クウちゃんは私と一緒にいることで一つはっきりしたことがあると言った。
それは、破壊の翼竜である自分が私と一緒にいると、使用した力がたまるということ。
翼竜は強くクウちゃん程の存在になれば、魔道に近いものも使える。
けれど、やはりそれなりに身体に負担はかかるようで、以前私がボーグに殺されそうになった時に使ったような攻撃もある程度は負担がかかるものらしいけど、私と一緒にいたクウちゃんには何の疲れも感じなかったし、力の制御がいつもより格段にできたそう。
もし、あの時私が必死で止めなければ王宮を破壊していたと、あっさり言うクウちゃんに、私は唖然とする。
それくらい、頭に血が上った状態では、大きな破壊力を生む反面、力の制御はクウちゃん自身でも難しいそう。
って、クウちゃん…。なんて恐いことを言うの。さすが、破壊の翼竜…。
「なら、クウちゃんにとっての私のように、異世界から他の調和と知の翼竜の相手を見つければすぐに目覚めるんじゃない?」
「きゅい」
私の言葉にクウちゃんは首を振る。
自分の相棒とも言える存在は、翼竜本人でないと見つけることはできないらしい。
「この世界の均衡が崩れると、どんな影響があるの?」
「きゅいきゅい」
人間達の間で禁忌とされている黒魔道を使える者が増えているとクウちゃんは言う。
黒魔道っていうのは、所謂正道から外れた魔道ね。
力の強い魔道士の中には破壊を得意とする人がいて、そういった人達は黒魔道に手を染めやすい。
黒魔道は人を呪ったり命を奪ったりすることができるもの。
けれど、これを行うにはそれなりの対価が必要で、自分自身の命や別の人間の命を削ることになるのがほとんど。
心が闇に支配されるので、本人は自分の命が削られていくことに気付かない。
以前、フェイさんが言っていた自滅の道を辿るってこういうことだったんだね。
三体の翼竜の力が満ちている時は、黒魔道を扱うことは人間にはできなかった。
しかし、今は均衡が崩れてきているので、それが出来るという。
そしてその黒魔道の力が溜まると、この世界そのものが滅びる可能性があるという。
まさに今、黒魔道士の力を集めている者がいることに、クウちゃんは気付いた。
だからその前に、残り二体の翼竜に目覚めてもらうか黒魔道士の力を集めている者を止める必要があると、クウちゃんは断言する。
「その元凶はどこにいるの?」
私の質問に、クウちゃんはシュリゾナだと答える。
やっぱりシュリゾナかぁ。
ここの人達の中心になる国だもんね。
「もう一つ。本当に翼竜の血には人間を不老不死にする力があるの?」
私の質問に、クウちゃんは首を振る。
そんなものは人間が勝手に創り上げた妄想だと言う。
翼竜は人間とは違い長命だ。
特にクウちゃん程の力の強いものは数千年は生きられる。
だけど、そんな力の強いクウちゃんの血を体に取り込もうものなら、拒否反応が出て内から人間の体は崩れると、恐ろしいことをさらっと言う。
--命ある者はいつか必ず眠りにつく。
--この自然の摂理を捻じ曲げるようなことは、何者にもできない。
クウちゃんの言葉に頷く。
「よしっ!!じゃあ、私の使命も分かったことだし一回セリンガムに戻って、準備を整えてシュリゾナに行きますかっ!」
「きゅいっ!」
そう叫ぶ私に、クウちゃんも元気に返事をして体を元の大きさに戻すと、私を背中に乗せる。
飛び上がって、そしてふと気付く。
「クウちゃん。なんか、かなり時間たってない?」
竜の里を午前中には出発したはずなのに、辺りは薄暗い。
体内時計では1時間くらいしか、クウちゃんと話してない筈なんだけど…。
そんな私に、翼竜の聖地は時間の流れが違うからあれから2日たっているとしれっとクウちゃんは答える。
「えぇっ!!!???」
2日っ!?
じゃあ、私は2日もルイやレイと音信不通になってたの!?
翼竜の聖地は人間の魔道士でも関与できない結界があるって言ってたから、ルイやフェイさんでも全く気付けてないんじゃ…。
その考えに血の気が引く。
「ど、どうしよう…。クウちゃん~…気を利かせてセリンガムの王宮に連絡とかしてたりは…」
--無い。
「ですよね…」
はっきりとしたクウちゃんの言葉に項垂れる。
あぁ…。絶対心配してる。
2日も連絡無しにいなくなってるんだもん。
ルイやレイに会うのが恐いような…2人とも過保護だしなぁ。私より年下だけど…。
「じゃあさ、今から帰るってフェイさんにでもいいから伝えておいて?」
そんな私のお願いにクウちゃんは頷いてくれる。
急いで帰らなくちゃっ!!
言わなくても、クウちゃんは超高速で飛んでくれてるけどね。
あぁ…。
帰るのが恐い…。




