臣下
忙しくて、かなり間が空いてしまいました;
「ご無礼は十分承知の上ですが、聞いて頂きたいことがあります」
あの後場所を移動した私達に、ヒキさんはそう言うと突然私の足元に片膝をついて、頭を下げた。
その動きに合わせて、綺麗な銀髪が揺れる。
「ヒキさんっ!?」
驚く私を意志の強い瞳が捉える。
「私を貴女の臣下にして頂きたい」
「…臣下?」
ヒキさんはこくりと頷く。
「大変失礼ながら、私達竜の里の人間はディールの姫である貴女を『試し』ました。ですが、翼竜と共に生きていかなかければならない私達にとって、貴女は生命線。ミスーリがしたことは決して褒められることではありませんが、ご理解頂きたいのです」
「じゃあ、ヒキさんはミスーリさんの責任を取って、私の臣下に?」
私の言葉に、ヒキさんはにこやかに笑って首を振る。
「3つの部隊は独立したものです。ミスーリの失態を私が補う義理はありません。これは、私の独断です」
「ヒキさんの言う、私の臣下になるって言うのは具体的にはどういった意味ですか?」
多分、私が考える通りだと思うけど、不安なので確認する。
「私は諜報活動に優れております。今後は貴女だけのために動きましょう」
ヒキさんは静かに断言する。
「それじゃあ、竜の里の諜報部はどうなります?」
「後任がおります。こちらのことは気になさらずに、どうぞお返事を」
「でも…どうして私なんかの…」
私は考え方が甘い。
こことは違う世界で生きて来た私とこの世界の価値観は違う。
それを直すつもりはない。
そうでなくなったら私は私で無くなってしまうから…。
だけど、いつかこの甘さがアダになってしまうかもしれない。
だから、ある程度のことは考えないといけないけれど…。
この美しい人が例え数日でも私と接触して、私の甘さを見抜けないとは思えない。
「私は上に立てる器ではないですよ」
分かっているだろうことを、はっきり告げた。
私の強みはクウちゃんだけ。
それでもクウちゃんの存在が、私の欠点を補える訳じゃない。むしろ、マイナスにならないとも限らない。
ヒキさんはまたにこりと笑う。
「私は思うのです。強さだけでは、この世は成り立たない。貴女がディールの姫であることを竜の里に生きる者として、誇りに思います。貴女はご自分のことをよく分かっている。今後貴女がどの様に世界を動かしていくのか私には分かりませんが、手駒は多い方がいいでしょう。どうぞ、私をお使いください」
言うと、ヒキさんは胸元から大き目の金でできたペンダントを出し、それを私に両手で差し出すと頭を下げた。
「竜の里に伝わる、忠誠の証だ。…受け入れるならばそれに触れて言葉を。受け入れないのなら、それを下に落とすことになっている。」
ずっと成り行きを見守っていてレイが、教えてくれる。
確かに、ヒキさんのような人に側にいてもらえるのなら、心強い。
竜の里で部隊長をやるだけの実力者であることも分かってる。
でも、私に彼女の人生を預けてもらうだけの覚悟なんて……。
首を振る。
そして深呼吸をする。
覚悟なんて、とっくの昔にできてる。
もう前に進むしかないんだから。
一歩前に進んで、そのペンダントにそっと手を置く。
「ヒキ・レイド。あなたを受け入れます。これからよろしくお願いします」
「…有難き幸せ」
ヒキさんは静かにそう応えた。
「お世話になりました」
竜の里を去る時間になって、私はギルさんに言う。
「何かありましたら、いつでも声をお掛けください。竜の里は貴女の頼みならば、何でも聞きましょう」
ギルさんが力強く答えてくれる。
「ユキ様。お気をつけて」
部隊長のウェイさんがにこやかに声を掛けてくれる。
あの一件から、部隊長さん達が私を名前で呼んでくれるようになっていた。
「はい。…ギルさん、ウェイさん…ヒキさんのことすみません」
大切な部隊長を勝手に連れて行くことが、やはり心苦しくて謝る。
「仕えるべき相手が見つかるというのは幸せなことです。それに、ヒキの翼竜も賛成ならば私達が口を出すべきことではありませんからな」
ギルさんがさっぱりと言いきる。
「ユキ様、ヒキは私の教え子でもあります。たくさん使ってやってください」
側にいたミスーリさんが言う。
「はい」
穏やかな瞳を見つめて、頷く。
「それと、一つ。どうしても貴女に会いたいという者がいるのですがよろしいですか?」
ミスーリさんの言葉に首を傾げる。
「会いたい人?」
そんなミスーリさんの後ろから、おずおずと顔を出した子どもに見覚えがあった。
クウちゃんの土砂に巻き込まれた子だった。
「あぁっ!!」
嬉しくなって、小走りで近寄ると子どもはピシッと手を横にして胸を反らすようにして立つ。
「体の調子はどう?大丈夫?」
「はっはいっ!!」
男の子は必死に頷く。
「あああああのっ!姫様!!」
「なに?」
真赤な顔が可愛くて、顔がにやけてしまう。
やっぱり、子どもって可愛いなぁ…。
「おれっ!頑張ってたくさん勉強して、将来は戦闘部に入れるようになりますっ!!そしたら、姫様の護衛騎士になって、姫様から頂いたご恩をお返ししますっ!!」
男の子の言葉に、私は驚く。
そして、少しだけ理解する。
この竜の里に生きる人達の価値観を。
これが、普通の感覚なんだよね。
ならば、こんな風に言ってくれるこの子の気持ちを踏みにじっちゃいけない。
私は立ち止まっちゃいけない。
「名前は何ていうの?」
「バナー・シュリです…」
必死になっていった言葉の返事がないので、不安になったのだろう。バナーは不安げに答える。
「バナー・シュリ。あなたの気持ちをとても嬉しく思います。ここ竜の里で一生懸命学び、一人前になった時、それでも私の騎士になりたいと思っていてくれるのなら、私を訪ねて来てください」
真面目な顔で伝えると、途端にバナーの顔に笑顔が戻る。
「はいっ!!」
大きな声で頷いて、片膝をつく形で私に頭を下げる。
そんな彼の頭を撫でる。
「ユキ様。ありがとうございます」
穏やかな表情でミスーリさんが言う。
「いいえ。こちらこそ、色々と教えて頂けて感謝しています」
私の言葉にミスーリさんは意外そうな顔をする。
私の常識とここの常識が違うことを私を試すことで、示唆したかったのだろう。ミスーリさんは私を試すためだけに、今回の策を練った訳じゃないはず。
「なかなか、鋭い」
笑うミスーリさんに私も笑いかける。
うん。喧嘩別れっていうのも後味が悪いしね。
きっとミスーリさんのことだから、私の行動パターンを何種類か予測して策はたててただろうから、きっとバナーが死ぬようなこともなかったはず。
ほら、頭に血が上るとこんなことにもすぐ気付けないくらい、回らない。
気をつけなくっちゃ。
「貴女とディールの世界、これからどうなっていくのか楽しみにしていますよ」
穏やかな顔で笑うミスーリさんに私も笑顔を返した。
ヒキさんは引き継ぎの仕事があるので、後から合流するということで私達だけ一旦セリンガムに戻ることにする。
帰りはエンではなく、クウちゃんの背中に乗って空を飛んでいる私です。
さすが、ディールなだけあって、クウちゃん自身が防御印のような空気の膜を作ってくれてるから、私は全く苦しくなく、空の旅を続けていられる。
ちなみに、クウちゃんは私以外の人を乗せようとはしなかった。何か拘りがあるのかな?
「クウちゃん、何か速くないっ!?」
飛び始めてすぐに、クウちゃんはスピードを上げた。
もちろん、私に影響は無いんだけど翼竜の中でも規格外のスピードなのか、エンだけがなんとか後ろの方で離されないように付いている感じだ。
思わず、声を出した私に、大丈夫という返事だけしてクウちゃんはどんどんスピードを上げる。
振りかえると、エンに乗るレイが何か叫んでいる。
けれど、私には聞こえない。
「大丈夫~!!」
聞こえないだろうけれど、そう叫んで頭の上に大きな丸を作る。
レイの瞳が不安そうに歪んで、でもそれ以上確認するまでもなく、クウちゃんは更にスピードを上げて、程なくエンの姿も見えなくなった。




