夢
ギルさんに連れられて行った所には垂れ幕が何枚か折り重なっている大きなテントの中で、里の部隊長の人達に挨拶をされた。
竜の里には、翼竜の世話をすること以外にも、ある一定の能力が認められると本人の希望優先で、3つある部隊のどれかに配属することができるらしい。
戦闘部・諜報部・教育部。
戦闘部はその名の通り、里の緊急時に先頭に立ってここを守る部隊。
諜報部は各国の諜報活動をする部隊。
教育部だけ、異色な感じがするけれど、翼竜を扱えるだけの体力と知識を里の子ども達に授ける部隊。
竜の里はどの国にも属さず、孤立して独自の慣習を貫き通す場所。
これらの部隊の役割は大きく、特に戦闘部隊は翼竜の使役者が多いので、ここの戦闘部隊が本気で各国へ攻め入ってきたら、大国シュリゾナであってもどうなるか分からないとまで言われている人達。
「初めまして、ディールの姫」
戦闘部隊長はウェイさん。髪は五分刈りに近い短髪で30代前半の筋骨隆々な逞しい体を持った人。
「よろしくお願いします」
諜報部隊長はヒキさん。こちらは竜の里では珍しい細身の女性。白髪に近い銀髪を頭の高い位置で纏めている。20代後半って感じ?
「お会いできて光栄です」
教育部隊長はミスーリさん。穏やかな瞳をした30代後半くらいの男性。肩よりも長い髪をそのまま垂らしている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
なんか緊張するなぁ。部隊長の皆さん、喋り方は穏やかなんだけど、視線が鋭いっていうかなんか探ってますよね?私のこと。
その時。
広場の方が騒がしくなった。
「火事だっ!!」
人の叫び声に、私達はテントを出る。
すると、中央にあった焚火が倒れ、火が広がっていた。
「まずいっ!今日は土が乾燥している、火の手が早いぞっ!!」
ギルさんの言葉通り、火の勢いは強くどんどん広がって行く。
風向きと土地の傾斜から私達がいるテント側は進行方向ではないけれど、火が広がっていく方向には里の人達が住む家がある。
広場にいた人達が逃げて行く。
「消火活動を!」
ウェイさんが叫ぶと、広場のあちこちから了承の声が聞こえる。恐らく、戦闘部隊の人達なのだろう。
「魔道を扱える者はっ!?」
レイが叫ぶ。火の勢いが強くて普通の消火活動では間に合わないと判断したのだろう。
「魔道の心得がある者はおりません!ミスーリが使役する翼竜は水竜です。それの到着を待ちましょう!」
ギルさんが叫ぶように答える。
ウェイさんの指示で、戦闘部隊の人達が里の人を逃がし、砂をかけたり水をかけたりして消火活動を始める。それにヒキさん達も加わる。
でも、火の勢いは止まらない。
物が燃える臭いと煙に咽せる。
「ユキ、ここも危険だ。離れよう」
レイが私の肩を掴む。
クウちゃんが私を煙から守るように、羽を伸ばす。
こんな時、どうしたらいい?
火事を消すにはどうしたらいい?
この勢いだから、水じゃ間に合わない。
でも、じゃあどうすればいい?口から水を吐くという水竜が来るのを待ってればいいの?
心臓がバクバクと脈を打つ。
人々の叫び声が聞こえる。物が燃える独特の臭いに、胸が苦しくなる。
水竜はまだ?
早く…早く…来て。
その時、親とはぐれてしまったのか子どもが一人、火の広がっていく方向に逃げて行くのが見えた。
「駄目っ!!」
「ユキッ!!」
思わず、走り出しそうになる私をレイが慌てて腕を掴んで引き留める。
「レイッ!子どもが、子どもがっ!!」
必死に叫ぶ。あの子、このままじゃ煙に巻かれてしまう
「子どもを助けよっ!!東の方向だっ!!」
私の声を聞いたギルさんが、戦闘部隊の人達に叫ぶ。
けれど、そちらは煙が強く、さすがの部隊の人達も良く見えないのか進めない。
このままじゃあの子…っ。
「クウちゃん!!」
その瞬間、私は叫んでいた。
「土砂を!!」
もう頭に思い浮かぶのは、窒息消火だけ。広場の周りを囲むようにある小山を指さす。
「きゅい!!」
私の言葉に反応して、クウちゃんが飛び上がる。
そして、体の大きさを元のサイズに戻すと風のような速さで小山の一つに突進する。
ドオォン!!
轟音と共に山に突っ込むと、その背に大量の土砂を乗せて戻って来る。
ザアァ!!
スコールかと思われるような、土の雨が火事を直撃する。
「魔道石をっ!!」
叫んで、テントにあった魔道石のランプを広場に向けてもらう。
「鎮火したか…?」
レイの言葉通り、火は消えていた。
もくもくと土煙りが立ち込めて、よく見えない。
「クウちゃん!風をっ!!」
叫ぶと、上空でクウちゃんが羽根を羽ばたかせて、風を送る。
流れていく土煙りの中を目を凝らして、見つめる。
火の勢いは止まった。所々燃えているけれど、あれならすぐに消火できる。
「ユキッ!!」
一瞬、私を掴む力が弱まってその隙に私は飛び出す。
クウちゃんの土の雨は、火は止めたけれどもの凄い量なので、消火活動をしていた戦闘部隊の人達ですら突然の空からの重みに耐えられず、埋もれてしまっている。
でも彼らなら、すぐにその土から体を自分で出すことができるけど、あの子どもは…。
必死に走って、子どもがいた辺りの土を掘る。
「どこ?どこにいるのっ!?声を出してっ!!」
叫びながら、土を掘る。
水分を含んだその土は重く素手では中々掘り起こせない。
避難していた里の人達が、すぐに事情を察してシャベルなどを手にたくさん集まって土をかき出す。
早く、早くしないと…。
「いたぞっ!!」
少し離れた所で、声がして慌ててそこに走り寄る。
すると、そこには周りの大人達によって掘り出された子どもの姿があった。
「息はっ!?」
叫ぶように聞く。
「ありますっ!!」
背中を叩かれて、口の中から土を出された子どもは苦しそうに、何回か咳をした後うっすらと目を開けた。
「良かったぁ…」
その様子にへなへなと体から力が抜ける。
今になって足が震えてきて、立っていられない。それに安心したら、涙まで出てきた。
「きゅい」
赤ちゃんサイズに戻ったクウちゃんがやって来て、私のことを心配そうに覗き込むとぺロリと涙を舐めた。
「クウちゃん…他に土砂に巻き込まれた人はいない…?」
そう尋ねると、クウちゃんは一度上空に羽ばたき、しばらくすると大丈夫だと戻ってくる。
「良かった…ありがとう…」
クウちゃんがいなかったら、間に合わなかったかもしれない。
ぎゅっとクウちゃんを抱きしめて、そして私の周りに集まってくれた人達を見る。
「皆さん…本当にありがとうございます」
「とんでもねぇっ!こちらこそ、姫様がいなければ大惨事になってたんですからっ!!」
里の人の一人が煤で汚れた顔をこちらに向けて、そう言ってくれる。
他の人達もうんうんと頷いている。
私もきっと煤で酷い顔してるんだろうな。
そんなことをふと思って、でも彼らの言葉が嬉しくて私は少しだけ笑った。
その夜、煤と泥だらけの体をお風呂で流して、そのまま疲れですぐに寝てしまった私は夢を見た。
辺りは明るくて、でも眩しい程ではない。
ふわふわした感覚の場所。
私、前にもこんな夢をみたような気がする…。
『ユキ』
名前を呼ばれて、そちらを向く。
『ルイ?』
そこにいたのは、ルイ。嬉しそうな顔で私に近づいて来る。
『…これは…夢?』
『ユキに渡したリングを通して、ユキの精神に少しだけ干渉させてもらった。だからこうしてユキが寝ている間だけ話すことができる』
『…へぇ』
嫌、何だかすごい話すぎて私にはついて行けないんですが…。
ルイは精神系の魔道が得意なんだっけ?
ついつい、冷たい反応になってしまった私にルイはその表情を曇らせる。
『嫌だったか?』
『…嫌ではないけど…なんかびっくりしちゃって』
『ユキから強い拒否反応が出れば、俺がいくら試みた所でこうして干渉することはできない。だから、少しならばいいかと思って…』
少し、肩を落として言うルイが何だか可愛く思えて私は笑ってしまう。
『大丈夫だよ、ルイ。嫌じゃないから。でもどうしてわざわざ?』
『顔が見たかったんだ』
私が可愛いと思ったことがバレたのか、少し不機嫌そうにルイは呟く。
『本来なら、一日だとてユキと離れていたくはないから』
そのストレートな感情表現に、顔に熱が集まるのが分かった。
えっと…ね、だからさ…なんでルイはこう…恋愛に関してちょっと乙女っぽいのかな。
前王を凌ぐとも言われる程の政治手腕を見せるルイは、冷静沈着で眉目秀麗な王様なのに、中身が…っていうか恋愛脳がちょっと乙女チックって…。どうなの。
その上、それを堂々と言えるルイって…。凄いと言うか何と言うか…。
あ、だから、側室なんかいらないとかって言い切れるのか…。
私がいない間に、少女向けの恋愛小説でも隠れて読んでたのだろうか…。
『変わりはないか?』
ふわりと優しく笑ってルイが聞く。
『うーん?無い事もないかな』
今日の火事のことは言わないでおこうかと思ったけど、どの道レイから報告があるだろしと思って私は簡単にそれを告げる。
途端に、ルイの表情が険しくなる。
『ユキ、怪我は?どこか体でおかしい所はないか?』
『大丈夫。私は何にも役に立たなかったし』
その言葉に、一瞬疑わし気な目を向けてでもふぅっと小さくため息をつく。
『明日にはクウちゃんと一緒に帰るからね』
そんな彼の頭をなでなでしながら、言う。
『…ユキはそうすることが癖だな』
苦笑しながらルイが言う。
『あ、ごめん…。嫌だよね』
弟だと思うなと言われていたのに、またやってしまったと慌てて手を離すとルイは首を振る。
『ユキに触れて貰えるのは嬉しい』
にこりと笑う綺麗な顔が近くて、ドキドキしてしまう。
『ここはユキの精神体の中だから、俺からユキに触れることはできない』
そう言って、ルイが腕を広げる。
ん?何、その手??
『抱きしめさせて欲しい』
そう言った時のルイの顔が、切なくて。よく見ると疲れているようにも見えて。
私はおずおずとルイの背中に手を回す。
こうやって、あんまり躊躇なく抱きつけるのはルイを幼い頃から知ってるから?やっぱりまだ私の中で、ルイは子どもなのかな…。
だって、普段の私なら考えられない。彼氏でもない人に抱きつくなんて。
『ルイ、疲れてる?』
『大丈夫だ』
考えを追い出すように聞く。
ぎゅっと、いつもの絶妙な力加減で抱きしめてくるルイからは、その返答。
大丈夫な訳ないんだよね。
ルイはいつも忙しい。それに、こうやって夢に出てくるってことはそれだけ力を使っているってことだし。
『昔…ユキがいなくなってしまってから暫くたった頃、こうして夢の中でユキと会った』
ルイの言葉に、少しだけ考えて思い出す。
ここでの記憶はなかったけど、夢に出て来たルイとまた会おうって約束した。
『あれ…夢じゃなかったんだ』
『今思えば、あれが俺の魔道士としての力の目覚めだった。ユキに会いたいと切望していたからな。夢で会えて、俺は生きて行く希望ができた』
ルイの言葉に切なくなる。
ルイはこんなに私のことを想ってくれてる。
それなのに、私はズルイことばかり考えて、逃げてる。
『ユキには酷な選択を迫っていると思う…。だから、一つだけ願いがある』
『何?』
『俺が抱えているものは何一つ考えずに、俺個人を見てくれないか。見た上で返事が欲しい。…急がないから…』
『…セリンガムの王であることは忘れて…ルイ本人だけを見てってこと?』
『あぁ』
その言葉に私は首を振る。
『それはできないよ…。だってルイは…王様だから…』
『ユキ、頼む。俺という人間を、ルイシークとしての俺を見て判断して欲しい』
少し離れて、ルイの顔を見つめると必死な瞳とぶつかる。
何で、こんなに綺麗な人が私なんかを求めてくれるんだろう。
これだけレベルが高ければ、もっと美人でスタイルも良くて能力もある女性をすぐに見つけられるだろうに。
それに、私がルイ本人を好きだと言った所で何も変わらないだろうに。
ルイはセリンガムの王であり続けるのに。
でも、それを言うのは意地悪な気がして、黙ることにする。
『…うん。考えて…みる』
私の言葉にルイが嬉しそうに笑う。
『だから…あの、もう少し待ってもらえる?ズルイことを言ってるのはよく分かってるんだけど…』
『もちろん。急がない』
この笑顔に甘えてしまう。
だけど、ごめんね。もう少しだけ、時間が欲しいの。
もう少しだけ考えさせて欲しい。
『時間だ』
ルイがそう言って離れる。
『ルイ。無理はしないで。休める時に休んで』
慌ててそう言えば、にこりと笑うルイが見えて、でもだんだんとその姿は薄くなって、そうして私は目が覚めた。




