竜の里2
「…うんうん。それで?」
横になったクウちゃんのお腹の上に座って、視線を合わせながら私達はずっとお喋り。
今まで何をして過ごしてきたかとか、私は日本でどんな生活だったかとか、近況報告。
クウちゃんはさすがに赤ちゃんの頃の様にきゅいきゅい鳴く訳ではないけれど、クルクル喉を鳴らしながら応えてくれる。
不思議と、クウちゃんが何を言っているのか分かるんだよね。
翼竜を使役している人でも、翼竜が言っていることは何となくしか分からないらしいから、特殊能力と言えばそうなのかもしれない。
その時、クウちゃんがふと首を私が来た方に向けてそして視線を私に戻す。
「え?呼んでる?」
クウちゃんが向こうでレイ達が私のことを呼んでいると教えてくれる。
「行った方がいいんだよね。クウちゃんは…移動できないか」
いくら竜の里が広大だとは言っても、こんなに大きなクウちゃんはそう易々と移動はできない。
ため息をつく私をクウちゃんは器用に体の位置を変えて移動させる。
まるで滑り台から下りるように、お腹を通って地面に着地する。
私が地面に下りたのを確認すると、クウちゃんの体が光る。
「クウちゃん?」
次の瞬間には、何と出会った頃の赤ちゃんサイズのクウちゃんが私の目の前でふよふよ飛んでいた。
「クウちゃん!!サイズ変えられるのっ!?」
「きゅいっ!!」
驚く私に、当然じゃん!とでも言うようにクウちゃんが返事をする。
あぁ、鳴き声まで赤ちゃんに戻ってる…。
何て芸の細かい…。
でもこれなら、この後も一緒にいられる。
「出会った頃も移動しやすい様に、その大きさだったの?」
「きゅい」
そうだよ。という返事を受けて、納得。
まぁ、ディールだしね。何でも許されるんだろう…。
遠い目をしながらレイ達の所へ向かう。そこで気付く。
あれ?何で、他の翼竜が頭を下げてるの?
私がクウちゃんと会うまで、思い思いの格好で自由にやっていた翼竜達が私達の進む方向に合わせて、道を開け、深々と頭を垂れている。
「きゅい」
まぁ、気にするなとクウちゃんが言ってそこをふよふよと飛んで行く。
いや、気になるんですけど…。
やっぱりクウちゃんがディールだから?そんなに翼竜達の世界は上下関係が厳しいのかな。
それにしては、さっきまでクウちゃんが同じ広場にいても、皆自由にしてたよね。
頭に疑問符をくっつけながら、クウちゃんの後に続く。
そうしてやっと戻ってきた私達にレイが苦笑しながら声を掛ける。
「さすが、ユキだな。翼竜達がこれ程従うとは」
「どういう意味?」
レイの言葉の意味が分からず聞き返すと、レイは自分の傍にいたギルさんに視線を向ける。
「…私は生まれたころよりここにおりますが…こんなことは初めてです…。貴女にお会いできたことを私は何に感謝すればいいのでしょう。竜の里は貴女を歓迎いたします」
感無量といった感じで、ギルさんは片膝を着くと、私に頭を下げる。
それに倣うように、竜騎士さん達もギルさんの傍にいた里の人たちも膝を着いて、頭を下げる。
えっえっ…。何が一体どうして、こんなことになったの?
困って、唯一立ったままのレイを見れば、レイは穏やかに笑って頷くだけ。
どういう意味~(泣)
「頭を上げてください」
内心はあわあわとしながら、声を掛ける。
私はディールの姫として来ているんだから、下手に遜った態度は不信感を煽るだけの様な気がする。
私の言葉にギルさんが頭を上げる。
「私は、ある目的があってここにいるディールに会いに来ました。ディールも私と共に在ることを了承してくれています。ディールを連れて行ってもいいですか?」
「無論です。元々、我らはディールにこの場を提供しただけに過ぎません。ディールだけでなく、翼竜はここを出ることを自分の意志で決定します。その決定に異を唱えることはできません」
ギルさんの言葉にホッとする。
良かった。反対されたらどうしようかと思った。
「つきましては、ディールの姫にお願いがございます」
「お願い?」
「ここ、竜の里は翼竜を守り支える為だけに存在する場。伝説の翼竜ディールとそれを使役する姫がお越しくださったのですから歓迎の宴を開きたく存じます。王宮の方々とは違い、こちらは不作法者共の集まり。お目汚しは重々承知しておりますが、ぜひとも滞在しそのお姿を、里の者に見せて頂きたいのです」
ギルさんの言葉に顔が引き攣る。
だって、私はあくまでクウちゃんと意思疎通がはかれるだけであって、私自身がその伝説の姫に相応しい器な訳じゃない。
それに、そんなに堂々と人に見せられるような外見でもないんだけど…。
困って、またレイを見るとレイは頷いた。
こうなることは想定済みってことかぁ…。
「分かりました。…そのお言葉、とても嬉しく思います」
「すぐに用意させましょう。姫と王子はこちらへ」
私の言葉にギルさんは満足気に頷くと立ち上がり、私たちを建物の方へ案内した。
夜になって、大きな焚き木を囲んで宴が開始される。
里の人達は音楽を奏でて、火を囲んで踊る。
花の祭りの時よりも、規模は大きいけどキャンプファイヤーみたいで楽しい。
宴が開始される前、まだ明るい頃ここに里の人達が集まって、私はギルさんによって紹介された。
里の屈強な男性達や女性達、その子ども達がディールの姫を一目見ようと集まって、私の前にはもの凄い人の山ができあがった。
それを竜騎士さん達が中心となって、ギルさん選抜の里の人達も一緒になって押しとどめて、その様子に怖気づく私の手を取って、レイと共に数段高く設えた壇上に上がる。
何か声を掛けて欲しいと言われていたけれど、もうそんな状況で何を話していいか分からなくて。
そんな人前で話す機会なんて今までなかったし、何より私の隣には私なんかよりずっと美形なレイがいるんだから。
どう見たって、見劣りする私に威厳も何もあったもんじゃない。
足の震えは仕方ないけど、声だけは震えないように必死なって挨拶。
もう思い出すだけで、恥ずかしい。
消えてなくなりたい…。
焚き木からは少し離れた所にはテントが張ってあり、魔道石で明かりをとったそこに料理が所狭しと並んでいる。
思い出しては恥ずかしくって、のたうち回りたい衝動を堪えて、気分を変えようとテントの方へ移動する。
王宮とは違う、素朴な料理ばかりだけど、ルイと一緒に働いたお店を思い出して、懐かしくて私はいつの間にか、恥ずかしさも忘れてそれらを口にしていた。
「おいしい?」
ぱくぱく食べていると、レイに声を掛けられる。
「うん。とっても!昔ルイと一緒に働いていたお店を思い出すよ」
アルコールは苦手だからと、果実を搾ったもので口の中のものを流し込みながら答える。
私の返答に、そうかとレイが笑う。
「兄上から話はあった?」
「話?」
「求婚しただろう?」
レイの言葉に、私はあやうくジュースを吹きだす所だった。
「な、なんで知って…」
「兄上の考えていることなら、分かるよ。特にユキのことならね。きっと、母上の命日に求婚すると思っていた」
私の動揺はさらりと流して、髪と同じ茶の瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「…俺は…ユキなら、賛成だ。…ユキなら…きっと兄上を支えられる」
「それは私がディールの姫だから?」
私の言葉にレイは首を緩く振る。
「もちろん、それもある。けど、それ以上に兄上と過ごしてきた俺には…兄上の気持ちがよく分かる。…兄上は…ただひたすらにユキを待っていたよ。ユキが来てからだ…。あんな風に笑う兄上を見たのは」
「レイ…」
レイの言葉に困ってしまう。
ルイの気持ちは聞いた。素直に嬉しいと思った。
けど…。
気持ちの問題だけじゃない。私はディールの姫であるのかもしれないけど、異世界人だ。
こことは文化も慣習も何もかも違う国で生まれて育った。
そんな私が、王族と一緒になって彼を支えられるのか。リィのようにこちらの王族や大貴族の姫は幼い頃からそうした教育を受けている。
人の上に立つ器量、外交力。いざと言う時に国王の代わりとなって、舵をとる政治力。
私には無理だと思う。いいとこ、側室止まり。
「ユキは兄上のことをどう思ってる?」
真剣なレイの瞳を見て、私は心底困ってしまう。
ルイからの求婚の返事を私はまだしていない。考えることを拒否してる。
だって、分からない。自分の気持ちだけど分からない。
ルイが会社の後輩とかだったら、可愛いし一緒にいて楽しいし、付き合ってみようかなってすぐに思えるけど、ルイはそんな軽い気持ちは求めてない。
自分の妻として、セリンガムの王妃として私を求めてる。
そんな真剣な彼に、軽い気持ちで返事なんてできない。
じゃあ、断ればいいけれど、そうしてしまったら今のこの関係も壊れてしまいそうで。
ズルイ。私はズルイ。
そんな私の狡猾さにレイは気付いているのだろう。
真面目に考えろと、その綺麗な瞳に言われているような気がする。
「…俺はユキを困らせたいわけじゃないよ」
私の顔を覗き込んで、苦笑してレイは言う。
「ただ…俺は………俺も…」
眉間に皺を寄せて、苦しそうに呟く。
「レイ?」
そんなレイに不安になって、声を掛けるとレイははっとしたように表情を変える。
「ユキが兄上と一緒になってくれれば、俺もユキとずっと一緒にいられて嬉しいから」
にかっと、昔の面影が残るいたずらっ子の表情で笑って言う。
何だか、はぐらかされた気がする…。
レイが何を言いたいのかは分からないけどさ。
「お口に合いますかな」
その時いつの間にか近くまで来ていた、ギルさんに声を掛けられた。
「とっても。素材の味が活かされていて…とてもおいしいです」
答える私に、ギルさんは小さく笑う。
「里の者達に姫を紹介したいのですが、よろしいですか?」
私ではなく、レイに確認するようにギルさんが聞く。
「ああ」
レイが頷いて、そうして私達はギルさんに連れられて焚き木の方へ移動する。
あ、ちなみに。
クウちゃんは再会してからずっと赤ちゃんの大きさで私の側をふよふよ飛んでいます。
さすがというか、ここの里の人達はディールであろうと、赤ちゃん姿の翼竜に大して恐怖心なんてないので、私も気が楽。
そうして、連れられていった所では何人かの人達が待っていてくれた。




