竜の里
……キサキ?
………きさき??
………………………。
妃!!??
こんな脳内変換、前にもしたことがある。
あぁ、ディル王子に求婚された時だっけ。
まさか、私の人生で二度も妃に所望される日が来るなんて…。
「ユキが俺の妃になってくれるなら、側室などいらない。この先、どのようなことが起きようともユキ一人だけだと約束する」
現実逃避している私に、ルイの言葉が続く。
ん?私だけ?
それは色々とまずいんじゃないの?
「そんな、一国の王が側室を作らないなんて…」
「ユキの国ではそうなのだろう?妻のいる男とは添い遂げることはできないと言っていただろう」
「…それは言ったけど…」
いくら恋愛に対してドライな体質の私でも、浮気は許せない。
だから、セリンガムの王族とは価値観が違うから結婚とかは無理って話はしたけど、それはルイを牽制させるために言った訳じゃないの!
それに、その話をした時だって、ルイはまだ12歳だったから!
本気で受け取るなんて思わないでしょう?普通。
っていうかさ、私好みの髪型にして、私の恋愛価値観に合わせるってどんだけ、ルイってば思考が乙女なの!?
意外にルイってば、尽くすタイプ?良妻?
混乱する私に、ルイはふわりと笑う。
「俺は今まで、王子としても王としても手を付けた者はいないから安心して欲しい」
つまり既成事実を作って、側室に上がる女性もいないと。
でも、王子としても王としてもってことは、身分を隠してならあるってこと?
って違う違う!論点はそこじゃないっ!!
「私は異世界人で…ディールの姫なのに…」
「異世界人であることなどは関係ない。ユキはユキだからな。ディールの姫であることは、確かに今後問題になっていくかもしれない。けれど、俺が何とかする」
だから…とルイは続ける。
「俺と共にいてくれないか」
どうしようどうしよう。
ルイは本気だ。
冗談だと交わすことは、とてもできない。ううん。しちゃいけない。
でもでも。
私の中でルイは、12歳のあの頃のルイで。
可愛い息子というか、弟で。
弟にいきなり求婚されても、どう応えていいか分からない。
冷や汗が流れる。
ディル王子の時のようにはできない。
「ユキ?」
応えを求めるように、声をかけられてとうとう私は声を出した。
「ごめんなさいっ!!」
がばっと頭を下げる。
「あのっあのっ!気持ちはすっごく嬉しいんだけど、何て言うか私の中ではまだルイはあの頃のままって言うか…。もちろん、すっごくかっこ良くなってるし、しっかりしてるし、もう大人の男性なんだなって恋愛対象ではあるんだけど、何て言うか、そのその…結婚とかは難しいっていうか…。あぁ、もう何を言ってるんだ!私は!」
混乱して、うまく伝えられない私をじっとルイは見つめていて、でもふっと微笑んだ。
「…ルイ?」
「ユキの気持ちは分かっている。ただ、知っておいて欲しかったんだ。もうあの頃の様な子どもではないし、俺はユキをそういう目で見ている。だから、ユキも俺を弟ではなく一人の男として見て欲しい。…返事は急がない」
8年も待ったんだからな。とルイは笑う。
真っすぐなその言葉に顔に血が上る。
心臓がドキドキして煩い。
「…随分と時間を取らせたな」
ふと、顔を上げてルイが呟くように言う。
そして、立ち上がって私も立たせる。
「疲れただろう?どうしても、今日この場でユキに伝えたく無理をさせてしまった。もう休んでくれ」
…えぇ。何だかとっても精神的に疲れました。
ルイに手を引いて貰いながらふらふらと歩く。
取り合えず、解放して貰えるようでホッとする。
ここで、YESかNOかはっきりさせられてたら、確実にNOだっただろう。
そうなってしまったら、例え、ルイが気にしないと言ってくれても私は早々にこのセリンガムの王宮を出て行く。申し訳なさ過ぎて。
「あぁ、ユキ」
庭園の出口まで来た所で、少し前を歩いていたルイが振り返る。
何だろうと、小首を傾げる私の耳元にそっと顔を寄せる。
「俺は諦めが悪い。何せ8年越しだからな…。覚悟していてくれ」
にこりと艶やかに笑うと、ルイは私の額にさっと口付けて去って行った。
ルイ…。
大きくなっちゃって…。
……って私の心臓を壊す気かっ!!
あれから、数日。ルイは全く変わらずに私に接している。
まぁ多少スキンシップが多くなった様な気はするけれど。
そんな様子のルイに、内心私はホッとしている。
そんなこんなで、今日はクウちゃんを迎えに竜の里へ行く日。
何でも、クウちゃんは竜の里でずっと私を待っていてくれてるらしい。
動きやすい、シンプルなワンピースにルイの誕生会で選んだぺたんこの靴。
伸びてきた髪もしっかりと侍女さん達に結い上げてもらって、準備完了。
「ユキ、行こうか」
中庭に出ると、もう準備が終わっているレイが笑顔で待っていてくれた。
竜の里まではレイが翼竜のエンと共に連れて行ってくれることになっている。
他に護衛として竜騎士の人達が5人付いて来てくれる。
「ユキ。気を付けて」
中庭に出ていたルイが心配気に声をかける。
ルイは仕事があるので、今日はお留守番。
「大丈夫。クウちゃんと一緒に帰ってくるね」
そんなルイに笑いかけると、ルイは私を抱きしめた。
再会した時のような、力任せの息苦しくなる抱擁ではないけれど、私の力ではとても外すことはできない絶妙な腕の強さ。
「何かあればすぐに呼んで」
ルイはそう言って私のネックレスを見つめる。
昔、ルイが買ってくれたネックレスに今は小さなリングが付いている。
それは一見何てことは無い普通のリングだけど、これを擦ってルイの名を呼べば、どれだけ離れていてもルイにそれが伝わるらしい。
魔道を扱えるルイのお手製アイテム。
「分かった」
何も無いとは言い切れないからね。
真面目な顔で頷く私の髪を撫でて、ルイの拘束が緩む。
そうして私達はエンの背中に乗って、竜の里を目指して出発した。
出発前にルイが張ってくれた防御印のおかげで、快適な空の旅を続けること数時間。
竜騎士の様に普段から訓練している人達は、そんな印を張らなくても大丈夫だそうで、後ろを見ると、皆悠々と竜に跨っている。
すごいなぁ。私なんてこれが無かったら酸欠で倒れちゃうだろうなぁ。
そんなことを舵を取るレイとお喋りしながら、竜の里へ到着。
「ようこそいらっしゃいました。ディールの姫。私がここで長を務めておりますギル・ロイドと申します」
竜の里の長が、到着した私達の元へ来て、ゆっくりと頭を下げる。
ギルさんは陽に焼けた肌に鋭い瞳が特徴的な大柄な男性。
長身のルイやレイよりも更に高い。そして、服から伸びた腕の逞しいこと。
歳は40代後半っていう所かな。
かろうじで目にはかかっていないけど、大きな傷跡が左目の上から右側の顎まで入っているのが印象的だった。
「ユキです。今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、ギルさんは小さく頷く。
「早速、ディールに会いに行かれますかな」
「はい」
そんな彼に続いて歩く。
竜の里は独特の形状の建物が多かった。
屋根などの無い日干しレンガで造られた家が立ち並ぶ。
それらは、皆灰色でセリンガムの王都や王都から離れた商業都市とも違う。
聞くと、ここは地理的に乾燥していて砂の風が吹くことが多いので、こういった形状をしていると言う。
他にも、昔は翼竜を盗み出そうとここを襲撃する国があったから城塞としての機能も果たしているのだとか。
そして、竜の里に住んでいる人達は皆大柄だった。
女性も男性も王都にいる人達より大きい。
ギルさんが特別なのではなくて、ここの人は皆骨太でしっかりした体格をしている。
「翼竜の世話をすることを生業とした里です。体がしっかりとした者でなければ勤まりません」
ギルさんによれば、ここの生まれでも体が弱かったり翼竜に認められなかった人は里を出て行かなくてはいけないそう。
驚く私に家畜などの様に飼育している訳ではなく、あくまでもお世話なのだからそれは当然のことだと、さらっとギルさんは告げる。
ここにはここの、慣習があるってことね。
「さぁ、着きました」
なだらかな傾斜をしばらく歩くと、一気に視界が広がる。
レイもお付きの竜騎士さん達も平然と歩いているけど、運動不足のこの身には傾斜をずっと歩くのはちょっとキツイ…。
上がる息を抑えて、顔を上げると、そこには多くの翼竜がいた。
「わぁ…」
赤や茶や黄色や青といった色とりどりの翼竜がそこにはいた。
ざっと数えて15頭くらい?
体が大きい翼竜だから、そんなに集まるともう圧巻で足がすくむ。
「竜の里は翼竜を飼っている訳ではありません。ですので、自由になるようにここでは特に制約を強いてはおりません」
そんな私を見ながらギルさんが言う。
翼竜達は思い思いの格好で休んでいる。
その周りには特に柵となるような物や体を縛り付ける鎖の様な物も当然無い。
「どうぞ、ディールの姫」
促されて、私は首を傾げる。
どうぞ?
「他の翼竜がこれだけいるのに、この中へ入るのは危険だろう?」
レイが私を庇うように声を出す。
そんな彼に意外そうにギルさんも言葉を返す。
「ディールの姫であられるユキ様に、翼竜に対する恐怖心などないでしょう?確かに、翼竜は自分を侮る者や恐れる者を嫌い、気性の激しい者は攻撃をしかけたりすることもありますが」
ちょっとちょっと…。
何でそんなことさらっと言うかな。
翼竜を恐れる者って…今の時点でかなり恐がってるんですけど!私。
だって、10メートル以上もある翼竜だよ?クウちゃんを探している間に、何か気に入らないことしたら、炎を吹きかけられるかもしれないんだよ?
そしたら、怪我なんかじゃなくて、即死だよ!!
いやいやいや。
しっかりしろ!私!!
私はクウちゃんに会いにきたの。
恐がってちゃ駄目。
「行きます!」
覚悟を決めて、叫ぶと
「ユキッ!?」
レイの制止の声も聞かずに、広場に足を踏み入れる。
立ち止まったら、絶対もう動けなくなるから震える足を叱咤して前に進む。
翼竜達が侵入者に視線を向ける。
クウちゃんはどこ?
視線を巡らせたその時。
私は全身に何かが流れるのを感じた。
その次の瞬間には震えは収まって、そして走り出す。
クウちゃん、クウちゃん。クウちゃんがいる。それが分かる。
まるで、道を開けてくれるかのように翼竜達が私の進行方向から外れる。
でも、そんなことはどうでもよくって私は必死にただ走る。
「クウちゃん!!」
叫んで、そうして私はついに見つけた。私だけの翼竜。
エンよりもずっと大きい、体長は15メートル近くはあるだろう琥珀色の翼竜。
その蒼い瞳と目が合う。
スピードを落とさず走りこんで来る私に、すっと頭を下げる。
「クウちゃん!!」
そうして私はクウちゃんの鼻上、平らな部分に抱きついた。




