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姫と呼ばれて  作者: イルハ
第2部
24/47

求婚

「ユキ」


現れたのは、ルイではなかった。

でも、柔らかい光に包まれて穏やかな表情をしているその人を見た時に、自然と声が出ていた。


「…ディル王子…?」


私の声に王子は苦笑する。


「もう王子ではないよ」


あぁ…王子は貴族に降下したのだっけ。


「隣に座っても?」


少年から青年への過渡期にあった王子は、すっかり大人の男性になっていた。

でも、穏やかな表情は昔と変わらない。


「どうぞ」


私の言葉に、小さく笑って王子は隣に座る。


そう言えば、王子はパーティにいたのかな。

人に囲まれている私にわざと近づかなかったのかもしれない。


「王に頼んで、時間をもらったんです。ユキと話がしたくて」


「そうですか」


ルイが話したい訳じゃなかったのかな?

直接、ディル王子の名前を出さなかったのは外聞を気にして?


まさか、このタイミングで王子と話す機会がくるとは思わなかったけど、私に今のこの状況を嫌がる気持ちはない。

今いる王宮の人達は、私に気を使って何も言わないけれど逃げてばかりもいられない。

いつかは、向き合わなくてはならないことだから。


「本当にユキは変わらない」


私の顔を見つめながら、ディル王子は言う。


「私がいた世界とここでは、時間の流れが違うようですね」


ディル王子も大きくなって…。

あぁ、どうしても視点が母親になってしまう…。


「マリーシュレルのこと…申し訳ないと思っています」


王子が静かに頭を下げる。


「…マリー様は今は?」


「一時期は心を病んでいましたが、今は大分落ち着いています。子どもが生まれたのが大きかったようで」


「お子さんが?」


私の言葉に王子は頷く。


「今年で2つになります」


「それはおめでとうございます!」


おめでたい話に自然と笑顔になる。


「…マリーシュレルはひたむきに私に想いを向けてくれていました。それを分かっていながら、私は彼女を傷付けた。その結果があなたを傷付けることになってしまった。…ユキには本当にすまない事をしたと思っています。…図々しいことは承知していますが聞き入れてもらいたいことがあるのです」


「何ですか?」


「マリーシュレルを…許してもらえないでしょうか」


眉間に皺を寄せて、苦しそうにディル王子は言う。


「本来なら、極刑に処せられているところを私が願い幽閉という形になりました。そうして、今は王族ではないですが、私の妻ということで貴族の奥方として、もう幽閉は解かれています。ユキから見れば何の罰も受けていないように見えるかもしれない。…しかし、あれとて苦しみました。夜中に目覚めることなく眠れるようになったのは最近のことです。本人の口から直接謝罪しなければ意味がないことも分かってますが、まだ駄目なのです。ユキの名前を聞くと、混乱してしまう…」


必死にマリー様を弁護する王子の言葉に、私は少し安心する。

王子は、あの頃とは違う強い瞳でマリー様について話している。

気持ちを推し量ることはできないけれど、王子の中でマリー様の存在意味が変わったのかもしれない。


「…もういいです」


すんなりと言葉が出る。


「許すなんて簡単には言えないですけど…。でも、私はこうして生きているし、今更マリー様にどうこうして貰いたいなんて思っていません」


きっと、彼女の性格なら苦しんだことだろう。

王子の話も嘘じゃないはず。


だったら、もういいの。

私は生きているし、またこうやってここに来れたし。

確かにあんまり良い感情は無いけど、でも復讐したい程憎たらしい訳でもない。

それに、私にも非はあった。


「いつか、マリー様が私に会えるようになったら、お子さんも一緒に紹介してください」


私の言葉に、ディル王子は顔を歪めた。

美形はこんな顔をしても美形だな、なんてふと思う。


「…すまない」


項垂れるように、頭を下げる。


「謝らないでください。こういう時はありがとうの方が嬉しいです」


「…ユキはユキなのだな」


私の言葉に苦笑して、王子は言う。


「ディル王子は変わりましたね」


「どんな風に?」


「んー…。大人の男性になった?」


昔は微塵も感じなかった落ち着いた大人の男性の風格を感じる。


そんな私の言葉に、ディル王子は噴き出した。


「私はもう27ですよ。ユキより年上だから、当然でしょう?」


「そうでしたね~」


笑って応える私に、王子は少し顔を近づける。


「…今、昔のように求婚したら受けてもらえますか」


「奥さんがいる人の妻にはなれません」


王子に関して言えば、理由はそれだけじゃないけどね。


「ユキが育った国がそうだから?」


「そうですよ」


ん?

私、日本の一夫一妻制のこと王子に話したことあったっけ?

昔、ルイやリィには日本のことを聞かれて答えた記憶はあるんだけど。


「それは、残念」


笑う王子の瞳が一瞬、寂しそうに揺れたことに私は気付かない振りをする。


「もう時間かな。これ以上ユキを独占していると、王に怒られる」


ディル王子が立ち上がる。


「ディル王子、貴族へ降下したのは…王子の本心ですか?」


どうしても聞きたかったこと。

これだけは本人の口から聞きたい。


行ってしまいそうな王子に、慌てて尋ねる。


「私の体は国のもの。国のために役立てることに決めました。…無用な後継者争いをしていては、国は疲弊するばかりですからね」


いつか、聞いた言葉。

森で王子にプロポーズされた時に言っていた言葉。


あの頃から、王子はもう行く末を決めていたんだ…。


「ユキ」


私の手を取って王子が言う。


「ユキならば理解しているとは思いますが…ユキの立場は難しい。十分に気を付けてください」


真面目な顔で言う王子に、私も表情を引き締めて頷く。


「王やクウがあなたを守るでしょう…。私も及ばずながらその助けをしていきたい。けれど、万全などはありえない」


「…はい」


その通りだと思う。

確実なことなんて何もない。


「もう、あんな思いはたくさんです」


私の頬に手を添えて、苦し気に言うと王子はそっと手を離す。


「今日はありがとう。…元気で」


「こちらこそ。…また会いましょう?」


ふわりと笑って、王子は去って行った。








すぐに、今度は本当にルイがやって来た。


ルイ自身も何か話したいことがあったのね。


「ルイ」


「兄上と話はできた?」


ルイの問いかけに、こくりと頷く。


「ゆっくり話せて、よかった」


「そうか」


ルイが隣に座る。


「疲れているところ、すまない」


「ううん」


シャワーを浴びて来たのか、公用の衣装に合わせてセットされた髪型は、普段通りサラサラのストレートになっていた。

いくらかひんやりとした風が、そんなルイの髪をかすめて、柔らかな金色が揺れる。


「ルイは髪を伸ばさないんだね」


金色の髪を見ながら、ふと思ったことを口にする。

こちらでは、成人を向かえた男性は髪を長くしていることが多い。

ディル王子やレイも肩より長いその髪を、一つに結んでいる。

でも、ルイは横髪は耳を隠す程の長さはあるものの、後ろはうなじを隠す程度にしか伸ばしていない。

セリンガムでは珍しい短髪だ。


「ユキの国では、髪を伸ばす男はいないと言っていただろう」


ああ、と頷いて事も無げにルイは言う。


ん?そんな話したっけ??

記憶を探る。


「あぁっ!出会った頃ね」


そう言えば、まだルイが傷が深くてベッドから起き上がれない時にそんな話をした記憶がある。

でも、髪を伸ばす人が少ないって言っただけで、いない訳じゃないんだけどな。


「ユキの好みも短髪なのだと思って、こうしている」


さらりと言われて、固まってしまう。


確かに日本では長髪より短髪の人の方が好きだったけど。

何で私の好みに合わせてくれてるの?


「違ったか?」


真っすぐな瞳で見つめられて、返答に困る。


「…まぁ、好きと言えば好きかな」


短髪が好きなのは、日本だからであってセリンガムにはセリンガムの文化があるから気にしてはいないんだけど、それは言えない雰囲気。


「今日の宴では世話になった」


ふっと小さく笑って、ルイが話をそらす。


「あれで、役に立ててればいいんだけど」


「想像以上の働きぶりだ。…ありがとう」


ルイの優しい言葉にホッとする。


「でも、あんまり私を寵愛している振りをしてると、お妃選びに苦労するんじゃない?」


貴族のお嬢様方は私に対してかなりの敵意をぶつけてきていた。

けど、直接的に何か言ったりやったりしてくる訳じゃない。

ディールの報復が恐いからだろうけど、それ以上にルイの溺愛っぷりに引いていた気がする。

実情はともかくとして、ディールを使役する危険女に入れ込んでる王の所に良い物件のお嬢様が来てくれるかどうか…。


不安…。


「そんな心配はいらない」


ちょっと不機嫌そうに、眉根を寄せて呟くとルイはふぅっとため息をついた。


「ルイ?」


問いかける私を無視して、ルイは突然立ち上がると、私の足元に膝ま付いて、私の手を取る。


「ルイッ!?どうしたの?」


突然の行動に驚いて、あたふたとしてしまう。


「ユキ。今日は俺が生まれた日であると同時に、母上の命日でもある」


そんな私を真剣な瞳で見つめながらルイが言う。


ルイのお母さん?


「母上の最期の言葉を良く覚えている。幸せになるようにと。俺と姉上とレイにそう仰った」


まだ幼い我が子達を残して逝かなければならなかったお母さんはどれだけ辛かっただろう。


「昔の俺は…母上の仰った幸せとは何なのか全く分からなかった。…けれど、今なら分かる。ユキと一緒にいる時間がとてつもなく大事で…幸せだ。」


「…ルイ…」


綺麗な青い瞳に熱がこもり、私は何も言えなくなる。


「この庭園に入るのは初めてだろう?」


ルイの問いに静かに頷く。


「ここは、生前母上がよく訪れ、手入れをされていた所だ。母上が亡くなってからは庭師の他は誰も入っていない。…だから、どうしてもここで伝えたかった」


ルイのお母さんが大切にした庭。

小さくて可愛らしい淡い色合いの花が多いここは、まるでルイのお母さんを体現しているような気がする。

きっと可愛らしくて、落ち着いた方だったのかな…。


「ユキ。俺の妃になって欲しい」


静かに、だけど力強い声でルイはそう告げた。

やっとルイが告白(求婚?)しました。

ここまで長かった…。

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