宴
それからパーティに向けて、私は必死にこちらの行儀作法を学んだ。
一応「姫」だから、立ち居振る舞いとかこちらの常識から外れてはいけないしね。
侍女さん達が異様に張り切って教えてくれたおかげで、何とか形にはなってきたけど所詮は付け焼刃。
ボロが出ないように、大人しくしているつもり。
そんなこんなで、パーティ当日。
侍女さん達が選んでくれた公用のピンク色のドレスはコルセット付きでとっても苦しい…。
髪の毛も、こちらの慣習に倣って付け毛で長さを足して綺麗に結いあげてもらっている。
化粧もしっかりしてもらったので、いつもより何と言うか年相応な感じかな?
今日は色々と猫をかぶらなければ…。
パーティ会場となる大ホールの入口に行くと、扉の前にルイとレイが立っていた。
「ユキ。綺麗だ」
高いヒールとコルセットで内心ふぅふぅ言いながらやって来た私に、ルイが眩しそうな顔をして言う。
そう言うルイこそ、超絶イケメンなんですが…。
青を基調とした公用の衣装がとっても似合っている。
絵本から出て来た西洋の王子様そのもの。
「お手をどうぞ。姫」
茶目っけたっぷりにウインクをして、手を差し出してくれるのはレイ。
こちらは、黒色の公用衣装。
今日の主役はルイだからね。弟のレイの衣装は落ち着いたもの。
でも、二人とも足長いわー。スタイルいいなー。
「ありがとうございます。レイボルト様」
にっこり、どこか演技掛った口調で返してその手を取る。
見た目は、本当に女性的とすら思える程綺麗なレイだけど、その手は厚くてゴツゴツしている。
セリンガムの騎士団長と肩を並べられる程の実力の持ち主だもんね。
「今日はユキらしくしていてくれれば十分だ」
そんな私の右側に立って、右手を取りながらルイが言う。
普通、こういった場では王は王妃を連れて登場する。
けれど、ルイは王妃はもちろん側室もいないので、今日は私が代役。
私達の一歩後ろにはレイ。
貴族の令嬢から代役を選ぶと、角が立つので私が適任。
後は、周辺諸国の使者に私とルイの仲の良さをアピールすることが目的。
ディールの姫を無理やり自国のものにしようとしているという、各国からの疑いを晴らすためにね。
「さぁ、行こう」
そうして、扉が開く。
うわぁ…。
ルイにエスコートされながら、その人の多さと探るような視線に圧倒される。
これは、凄い。
セリンガムは今、この世界で最も注目されている国。
まず、王であるルイが魔道を使えるということ。
第二にそのルイの片腕である、弟王子のレイが翼竜の使役者であるということ。
魔道士も翼竜の使役者もこの世界では、数が少なくて貴重。
それらの戦力を王族自らが持っているということは、この世界ではとても珍しいことだ。
加えて私の存在。
伝説のディールを使役するという噂の姫が、セリンガムに留まっている。
それが一体どういうことなのか、今や他国は情報宣戦になっているらしい。
なので、このパーティは願ってもいない機会。
セリンガムは大国ではないから、王の誕生パーティレベルに各国の王族が参加することはできないけれど、使者に扮してそれなりの地位の人間が来ている筈。
会場の正面中央、高く設えた台座に上がるとルイは私を置いて数歩前に出る。
「さぁ、始めようか」
私はルイの後ろにいるから、彼の表情は見えない。
けど、長い口上も何もなく、よく通る声で簡潔に言うルイに多くの人がうっとりとした視線を送っているのが見える。
その言葉を合図に、音楽が流れる。
「ユキ」
振り返って私に手を差し出すルイ。
あぁ…。
来てしまった…。苦手なダンスの時間…。
パーティが開始されたら、まず王が王妃を連れてダンスを一曲踊るのが決まり。
で、ルイと初めに踊るのは代役の私の仕事。
でもね。必死に練習したけどね。
一般人がたった五日間の練習で踊れるようになれる訳ないって。
それもこんな衆人観衆の目の前で、恥をかかなきゃいけないなんて…。
でも、ここまで来たからには覚悟を決めなくちゃ。
女は度胸!笑いたければ、笑えっ!!
ルイの手をとって、ホールの中央に向かう。
ルイシーク王とディールの姫に会場の視線は釘付け。
うぅ…。
こんな所で恥をかかなきゃいけないなんて…(涙)
その時、ぐいっと体が引かれて気付けば私はルイにお姫様抱っこされていた。
るるるルイッ!?
何とか叫び声を出さなかった私を褒めて欲しい。
「大丈夫だ」
楽しそうに笑うと、ルイは音楽に合わせて踊りだす。
いや、あの…。
私を抱いたままなんですが…。
「何代か前の王が、足を痛めていた王妃の為にこうして踊ったのが始まりとされるセリンガム独自のスタイルだ。おかしいことは何もないから、気を楽にして」
こっそりとルイに囁かれて、納得。
ルイのステップはゆっくりだけど、くるりと回ると私のドレスの裾がふわりと広がって、とても綺麗に見える。
ちらりと視線を周りに向ければ、ほぅっとため息をつくお嬢様方。
絵本から抜け出たようなルイの姿に皆、見惚れている。
それに抱き方も心得たもので、私は本当に楽。
後は、ずっと抱き上げているから、かなりルイが疲れると思うのですが…。
あっ!魔道を使ってるのかっ!
それだったら納得。私みたいに軽くない人をコルセット付のドレスで抱き上げるなんて、普通無理だよね。
気が楽になって、私はルイと視線を合わせて笑い合う。
「本物のお姫様になったみたい」
「楽しいか?」
「とってもっ!!」
ダンスが終わった後のことを考えると楽しくはないけど、今だけは楽しい。
そんな私の言葉に、ルイがまたくしゃりと笑う。
「俺も楽しい」
ふわりとドレスの裾が舞うターンの後、ルイが真面目な顔で囁く。
「次はダンスを踊ろう」
次?次っていつだろう?
まぁ、せっかくダンスを習っているんだし、踊れるようになりたいよね。
「うん」
頷く私に、嬉しそうにルイが笑う。
曲も終盤にさしかかると、小さく声をかけられてすっと下ろされる。
上手にリードしてもらって、くるりと一回ターン。
これだけは、ダンスの先生に褒められたので、普通にできる。
そうして、ルイの目の前に立って手を取り合って、曲が終わると同時に一歩下がってお互いに頭を下げる。
ルイは直立で、私は腰を落として。
それが、ダンスの終了の合図。
会場からは大きな拍手が沸き起こる。
お嬢様方の熱い視線に、ちょっとだけ鼻が高い。
うちのルイはかっこいいでしょーって。
そうして、ルイに手を取られて席の方へ戻る。
すると、そこで待っていましたとばかりに、ルイはお嬢様方に囲まれる。
今日はルイの誕生パーティだから、主役に挨拶をするのは当然。
その機会を最大限に利用しようと、皆我先にとイケメン王に話しかけている。
ドンッとわざとかそうでないのか分からないけれど、微妙な力の強さで輪から押し出される私。
好意的じゃない空気をビシビシ感じます…。
こんなお嬢様方の女の争いの調停をしなくちゃならないのかぁ…。
気が重いなぁ。
「ユキ、こちらへ」
その時、レイに声を掛けられる。
見ればすぐ近くにレイの美麗な笑顔。
あっ…でも、レイのこの笑顔は外向き。
仕事中って感じ?
「シュリゾナ国の使者ハームツ殿だ」
「これはこれは、お会いしとうございました。ディールの姫」
レイに紹介されて、嬉しそうに言うのは禿げあがった頭にでっぷりとしたお腹のオジサン。
「初めまして。ユキと申します。以後お見知りおきを」
レイを真似て、にっこりと外向きの笑顔で挨拶する私を、舐め回すように見るハームツさん。
このオジサン、絶対女好きだわ…。
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
「我がシュリゾナ国王も、一度貴女とお話がしたいと仰せです。今日もご自身が参加されたいと仰って何とかそれをお留して私がやって来た次第でありまして」
ハームツさんはそう言ってガハハと笑う。
本当にこの人が大国シュリゾナの使者でいいのだろうか…。
これじゃあ、シュリゾナの品位を疑われるような気がするのだけど。
一頻り、シュリゾナがどれ程の国かという自慢(その中に自分の自慢話も入れて)をして、ハームツさんの話が途切れる。
「ぜひ、我が国へもいらっしゃってください」
ハームツさんは私の手を取って、口付けるとそう言った。
ぞわりとまた鳥肌が立つ。
誰か!手袋ちょーだいっ!!
違った!消毒液っ!!マキローン!プリーズ!!
「そうですね。機会があれば」
口元が引きつらないように注意しながら言う。
ていうかさ、こんな風習あったっけ?セリンガムにはないぞ!女性の手に口付けるなんて!
「きっと気に入って頂けるはずです」
意味有り気に、にやりと笑ってハームツさんが離れる。
シュリゾナに輿入れしたリィのことを聞きたかったけど、私ですらあれだから、美少女のリィの話なんてしたら酷そうで聞けなった…。
まぁ、今度ルイにお願いして、直接魔道で連絡を取ればいいか。
「ユキ、少し髪が乱れている。…こちらへ」
レイが穏やかにそう言って、私の手を取って歩きだす。
途中、挨拶に来ようとする使者の人達にも、やんわりとすぐに戻ることを伝えて断ると、進んで行く。
髪の毛?ダンスしたからかな?
レイに連れられて、パーティ会場を出て近くの部屋に入る。
部屋の鍵をかけると、レイはふぅっと息を吐いて私の手を離す。
「ったく、あの好色ジジィがっ!!」
短く叫んで、どこから出したのか濡れたハンカチでゴシゴシ私の手を拭く。
「レッレイ?」
さっきまでの、絵本の王子様然とした雰囲気は全く無くて、眉間に皺を寄せながらゴシゴシ拭くレイに訳が分からなくて私は慌てる。
いや…ちょっと痛いんですけど…。
「…兄上の自制心の強さは相当だな」
小さな声で呟いて、レイは私の手を離した。
ルイ?自制心?
「後で兄上に消毒してもらおう」
「う、うん…」
レイの様子から、ハームツさんの取った態度はけして褒められたものではないということが分かる。
大国シュリゾナの使者だから、多少のことは大目に見てもらえると考えているのだろうか。
「迷惑をかけて…ごめん」
申し訳なさそうに頭を下げるレイに私は首を振る。
「私は大丈夫」
さすがに、日本では知らないオジサンに手に口付けされるようなことはなかったけど、仕事上の飲み会でスケベなオジサンの相手をすることには慣れてる。
別にこれくらい、どうってことない。
気持ち悪かったけどね。
項垂れているレイが、子どもの頃の彼と重なって見えて、なでなでと頭を撫でる。
すると、驚いたようにレイが顔を上げた。
「…懐かしいな」
目を合わせてふっと笑いながら、レイが言う。
「ユキにとっては、まだ俺達はあの頃のまま?」
「…あぁ。ごめんね…。なんか、まだうまく整理がついてないのかもしれない」
気を抜くと、どうしても態度が小さい子に対するそれになってしまう。
レイの言う通り、私の中ではルイもレイもまだ小さいままなのかもしれない。
「別にいいさ。今はまだ」
そうして、レイはぎゅっと私を抱きしめる。
「レイ?」
「…ユキが俺達の近くにいてくれるだけで、今は十分だ」
くぐもった低い声が聞こえる。
ルイより少し広い背中に手を回して、なでなでと撫でる。
身長は変わらないけれど、竜騎士としても力を発揮してるレイの方が少し体格がしっかりしているのかもしれない。
日にも焼けてるしね。
しばらくして、呼びに来た侍女さんの声が聞こえたので、私達はパーティ会場へ戻った。
パーティ編、もう少し続きます。




