実情
目が覚めると、ベッドに寝ていた。
ここ、どこ…?
ゆっくり起き上がって、辺りを確認する。
広さはそれ程ではない。
小さな机とこの寝ていたベッドがあるだけのシンプルな部屋。
見覚えのない部屋。
でも、窓のカーテンとか、ベッドの作りとかでここが異世界であるということは分かった。
それに、シンプルだけど部屋にある物は全て質が高い。
一般庶民の家じゃない。
きっと、貴族とかそういった人が住んでいる所。
セリンガムかな…?
セリンガムだといいな。王宮に近いともっといいんだけど…。
クウちゃんと夢の中で会話ができたおかげで、私の記憶はばっちり戻った。
私が元にいた世界に戻っている間、皆はどうしただろう。
それが、すごく気になる。
ルイは元気かな。
泣いてないかな。
レイは、突然私がいなくなって心配してないかな。
リィにはさすがに連絡はいってないと思うけど…。
いってたらどうしよう…(汗)
ルドルフさんには勝手にいなくなってって怒られたらどうしよう…。
ディル王子は…。
それにマリー様は…。
セリンガムの国のことを考えたら、私は戻ってこない方が良かったのかもしれない。
私の存在は騒乱の元。
でも、クウちゃんは私をまた呼び寄せた。
クウちゃんの…ディールの考えは何だろう…。
私の存在意味は何だろう…。
そこまで考えた時、ガチャリと音がして部屋のドアが開いた。
「目が覚めたようだな」
そこには、長い赤茶の髪を無造作に一つに結んだ男の人がいた。
格好は貴族の男性の普段着。
やっぱり、ここは貴族の人の屋敷かな。
その眼差しは鋭い。
けれど、どこかで会ったことがあるようなどことなく見覚えのある顔。
「ここは、セリンガムでしょうか?」
「そうだ」
男性は短く答える。
「私の名はヘインツ・デルト。…初めまして、ディールの姫」
にこりともせず、挨拶をするヘインツさんに私も頭を下げる。
「助けて頂いてありがとうございます」
久しぶりに姫って呼ばれた…。
やっぱり恥ずかしい…。
「王宮には連絡した。今日中には迎えが来るだろう」
王宮の人だけじゃなくて、こうした貴族の人にも私のことは知れ渡ってるのかな?
そうなると、色々と面倒だなぁ。
そんなことを考えながら、気づく。
ん?
ヘインツ・デルト?
どっかで聞いたことがあるような…。
「…失礼します。お話し中申し訳ありません。ご主人様、王宮から連絡がありました」
声がして、そちらを向くと10歳前後の男の子が申し訳なさそうに立っていた。
見た所、メイドさんみたいな使用人ではなさそうだけど…。
あれ?
ヘインツ…ヘインツ…ヘイ…
「あっ!!」
その瞬間、私は叫んでいた。
突然の声に男の子がびくりと体を震わせる。
ヘインツさんは片眉だけを動かして、怪訝そうに私を見る。
ヘインツ・デルトって思い出した!!
あの、変態貴族っ!!
私がこちらの世界に初めて来た時、料理屋の奥さんとご主人に怪しまれなかったのは、この変態貴族に捕まってたからだって、いい訳したんだった…。
その変態貴族に、まさか助けてもらうなんて…。
って、ことはこの男の子はこの人に捕まった被害者?
見た所、そんなに恐がってる感じはしないけど…。
それより!私のことをネタに何か王宮にとんでもない要求でもしてたらどうしよう…。
「ヘインツさんの名前…思い出しました」
決心して、言う。
私はディールの姫。
私の利用価値を考えたら、そんなに無体なことはできないはず。
もう、こうなったら思いっきり立場を利用させてもらいますとも!
「ほぉ…。姫に名前を知っていて頂けるとは光栄なことだ」
皮肉気に笑って、ヘインツさんは言う。
「どうして我が名をご存知なのかな。姫」
この人分かってて言ってる。
「巷で有名な噂を聞きかじっていただけです」
「それは、私が毛色の変わった子どもを見つけると捕獲し、愛玩動物のように扱うということかな」
「ご主人様っ!?」
男の子が驚いたように叫ぶ。
「はい」
素直に頷く。
すると、ヘインツさんは薄く笑った。
「それで、どうされる?今すぐに『彼』を呼んで、ここを焼き払い子ども達を逃がすとでも?」
ヘインツさんの言う『彼』はきっとクウちゃんのこと。
今の言葉で、私の存在はそれ程知れ渡っている訳ではないと予想できる。
少しホッとして、首を振る。
この人はそんなに悪い人じゃなさそう。
少なくとも今は、私を利用するつもりはないみたい。
「私が知っているのはあなたに関する噂だけです。真偽も確かめないで、助けて頂いた方にそんなことをするつもりはありません」
「…ほぉ。では、どうやってその真偽とやらを確かめる?」
その言葉に私はにこりと笑う。
「ここを案内してください」
視線を男の子に向けて、言う。
「…えっ!?僕がですか!?」
今までおろおろと、私とヘインツさんのやり取りを聞いていた男の子が、突然矛先を向けられて、驚いたように、叫ぶ。
「…面白い。では、キリス。お前に頼もうか」
ヘインツさんはにやりと笑うと、その男の子に言った。
「ぼ、僕はまだ半人前で…そんな、ご主人さまのお客様のご案内などとても…」
「キリス。これは、命令だ」
ヘインツさんがぴしゃりと言い放つ。
その言葉に、はっとしてキリスくんは表情を引き締めた。
「失礼しました。誠心誠意務めさせて頂きます」
ぺこり、と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私も、頭を下げる。
「…改めまして、ご主人様に仕えております。キリスです。よろしくお願い致します」
あの後、ヘインツさんはさっさと部屋を出て行ってしまって、残された私にキリスくんが深々と頭を下げてそう言った。
「キリスくん。突然、こんなことお願いしちゃってごめんね」
「…あっ、その…キリスとお呼びください。それに、その様なこと気になさらずに…」
途端にあわあわと慌てるキリスくん。
明るい茶色の髪の毛に、くりんとした大きな茶色の瞳。
そばかすの散った頬を蒸気させて喋るこの子の様子に、私のような大人を恐がる雰囲気は無い。
「じゃあ、遠慮なく。ここを案内してくれる?キリス」
「はい。…あの、姫様はご主人様を…その…噂通りの方だと…思ってらっしゃるんでしょうか…?」
キリスはおどおどと尋ねてくる。
「うーん…。今はそんな風には思ってないかな」
その言葉にぱっとキリスの顔が輝く。
「はいっ!ご主人様は僕達のことをとても大切にしてくださってます!」
皆の様子を見れば、分かると思います!と嬉しそうに言うキリスに、私もベッドを下りて立ち上がる。
すると、途端にキリスはぱっと後ろを向いた。
「申し訳ありません!姫様はお着替えがお済ではなかったのですね!」
あれ?
お着替え…?
私の格好って、部屋着のままだったからパーカーにスウェット生地のショートパンツなんだけど…。
キリスに目を向けると、遠目でもはっきり分かるくらい、耳が真っ赤。
「あぁ!こっちはこんなに足を出すのは失礼にあたるんだっけ…」
そうだよね、庶民の人でも女性は足を出さないで長いスカートはくもんね。
姫だったら尚更そう。
「ごめんね、こんな格好で。何か着替えはあるかな?」
「探してきますっ!!」
あわあわと、キリスは叫んで部屋を走って出て行った。
あぁ…。
イタイケな少年に見苦しいものを見せちゃった…。
女性不信になったりしないといいんだけど…。
キリスが申し訳なさそうに持ってきたのは、子ども用のスカート。
履いてみると、膝上丈。
まぁ、こちらの常識から考えると短いけどショートパンツよりはマシでしょう。
時間も勿体ないし、それで行くことにする。
キリスも、赤い顔はしているけどさっきみたいに顔を背けることはないし。
キリスに案内されて分かったのは、ここはヘインツさんの屋敷ではあるけど、同時に子どもの魔道士の育成学校だということ。
魔道を扱える人間は生まれつき、その才能を持っていなければならない。
そうした子どもはこの世界では、数千人に1人という確立でしか生まれないから、魔道士はとっても少なくて貴重。
だから、以前はその才能が見られた時からほぼ強制的に王宮へ連れていかれて、そこで魔道士になるための訓練を受けていた。
けれど、王宮は即戦力が欲しいから、その訓練はとても辛いもので、魔道士になる前に逃げてしまう人も多いそう。
そんな実情を知ったヘインツさんが、フェイさんの了承の元、その才能がある子どもを見つけると、まずはここに保護して魔道士としての訓練を始めるらしい。
そして、多少は魔道を扱えるようになってから、子ども達は王宮へ行く。
魔道が何たるか分かった状態で、王宮へ行く子どもは厳しい王宮での訓練にも耐えられることが多いそう。
魔道の才能を持つ子どもが、その力を目覚めさせるのは危険な状態に陥った時が最も多いらしい。
だから、あんな誘拐まがいのことをして、ヘインツさんは子どもを浚ってくるらしくて。
まぁ、それも十分犯罪くさいですが…。
表向き、ここの存在を知られる訳にはいかないから、変態貴族としての噂を広めたのもヘインツさん自身。
でも、子どもの両親には内密に事情を説明してお金を渡し、口外しないようにとの契約が為されるので、今まで大きな諍いは起きていない。
「僕達は、ここで学ぶことができてとても恵まれていると思います」
キリスの言葉に頷く。
ここに来るまで、何人かの魔道士見習いの子達に会ったけれど、皆生き生きとした顔で魔道を学んでいた。
「それでも、ご主人様は僕達に選択させて下さいます」
勉強部屋と称された図書館のような、魔道書がたくさんある部屋に案内してもらいながらキリスは言う。
「選択?」
「はい。ある程度の魔道が使えるようになると、当然王宮から呼びだしがかかるのですが、その時にこのまま王宮へ行くか一般人として生きていくか、選択させて下さいます」
キリスは小さく笑う。
「それは、どうして?」
「…生まれながらにして、魔道士の宿命を負わされた僕達に同情してのことだと思います。『お前の人生だ。自分で選べ』と仰ってくださいました」
王宮へ行ったら、死ぬまで魔道士として生き続けることになる。
だからだと、キリスは言う。
「キリスも王宮へ行くの?」
「…分かりません。先日、ご主人様にそう言って頂けて…正直、悩んでいます」
キリスは苦しそうに言う。
確かに、こんな10歳くらいの年齢で自分の人生なんて選べないよね。
だけど、キリスはどちらにしても、もう親元には戻れない。
ルイにしてもそうだけど。
この世界は、本当に過酷。
ぬくぬくと20歳を過ぎるまで、親の庇護下で生きてきた私が偉そうにアドバイスなんてとてもできない。
図書館を後にして、中庭に出る。
「何か、キリスの負担にならない魔道を見せてくれる?」
ぽかぽかとした陽気の中、キリスにお願いすると彼はにこりと笑った。
「では、失礼します」
そう言って、キリスは中庭の元気の無くなった花に手を翳す。
そして、何かを唱える。
すると、萎れていた茎がまっすぐになり花びらに色が戻る。
「再生の魔道です」
「きれい」
そっと、その花に触れる。
「キリスは私が知っている王宮の魔道士に似てる」
「…王宮の?」
首を傾げるキリスに頷いて。
私が思い浮かべるのは、セリンガム一の魔道士フェイさん。
彼が前に教えてくれたこと。
魔道士には、それぞれ得意分野というものがあって。
それはその人の性格にも左右されるのだけれど、破壊を得意とする魔道士は往々にして自分の力を過信して、自滅の道を辿るのだと言う。
それが、具体的にどういうものなのか、彼は教えてくれなかったけど。
でも、何となく彼が言いたいことが分かった。
キリスが選んだのは再生の魔道。
それは、きっと彼の得意分野。
何となくだけど、キリスの雰囲気はフェイさんと似ているものがある。
「キリスは…きっと魔道士になってもならなくてもキリスらしくいられると思うな」
「そうでしょうか…?」
「うん。…その、魔道という不思議の力に溺れることなく、キリスはキリスらしくやっていけると思う」
無責任なことは言えないけど。
それは、確信。
そして、もしキリスが王宮へ来ることを選択して、フェイさんに会うことがあったら。
きっとキリスはフェイさんのような魔道士になることを望む気がする。
「キリスの大事な時間を私のために使ってくれて、ありがとう」
ぺこりと頭を下げて言うと、キリスはまた慌てる。
「そ、そんな…!ぼ、僕こそ、姫様の様な方とお話させて頂けて、光栄ですっ!ありがとうございますっ!!」
あわあわしながら、頭を下げる。
そんな彼と目が合う。
そうして、どちらからともなく私達は笑い合った。
「姫様は不思議な方ですね…」
「不思議?」
「王宮からお迎えが来られる程、高貴な方なのに…なんというか…」
「変わってる?」
キリスの言葉を繋いで言うと
「いっいえっ!!えっと…そういった意味ではなくてっ…」
また、あわあわと慌てる。
まぁ、私は本物の姫じゃないしね。
王妃様のような威厳なんてものは、無いからね。
でも、それでいいと思ってる。
ディールの姫であっても、私は私。
「私は私だから。あまり気にしないことにしたの」
すっきりした気持ちで言うと、キリスは真面目な顔で頷いた。
「ずいぶんと仲が良さそうだな」
後ろから声がして、振り向くとそこに立っていたのはヘインツさん。
「色々とこの屋敷について、分かりました。ありがとうございます」
「…礼を言われるようなことではないさ。」
その時のヘインツさんの小さな笑顔に、ふと気づく。
ヘインツさんは…もしかして…。
「ところで、姫。ずいぶんと長い間王宮を不在にしていたようだが、今さら現れて一体何を為すおつもりかな」
私の視線に気づいたのか、ふっと無表情に戻してヘインツさんが尋ねる。
「んー…。分かりません」
「分からない?」
私の返答にヘインツさんが片眉を上げる。
「何か理由があって、ここにまた来ることになったのですからそれを探します。…まずは現状の把握からですね」
「…なら、なぜ今尋ねない?」
「自分の目で見て、確認したいからです」
セリンガムは、今すぐ何か私がしなければならないような事態ではない筈。
それだったら、ヘインツさんがこんなに悠長に私に屋敷案内なんてさせないだろうし。
だったら、自分の目で確かめたい。
第三者の意見は私情が入る。
それは、とってもメンドクサイ。
「…そうか」
ヘインツさんは頷いた。
そして、ふと空を見上げる。
「…着いたようだ」
それにつられる様に、私とキリスも空を見上げる。
着いた?
何が?
その時、突然空が陰った。
次の瞬間、ヘインツさんが何かを唱え私とキリスを含め中庭全体にかかるように防御印を結んだのが分かった。
そんな私達の前に真っ赤な翼竜が姿を現した。
その圧倒的な存在感に声を失う。
体長は10メートル前後。
大きな牙に鋭い爪と瞳を持った翼竜。
体は厚い鱗に覆われている。
以前にルドルフさんから見せてもらった図鑑にあった通りの姿。
着地の時の突風を考えて、ヘインツさんが防御印を結んだのだと遅ればせながら気づく。
「…すごい…」
赤ちゃん翼竜とは比べ物にならない、存在感。
隣でキリスが体を震わせている。
そうだよね。
こんな大きな生き物を目の前で見たら恐いよね。
野生のライオンの何倍も大きくて、獰猛そうな生き物が目の前にいたらそれは恐い。
動物園とは違って、檻のような物もないし。
けど、私にはなぜだか恐怖は無かった。
クウちゃんではないけれど、綺麗な翼竜だと、そう思った。
その赤い翼竜と目が合う。
何だろう。
瞳が穏やかで。
何だか、安心する。
「ユキッ!!」
じっと見つめあっていた、その時。
その翼竜の背中の方から私を呼ぶ声が聞こえた。




