目覚め
ここから、第2部です。
章分けをしました。
ふわふわ。
ふわふわ。
柔らかいクッションに包まれているような。
優しい気持ちになる感じ。
何だか、色々悩んでいた気がするのはなぜだろう。
でも、悩みも苦しみも恨みも何もかもが霧散していくような感覚。
何だろう。
もういいよって言いたい。
うん。
もういいよ。
泣かないで。
苦しまないで。
ふと、目が覚める。
目に入ったのは見慣れた自分の部屋の天井。
あれ。
私。
どうしてここにいるんだっけ…?
ゆっくと起き上がる。
そして、驚く。
あれ!?
何で、私ドレスなんて着てるのっ!?
胸下で搾られたエンパイア型の薄い黄色のドレス。
さらりとした感覚は肌に優しくて高価なものだと分かる。
待って。
落ち着こう。
昨日は金曜日で、残業して疲れて帰ってきて。
すぐ寝て…。
寝て…。
目が覚めたらこのドレス?
私、夢遊病者?
ううん。
いつも快眠で、一回寝たら中々起きないタイプ。
分からない…。
何にも分からないぞ…。
ピピピピッ!
その時、携帯が鳴った。
着信は弟。
「はい」
「姉貴!?どうしたんだよ、一体!!」
「…どうしたって、何が?」
「一昨日からずっと連絡してんのに、電話もメールも無視しやがって…心配すんだろっ!!」
弟、祐樹の怒鳴り声に慌ててカレンダーを確認する。
「あれ…今日って土曜日じゃないの?」
「今日は月曜だよ!」
「…えっ!?えっ…えーーーっ!!!???」
待って。待って。
私の記憶は金曜日の夜まで。
そして、目が覚めた今日は月曜日?
2日間、私は何してたの?
「…姉貴?おい、大丈夫か?」
祐樹の心配そうな声。
「…ダメ…」
「ダメって…どっか悪いのか?」
「うん。ダメ。記憶が無い」
時間を確認。
8時前。
これなら、大丈夫。
「とりあえず、今日は会社休む。ちょっと落ち着かないと」
「…その早口、相当パニックになってんな…」
祐樹の言葉もあんまり耳に入らない。
「俺も今日大学休んで、そっち行く」
「いいよ、来なくて」
「行くからっ!」
叫ぶように言って電話が切れる。
でも、そんなことはどうでもいいの。
私。
どうしちゃったの…?
「…ただの疲れじゃん?疲れてずっと眠ってたんだろ」
あの後、宣言通りうちに来た祐樹は、私の話を聞いてそう言った。
「でも、このドレス着てたんだよ」
今は部屋着だけど、さっきまで着てたドレスを見せる。
そう言えば、私のパジャマが無い。
どこかにしまったっけ?
「さっき、確認したけど誰かが無理やりここに入った形跡は無いし、姉貴も何かされたりした感じではないんだろ?」
「うん」
「じゃあ、たまたま着ただけじゃん?」
「私、こんなドレス持ってないよ」
「姉貴が忘れてるだけだろ」
基本、楽観的な性格の弟はそう言ってにやりと笑う。
私がとりあえず無事で、落ち着いてきたのでもう彼の中では解決しているみたい。
「…あーそれにしても心配したら腹が減った。姉貴、何か作って」
「えー?メンドクサイ。何か食べに行こうよ」
「嫌だね。この辺りうまい店無いじゃん」
ごろりと横になって祐樹が言う。
まぁ。心配かけちゃったみたいだからね。
仕方ないか。
立ち上がって冷蔵庫確認。
いつも土日のどっちかで買い物するから、あんまり入ってないなぁ。
あっ。ドライカレーにしよ。
祐樹の好物だし。
一人暮らしを始めて2年。
それよりも以前から、料理はよくしてたから得意。
出来あがった料理を持って、祐樹の元へ向かう。
その時、ふわりと何かがかすめた。
ん?
金色…?
でもそれが何だか確認する間もなく、消える。
勘違い…?
「はい。お待たせ~」
気を取り直してドライカレーとコンソメスープを出すと祐樹が目を輝かす。
いただきますと、言ってすぐに口に入れる。
「うまい!やっぱ、姉貴の手料理はうまい!」
「褒めてもお小遣いはあげないよ」
「いらねーよ。この前さ、彼女と旅行に行って、そこで彼女が手料理披露してくれたんだけどマズイのなんのって…」
祐樹が思い出したのか、顔を顰めて話す。
「祐樹のために頑張ってくれたんでしょ。可愛いじゃん」
「手料理できる女がいいなんて一言も言ってないんだけど。あんなにマズイんなら、外で一緒に何か食べた方がずっとマシ」
「…祐樹さ、彼女に私の家でよくご飯食べるってこと話してるんじゃない?」
「話してるけど?」
うちは、母親が割と早く亡くなったから、父親が私達を育ててくれた。
優しくて時に厳しい父親は大好きだけど、やっぱり母親がいない寂しさっていうのはずっとあって。
特に、母が亡くなった時祐樹はまだ小学生だったから、寂しくて。
私が祐樹の母代りになろうって決めて。
授業参観も三者面談も私が行ったりしてた。
そんな、私のことを嫌がらずにいてくれた祐樹。
だからかな。ちょっとシスコンの気がある。
今は父も再婚して。
私も家を出て。
あっ。もちろん、再婚相手が嫌な訳ではなくてね。
職場が実家からだと遠かったからね。
祐樹はまだ実家にいるけど、よく私の所に遊びに来る。
大学からはそんなに近くないくせに、泊っていったりもする。
私もブラコン気味だから、ちょっと嬉しくて。
何だかんだ言って仲良し。
そんな私のことを彼女に話したんだろう。
祐樹にとって母の味は、私の作った料理の味。
私のがおいしく感じて当たり前。
「『おいしくなるまで食べ続けるよ』とか言ってあげたら」
「何だよ、そのクサイセリフ」
祐樹が笑う。
その時、また何かがかすめる。
前にもどこかで、こんな風に弟と話した…?
祐樹と…?
ううん…もっと…幼い…。
その後、しばらく祐樹と話して、せっかくの休みだからってDVD借りて来て一緒に観る。
お笑い系のDVD。
散々、一緒に笑って。
気づけば、夕方。
「じゃあ、そろそろ帰る」
祐樹がそう言って。
私は玄関まで送る。
「今日はありがとうね」
「どーいたしまして」
笑う祐樹の頭を撫でる。
随分、私より大きくなっちゃって…。
そして、また何かがかすめる。
私、前にもこうやって頭を撫でた。
祐樹じゃない。
金色の…髪の毛…?
「何してんだか」
祐樹の言葉にはっとする。
笑ってやんわりと私の手をどかすと、そのまま弟は出て行った。
私、変。
何か、変。
その夜、夢をみた。
辺りは明るくて、でも眩しい程ではない。
ふわふわした感覚の場所。
気持ちよくって、伸びをする。
体が軽い。
すると、前の方に男の子がいた。
膝をかかえた状態で座ってて。
顔は膝に埋めてるけど…泣いてる?
そっと近寄る。
「どうしたの?」
驚かさないように、優しく聞こえるように話しかける。
男の子は顔を上げた。
綺麗な金色の髪。
まだ子どもなのに、とてつもなく整った顔をしてる。
だけど、その大きな青い瞳には涙が溜まっていて。
何だかとても悲しくなる。
「悲しまないで」
自然とそんな言葉が出る。
すると、男の子の瞳から涙が流れ落ちた。
「泣かないで」
どうしてだろう。
あなたが泣いたり悲しんだりしていると、とてもつらいの。
胸が苦しい。
「笑っていて」
そう言って、男の子の頭を撫でる。
さらさらの髪。
この感触を覚えてる。
男の子の瞳からまた涙がこぼれる。
「…また、会える?」
男の子の言葉に、困ってしまう。
頷くだけで涙が止まるなら、いくらでも言える。
でも、この子の瞳は真剣だ。
テキトウに言うことは、憚られた。
「会いたいんだ」
私の手を握って、懇願するように言う男の子。
私はあなたを知らない。
どこにいるかも分からない。
だけど、どうしてだろう。
私もあなたに会いたい。
すごく…会いたい。
そして、また会える気がする…。
「うん」
頷いて。
「会いに行くよ…」
そう伝えた。
男の子はやっと、少しだけ表情を緩めて。
「約束してくれる?」
そう尋ねる。
「約束…ね」
そう、約束。
絶対にどこかで必ず会おうね。
きっと、会える。
そして、目が覚めた。
夢をみたけれど、よく覚えていない。
けど。
「約束…」
大切な約束をしたことだけは、覚えていた。
ーー悲しまないで。
ーー泣かないで。
ーー笑っていて。
補足:セリンガムの姫は、公の場ではプリンセス型のドレス(コルセット着用)。それ以外はエンパイア型のドレス(コルセット無し)になってます。




