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姫と呼ばれて  作者: イルハ
第1部
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閑話 マリーシュレル

私は自分が大嫌い。

この赤毛も。

そばかすの散ったこの顔も。

思っていることを口にできないこの性格も。


生まれがここセリンガムの有力貴族だったために、幼い頃から貴族の姫として厳しく躾けられた。

行儀作法もダンスのレッスンも嫌だと思ったことはない。

けれど、どれだけ頑張っても私は人並みにしかできない。


背が高い訳でもなく低い訳でもない。

体つきも特に目立った所はない。

悪目立ちするのはこの赤毛。

雨が降ると、まとまりがつかなくて苦労する。

得意分野も無い。


言いたいことはたくさんあるのに、人を前にすると上手く伝えられなくて。

相手を怒らせてしまうこともしばしば。


こんな私をお父様は早々に見放した。


「お前は相手に求められるまで、何も喋るな。ただ笑っていろ。そうすれば上手くやっていける」


そう言い含められて、17の歳に王宮へ嫁がされた。

私に文句がある筈が無かった。

なぜなら、私の嫁ぐ相手はディルバート様だったから。


社交界デビューをした時、慣れないヒールの靴を長時間履いて足が疲れ、椅子で休んでいた時に声をかけられた。

ディルバート様は覚えていないでしょう。

でも


「大丈夫ですか?」


優しい声でそう声をかけて頂けて、どれだけ嬉しかったか。

美しい姫君達にまぎれてしまえば、私など壁の花にすらなれない存在なのに。

まるで、自分がおとぎ話の主人公にでもなったかのような喜び。


その方に嫁げるなんて。

夢のようだった。

その上お父様のおかげで、正室になれるなんて。

こんな幸せなことがあっていいのだろうかと、夢のような心地だった。


嫁いでからは幸せで。

ディルバート様はやはり、私に優しく接してくださった。

王妃様も不慣れな私をお叱りになることもあったけれど、優しくしてくださっていた。








ルイシーク様がユキ様を王宮へ連れ帰ってきてから、全てが変わった。


伝説のディールを使役する姫。

そんな恐ろしい人間が存在するなんて。

どうしよう。

気に入られなかったら、きっと簡単に殺されてしまう。


謁見の間での一件はすぐに広まり。

王宮内は騒然としていた。

特にユキ様の身辺をお世話する侍女達は皆戦々恐々として。

ぴりぴりとした空気が漂っていた。

そんな中


「よろしくお願いします」


王族だけを集めた食事の席で、もう一度顔合わせがあった時のあの衝撃。


黒い髪が象牙色の肌に映えて。

凛としたその表情は笑うと、とても可愛らしい。

そして髪の色も珍しいけれど、その短さに呆然とする。

セリンガムだけではなく、この世界で女性は髪を長くすることが風習になっている。

あんなに短いのは小さな子どもだけ。

それでも、とても似合っている。

そして、彼女の側を離れずにいる翼竜。


笑顔が素敵で、とても可愛らしいけれど。

特別に目を引くような容姿の方ではない。


でも。

ユキ様の存在そのものが『特別』だった。


もの静かで弟王子様以外の方とは一定の距離を取られていたリリアーヌ姫とすぐに打ち解けられた。

義姉として、親しくなりなさいと王妃様から言われ中々距離が縮まずにいた私とは大違い。


異世界人であるというユキ様のために、宰相ルドルフ様自らが教鞭をとっていらっしゃる。

それでも驚きなのに、それをご本人に直接願い出たというのだから信じられない。

賢い娘だと、ルドルフ様のお気に入りなのだとか。

ルドルフ様にそこまで言って頂けるなんて…。


侍女達の間で、ユキ様の髪型が流行し始めた。

実際はあんなに短く切ってはいないのだけれど。

ユキ様の髪型に憧れた侍女が、そのことを話したらユキ様から「なんちゃってボブ」という髪の結い方を教えて頂けたと言う。

それは、髪を切らずに、ユキ様と似たような形にできる髪型でたちまち侍女達の間で流行し始めた。


皆の視線を集めるユキ様。


お優しいユキ様。

けれど、優しいだけではなく。


「どうしてこういうことするのっ!!」


王妃様とのお茶会へ参加しようと、廊下を歩いていると大きな声がしてびくりとする。

周囲を見渡すと少し離れた所で、レイボルト様に怒鳴っているユキ様の姿が見えた。


何かあったのかしら…。


レイボルト様はまだ幼くいらっしゃるから、いたずらが絶えない。

きっとそのいたずらの事で怒っているのだろう。

けれど、紛れもない王族の方にあんな風に怒鳴りつけるなんて。

レイボルト様の側近が近くで何か言っているようだけれど


「こういうことは、本人に言わないとダメなんです!!」


強い口調で跳ね付けて、レイボルト様に怒っている。

怒られたレイボルト様は肩を落とされて、項垂れている。


「レイボルト様になんて失礼な…」


私付きの侍女がそう眉をしかめるけれど。

あんな風に私も言うことができたら、どれだけいいだろうと胸が痛んだ。


あんな風に叱りつけられたのに、レイボルト様はユキ様を慕うようになった。

我が儘の多い王子様だけれど、ユキ様の言う事はよく聞くようでレイボルト様の側近達が喜んでいるという話を侍女づてに聞いた。







程なくして、ユキ様をディルバート様の側室にするという話が王妃様から出た。

それは、私にも想像できていたこと。

だから、ショックは無い。

王族ならば妃を何人も持つのは当然のこと。

何よりディールの姫ならば、ディルバート様の地位を盤石なものにすることができる。


私とは違う。


だから私は微笑んでユキ様を受け入れましょう。


大丈夫。

正室は私。

ディルバート様の一番は私。








「どうされたのです!?」


ある日、ディルバート様が頬を赤くして部屋に戻ってきた。


「すぐに冷やさなければっ…」


侍女に命じて、冷えた水に浸かった布を持って来させそれをディルバート様の頬に当てる。


「大丈夫だよ」


そう微笑んで、やんわりと私の手が頬に触れるのを避けるようにされる。


ディルバート様…?

赤くなった頬を布で押さえながら、何か考え込むように遠くを見つめる彼に不安が募る。








「私はこのままではいけないな…」


ある日、そっとディルバート様が呟かれた。


「…何かありまして?」


普段とは違う。

優しい瞳は何かを考え込むようで。

最近、こんな表情ばかりされている。


何を悩んでいらっしゃるの?

聞くことしかできないけれど、私には何でも話して欲しいのです。

私は何があってもあなた様の味方なのですから。

だって、私はあなたの妻でしょう?


…心の中で何度も呼びかける。

そう素直に伝えることができたら、どれだけいいか。


でも言えない。

だって、私は相手から求められるまで話してはいけないのでしょう?

そうすると、嫌われてしまうのでしょう?

…そうでしょう?お父様。

ディルバート様に嫌われるなんて耐えられない。








王妃様は連日、私を伴ってユキ様の元へ行く。

ユキ様は私に遠慮して、側室の話を流している。


遠慮などされたくは無い。

あなたは側室になるだけでディルバート様のお役に立てるのだから、早く頷けばいいものを。



気分が悪い…。








「ディルバート様はユキ様を正室に迎えるつもりのようです」


ある時、王妃様付きの魔道士ボーグに言われた。

公の場でもないのに、常に黒いローブを纏っているこの人が苦手。

本物の影のようだから。


けれど、この時ばかりはボーグのローブ越しの顔を見つめる。

目元まで覆われたそれのせいで、彼の口元しか見ることはできない。


「何ですって…?」


「ディルバート様はユキ様にいたくご執心の様子。側室という立場をユキ様がお嘆きになるのなら、正室に迎え入れても良いとお話になったそうです」


感情の伺い知れない低く平坦な声音。

その言葉に心臓が早鐘のように打ち始める。


「そんなことができるはずがありません。正室は私です」


動揺していない風を装って反論する。

そんな私にボーグはくすりと笑う。


「ユキ様はディールの姫。失礼ながらお立場はマリーシュレル様よりも上。ユキ様とディルバート様が望まれ、それを王がお認めになれば、不可能な話ではございません」


「そんな…」


さぁっと血の気が引く。


「……ディルバート様はそれを望まれるの…?」


「その話を持ち出したのはディルバート様の方だとか。どうやら、王にもそのように話されたそうですよ」


その後、少し言葉を交わして、ボーグは去って行った。


ディルバート様が?

私を差し置いてユキ様を正室にされる?

私が一番ではないの…?


そんな…。

そんな馬鹿な…。


ディルバート様に聞かなくては。

きっと何かの冗談。

きっと、いつもの様に優しく笑って


「大丈夫だよ」


そう仰ってくれるはず。









「ユキ様とディルバート様はお似合いね」


リリアーヌ姫付きの侍女達の声が聞こえる。


うるさい。

うるさい。


気分が悪い…。








「私としては、ここにいる王子達の妃にでもなってもらえると有難いのだがな」


陛下の声。

その声にディルバート様の手が震える。

優し気な瞳はユキ様を見つめている。


王子様。

私の王子様。

私はここです。

あなたの目の前にいます。


「ディルバート。正式に申し込んではいかが?」


王妃様の声。


「ユキの気持ちを優先したいのです。…私はユキに認められたい」


優しい瞳に熱を込めて。

ディルバート様が、こんな顔をされるなんて。


酷い。

ユキ様は酷い。


何も分かっていないくせに。

私からディルバート様を奪おうとする。


ユキ様さえいなければ。

元通り。

私が一番。


そうよ。

ユキ様さえいなければ。

私だけが一番。


ユキ様さえいなければ。








血に濡れた護身用の短剣。

目の前には目を閉じた黒髪の女。


あぁ。

これで。

やっと元通り。


ねぇ?

ディルバート様?


私が一番でしょう?

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