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姫と呼ばれて  作者: イルハ
第1部
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閑話 フェイユート

セリンガムは大国ではないが、資源豊かで比較的温暖な気候の住みやすい国だ。

何より、大国シュリゾナと協定を結ぶことができる唯一の国だ。

理由は、この世界で最大の戦力を持つと言われる翼竜を使役する者が多いということ。

翼竜は使い手を選ぶ。

力ずくで挑みかかれば、命も落とす。

だが、使役することができればどの国でも傭兵として高い地位を得ることができる。


その為、使役できる翼竜を手にしようと、年間何百人という男達が竜の里へ行く。

だが、そこで使役する翼竜を手にできるものは数人。

その翼竜の使い手がここ、セリンガムが圧倒的に多い。


理由は分かっていない。

何か確かな理由があるのかと、各国が血眼になって探しているが分からない。

そして、その使い手たる者達皆がセリンガムから出て行かないというのも、不思議なことであった。


翼竜の使い手は、国に縛られない。

だから、本人と翼竜が納得すればどこへでも行ける。

どこへ行ってもやっていけるだけの地位と権力を手にすることができる。


だが、現在セリンガムの竜騎士と呼ばれる人々は15人。

その全てがセリンガムの竜騎士のままでいる。


各国から破格の条件で竜騎士として雇い入れたいという声がかかっているが、皆首をたてに振らない。

理由は簡単。


「翼竜が納得しないから」


翼竜は人の言葉を理解する。

そして、使役する者とは簡単な意思疎通をはかることができる。

その翼竜がセリンガムを出ることに納得しないというのである。

いくら翼竜を使役しているとは言っても、彼らの意思を尊重しなければ使役者でいることは難しい。


翼竜はその力に任せて勝手を言う動物ではない。

だからこそ、竜騎士達はそうした珍しい意見に従う。








ルイシーク王子が亡き王妃の墓参りに出掛け、予定していた宿を訪れていないという報せが入り、王宮内は騒然となった。

自分も、すぐさま王に命じられ、王子の行方を探す。

だが、何者かがシールドを張っており上手く王子の気を探ることができない。


自分が探れない程のシールドを張れるということは、敵はかなりの力を持った魔道士ということになる。

そして同時に、王子の生命力が弱っているということも示していた。


「気」はその人間の生命力に比例する。

健康な者の気は強く感じ取りやすい。そして生命の危機に瀕している者はとても弱い。

どれ程強固なシールドを張っていても、自分ならばある程度は探ることができる。

それができないということは、命の危機に瀕している可能性が高かった。


自分の報告に、王は色を失くした。

セリンガムの王宮にある後継者問題。

表向き、王は貴族達の手前もあり能力主義を掲げ自分達でどうにかしろと口を出していないが、彼が認めているのは兄のディルバート王子ではなく弟のルイシーク王子である。


ディルバート王子に能力が無い訳ではない。

ルイシーク王子が特別なのだ。


未だ12歳とは思えぬ程の冷静さと知性を持った王子。

武芸の習得も早く、貴族達との交渉術にも優れている。

何より、彼の存在感は圧倒的であった。

人の上に立つ者が欲し、その多くが手にできない天性の素質。

それが王子にはあった。


それが、王妃には分かっていたのだろう。

自分の息子を溺愛する彼女は、ルイシーク王子の命を狙うようになった。

側室上がりの王妃。アンケセナーメ様。

体の弱かった前王妃を精神的に追い詰めて、その死期を早めたと囁かれる黒い王妃。


後宮のことは、自分の管轄外なので興味は無い。

アンケセナーメ様に纏わりつく黒い噂は後を絶たないが、彼女が自分の息子の為にルイシーク王子を狙っていることは周知の事実であった。


王もそれを分かっており、裏でルイシーク王子を守るよう手を回していた。

だから、墓参りの件も情報を規制しており万全を期していた筈だった。


ルイシーク王子側の人間に、王妃側へ情報を流している者がいる。

それを探れという命も下った。


だが、それから数日後。

弱弱しくも王子の気を探ることに成功した私は、それを王に伝えた。

あの時の、王の安堵した顔は忘れられない。


「そうか」


と一言。

王ではなく父親の顔をしていた。








ルイシーク王子が連れ帰った、不思議な娘。

セリンガムでは珍しい黒い髪と黒い瞳を持った彼女は、驚いたことに翼竜を連れていた。

クウと名付けまで許した翼竜の存在に、私は自分の足が震えるのを抑えることができなかった。

私は相対するだけで、相手の力量をはかることができる。

相手が剣士であれば、その実力が。学者であれば、その知力が。

翼竜であっても、例外ではない。


クウは異常だった。


底の見えない、はかり知れない力。

その圧倒的なまでの力量に震えが走った。

これでは。

あの翼竜が力を使えば、セリンガム程度の国ならば滅ぼすことも容易だという程の力。


こんな生き物が存在するのか?

あの娘は何者だ?

なぜ、あれ程の翼竜を使役している?


自分程ではないが、王妃付きの魔道士ボーグも何かクウに感じるものがあったのだろう。

謁見の間で、あろうことか娘に攻撃を仕掛けた。

クウの力に当てられ、反応が遅れた私はボーグを止めることができなかった。


クウからの攻撃から王を守るため、防御印を結ぶ。

だが、その圧倒的な力量にとても体が持たなかった。

クウにとってみれば、子どもだましのような防御印。

最早、ここまでかと観念したその時、攻撃が止まった。

見れば、あろうことか興奮している翼竜を抱きかかえている娘の姿が目に入った。


戦闘中の翼竜は気が高ぶっている。

例え、使役者と言えど無暗にその攻撃を中断させることはできない。


そんな翼竜を抱きかかえて叱る娘。

あれ程興奮していたのに、娘に触れられた途端に平常に戻る翼竜。

あまりに規格外なその姿にこれは現実なのかと、自分の目を疑った。








力を極限まで使い切った自分は、それから数日寝込むことになった。

こんなことは子どもの頃、自分の力量がはかれず倒れた時以来だ。


何とか動けるようになって一番にしたことは、クウが破壊した物からクウの気を探ることだった。

そして、ある一つの仮説に辿り着く。


クウは伝説の翼竜「ディール」である、と。


それならば、あれ程の力も能力も納得がいく。

そして、それならばセリンガムに留まる翼竜達が他国へ行きたがらない理由も説明がつく。

全ての翼竜を従えるというディール。

ディールがこの地に現れることを予知していたからこそ、翼竜達はここを離れなかった。


でも、まさか。

なぜ今なのか。

なぜセリンガムなのか。


謎は深まるばかりだ。


竜騎士達が使役する翼竜の元へ連れて行き確認したかったが、あいにく地方で反乱が起こり、竜騎士達は鎮圧に向かってしまっており不在だった。

竜の里へ行くまでは、断定はできない。

だが、間違いないだろう。








娘はユキと名乗った。

異世界人であるという。

クウの存在の前には、娘の出自など大して気にならないというのが本音だ。


懸念していた通り、王妃はもちろん貴族達も、彼女と接触を始めた。

ルイシーク王子の命を助けたというユキは、ルイシーク王子側に付くのだろうと予想できた。


今は時期が悪い。

彼女が王子側については、王妃が黙っていない。

下手をすれば国内で争いが起こる。

そうなれば、他国に付け入る隙を与えてしまう。


だが、我々の懸念をよそにユキは実にうまく立ち回ってくれた。

宰相ルドルフからこの世界の知識を得たと聞いていたが、彼女のその行動は今のセリンガムにとって理想的でさえあった。


賢い娘。

いざとなれば、自分や王族にも堂々と意見することができる。

女性にしておくのが惜しい程の存在。


ユキの存在を他国に知られてはまずい。

知られれば、世界で争いが起こる。

だが、ユキはそんな己の立場も理解していた。


「もう少しでいいんです。もう少しルイの側にいたい…」


私の所へ来て、そう願った彼女。

それは、他国へ自分の存在が知られないように情報規制をして欲しいというものだった。

情報を遮断することはできる。

だが、長い時間のシールドは綻びが生まれ、そこを他国の魔道士に突かれる。

長期間は無理だ。

だが、それでもいいとユキは言った。


ユキは王宮の問題など関係なく、ルイシーク王子を大切に思っていた。

恋や愛といったものではないが、家族愛のように本当の弟のように王子を愛していた。


一方、王子は。

彼女を一人の女性として、特別な目で見ているようにだった。

執着していると言ってもいいだろう。

幼い頃からの環境のせいで、人に隙を見せず冷静で作り物の笑顔しか浮かべない少年が、ユキを前にすると今まで見たこともないような行動をとる。


「兄上にユキは渡さない」


そう、王や大臣達に宣言し、後継者として名乗りをあげた王子。

今まで、どれだけ説得しても後継者として名乗り上げるようなことはしなかった王子が、声を出した。


それからは、会議の場でも意見するようになり12歳とは思えぬ知識の深さに、大臣達は驚かされることになる。

また、ユキと一緒に生活する中で庶民の生活を体験することができたと、国政にも意見をだすようになった。

その洞察力に、王は各地の視察へ王子を連れていくようになった。


このまま、王子がその力量を発揮してくれれば、国は争わずして後継問題を片づけることができる。

王妃が何を言おうと、兄王子との力量の差は明らかだった。

そう思っていた矢先、ユキが刺された。








ユキは死んではいない。

だが、異世界にいる可能性が高かった。

それは、もう二度と彼女と会うことは叶わないということと同義。


ルイシーク王子の憔悴は相当のものだった。

ユキが使用していた部屋から一切出ることは無くなった。


まるで、彼女との思い出をかき集めるかのように、部屋を出ない。

誰が何を言っても耳を貸さない。

痺れを切らした王が入って行き、何を話したのか殴り飛ばしたようで医師が慌てて治療に当たった。

口には出さないが、王子が後継としてやる気を見せたことがよほど嬉しかったのだろう。

だからこそ、今の状態に失望も大きいのだろうし、何もできない自分が歯がゆいのだろう。


また、マリーシュレルをどう裁くかで問題になった。

彼女の父親は有力貴族の一人であったが、責任を取って今の地位を辞した。

当の本人は心を病んでおり、まともに話もできない状態であったので、ディルバート王子の訴えもあり王宮内に存在する、祈りの塔へ終生幽閉ということになった。








竜の里へと行ったクウ。

怒りのままに暴れなかったディールは、また使役者を見つけるのだろうか。

それとも、ユキを呼び寄せるのだろうか。

全く分からない。






王宮内は静かだった。

ルイシーク王子は部屋から出ない。

ディルバート王子は表面上は普段通りだが、相当堪えていることは誰の目にも明らかだ。

いたずら好きのレイボルト王子もすっかり大人しくなってしまった。

王妃の動きもない。


王宮お抱えの魔道士として、日々を忙殺されながら、ふと中庭で足を止める。

以前は笑い声の絶えなかった中庭に、王族達の姿が見えない。

考えてみれば、ユキが声をかけて王族達はよく集まっていた。

彼女を中心に、リリアーヌ姫と王子二人、時たまにディルバート王子に王妃も加わって。


「フェイさん!一緒にどうです?おいしいですよ」


甘いもの好きの彼女。

たまにこの近くを通ると、必ず自分にまで声をかけてくれた。

あの楽しそうな笑顔。


もう、それを見ることも叶わない。


「あなたの大切な人達が、悲しんでいますよ」


記憶の中の彼女に呟く。

この状況は彼女のせいではない。

そんなことは分かり切っている。

けれど。


いなくなって初めて、ユキという存在がこのセリンガムの王宮にとってどれだけ大きなものだったのかということが分かる。


小さくため息をついて、歩きだす。

自分にはやるべきことがある。

ルイシーク王子も、このままの筈がない。

きっと気づくはずだ。

気づかなければ、そこまでの人物と見切りをつけよう。


「フェイさん」


瞳を閉じる。

優し気なユキの声が聞こえるような気がする。


できるならばもう一度。

あなたに会いたい。




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