別れ
フェイさんは、にこりと笑って言う。
「リリアーヌ様の輿入れが決まりました」
それは、ある程度予測していたことだったから、あまり驚かない。
リィもきっとそうだろう。
「相手はシュリゾナですか?」
「そうです」
シュリゾナはセリンガムとは比べ物にならない大国。
そこの王子の妃として、リィは輿入れすることになるのだろう。
「竜の里に行くのは延期ですね?」
「そういうことになります」
フェイさんは頷く。
「…私のことは、まだ大丈夫ですか?」
「そうですね…。時間の問題ではありますが」
わざわざ、フェイさんが私に会いにきた理由が分かり、そっと溜息をつく。
「竜の里へ行くまでは頑張ってください」
そんな私の言い分に、フェイさんが噴き出す。
「はっきりと仰る…」
くくくっと笑いながら、でも頷く。
「本当にあなたという方は面白い。王が気に入るはずです」
えぇ?王様?
それって褒めてるのかなぁ…。
そんな私の気持ちが顔に表れていたんだろう、フェイさんはまたくすりと笑った。
「できうる限りのことはします」
「ありがとうございます。…私もセリンガムにとって不利になるようなことはしません」
クウちゃんを抱きしめて、そう言う私にフェイさんはまたにこりと笑う。
「ユキッ!」
その時、稽古を終えたのかルイとレイがこちらに向かって走ってきた。
私と一緒にいるのがフェイさんだから、ディル王子の時のような緊迫した空気はない。
「二人ともお疲れ様~!」
エンジェルズに笑いかけて、二人を見ると顔がほてって汗をびっしょりかいている。
ポカポカ陽気だからね。
体を動かしたら、暑いよね。
「お疲れ様です。よろしければ清めますか?」
フェイさんがそんな二人に声をかける。
「ラッキー!!」
一番に声を上げたのは、レイ。そんなレイを見て苦笑しながら、でもルイも頷いた。
それを合図に、小さく一礼したフェイさんが手を二人に向けて何か短く唱えた。
すると、二人の体を優しい風が包み、次の瞬間には消える。
そうして見ると、汗でべったり張り付いていた服は元の状態になっていて。
二人の顔から滴っていた汗の方もなくなってほてりが収まっている。
何度見ても、魔道って不思議~。
魔道はそれを扱う魔道士の体力を使うものだから、あまり私的なことには使われないらしいけれど、フェイさんにとって清めの魔道を行うくらいは、大したことじゃないのだろう。
「ユキ、何を作っていたの?」
ルイに尋ねられて、クウちゃんに首にある花輪を見せる。
「ユキは花が好きだよね」
「好きだよ。特にリールの花がね」
そう言って、いつもしているネックレスに触れると、蕩けるような眼差しでルイが嬉しそうに笑う。
「ユキはリールの花が好きなの?」
レイが尋ねる。
「うん。大好き」
「じゃあ、リールが咲く時期になったらプレゼントしてあげる!」
「本当?嬉しい!!」
そんな風に思ってくれる、レイの気持ちが嬉しくて笑えばレイも約束だと言って笑ってくれる。
「あぁ、疲れた~」
そうして、ごろりとレイが私の側に来て、横になる。
「レイ、そこだと頭が痛いでしょ。こっちにおいで」
芝生のように草が茂っている所だけど、横になるには小石なんかもあって痛いはず。
レイの頭の下に手を入れて、自分の膝の上に乗せる。
そんな私の行動に驚いたのか、レイが不思議な顔をして私を見つめる。
「膝枕。…されたことない?」
ないよとふるふると首を振って。だけど、すぐに笑顔になる。
「兄上!兄上もしてもらったらどうですか?すっごく気持ちいい~」
「…俺は子どもじゃない…」
どこか、不貞腐れたように言うルイに笑いがこみ上げる。
「ルイもおいで。大人だってやったりするんだよ」
そんな私に、少しの迷いを見せた後、結局ルイもおずおずと頭を乗せる。
右にルイ。左にレイ。
目の前はクウちゃん。
「両手に花~!!」
そう、宣言する私に一部始終を見ていたフェイさんがまた噴き出して。
穏やかな午後の時間が過ぎていった。
この後、長い時間膝枕をし過ぎて、足が痺れて立てなくなった私はルイのお付きの人に抱き上げて馬に乗せてもらうという、とてつもなく恥ずかしい事態になってしまったのは、笑い話。
「リィってば、ほんと何着ても似あうね~」
私の言葉に、リィが顔を赤くする。
「ユキは褒めすぎ…」
ただ今、リィのお部屋で侍女さん達とリィの衣装合わせの真っ最中です。
輿入れの際に着ていくドレスを選んでます。
遠乗りに行った翌日から、私はこうやって毎日リィの所に押しかけている。
だってさ、リィがシュリゾナに行ってしまったらこうやって会うことなんてできなくなる訳だし。
今の内にたくさん会って、話しておきたい。
そう思うのはリィも同じだったようで、私の毎日の訪問を嬉しそうに迎えてくれる。
「やっぱり、この色が一番似合うかな?」
「そうですわねっ!リリアーヌ様には淡い色がお似合いですわ」
私の言葉に侍女さんが頷く。
ですよね~。今リィが着ているピンク色のドレス。これが一番だと思う!
レースもフリルも多くはないけど、ふわりとしたプリンセスラインのドレスはリィの可憐さを際立たせる。
何色でも似合うんだけどね。
やっぱり、何ていうかリィのイメージカラーはピンクって感じ。
「じゃあ、これにするわ」
にっこり笑ってリィは頷いた。
その後、リィは普段着のドレスに着替えて、一緒に優雅なお茶タイム。
「…ねぇ。ユキ」
ふと、話が途切れた所でリィが私に声をかける。
「何?」
「お願いがあるの」
「お願い?」
こくりと頷いて。
「ルイのこと…よろしくお願いします」
ゆっくりと噛みしめるようにリィは言う。
「ルイ?」
それは、もちろん私にとってもルイは可愛い弟だから。
出来る限りは成長していく姿を見ていきたいと思っているけれど…。
「…ルイは、もうユキ無しではやっていけないと思うから…」
とても真剣な瞳で、リィは言う。
「本当は私が側にいて支えてあげたいのだけれど。そうも言ってはいられないし…」
「リィ…」
寂しそうな瞳で笑うリィに胸が苦しくなる。
幼い頃から王族として育てられてきたリィには、結婚に対する自分の意志など初めからないということがよく分かっている。
ただ、やっぱり不安だよね。
親元を離れて。
話したことはもちろん、会ったことすらない人と結婚しなくちゃならないなんて。
だって、まだ10代の…日本なら高校生の女の子だもんね。
こんなに可愛いのに、初恋も知らずに結婚しなくちゃならないなんて。
そう思うのは、こことは違う世界で生きてきた私の勝手な考えだけど。
でもリィには、そんな不安や不満を口にすることは許されていない。
それを彼女もよく理解している。
だから私も、辛いねとか頑張ってねとか、そんな言葉は口に出来ない。
大丈夫だよ!なんていう無責任なことも言えない。
「手紙を書くね。…フェイさんにお願いしてたまには話そうね」
魔道を使えば、お互いの姿を見ながら一定の時間内なら話すことができると聞いたから。
「私ね…。もし生まれ変わることができたら、次の生はユキの近くがいいな」
にこりと笑って、リィが言う。
「リィ?」
「ルイやレイも一緒に…皆一緒にユキの側で暮らせたら…幸せね」
そんな風に言うリィが、何だかとても儚く見えて、私は気付いたら彼女を抱きしめていた。
「…うん。そうだね。そんな生活なら…私も幸せ」
華奢な肩を抱いて。そう言うと、リィの体が少し震えた。
どうしてだろう。
どうして、こんなにリィのことが好きなんだろう。
本当の妹のような。
生まれた時からずっと一緒にいたような。
そんな感じ。
初めて会った時から意気投合して。
すぐに仲良くなって。
リィの笑顔が大好きで、守ってあげたいって心からそう思えた。
ルイやレイとは違う。
同性だから?歳が近いから?
何だか、とっても近い感じ。
だから、リィがこの王宮から出て行ってしまうのは本当に寂しくて。
でも、私よりずっと不安で辛い思いをしているリィが笑うから。
私よりずっと長い時間を共に過ごしてきたルイやレイも色んな気持ちを隠して笑うから。
だから、そんなことは言えない。
「王様もルイもレイも…私も…。このお城の人皆…リィの幸せを願ってるよ」
そんな私の言葉に、こくりとリィは頷いた。
どうかどうか。
シュリゾナの王子が、リィを大事にしてくれる人でありますように。
そうして日々は過ぎて行って。
リィの輿入れの日はすぐにやって来た。
王宮の前、王都へ続く道には美しいと有名なリリアーヌ姫を見ようと、人々が集まり兵士達がそれを抑える意味でも、一定の間隔で道に立っているのがよく見えた。
「それでは行って参ります」
王宮の門の近く、今日の為に誂えたピンク色のドレスを着たリィが微笑んで、父親である王様に挨拶をする。
「体を大事にするんだぞ」
王様はそう言うと、そっとリィを抱きしめる。
この王宮を出たら、リィはセリンガムの人間ではなくなる。
そうなると、もう家族には中々会うことはできない。
言葉にできない思いを表すかのような抱擁に、近くにいる私の視界が滲む。
あぁ…ダメ。
私が泣いたらダメ。
「姉上。お元気で」
王様の手を離れたリィに、正装をしたルイが声をかける。
「ルイシークも…無理はしないでね」
そう言って、リィはそっとルイを抱きしめた。
「姉上は世界で一番綺麗です!こんな綺麗な姉上を見たら、シュリゾナの王子だって驚くに違いありませんっ!!」
目を真っ赤にしたレイが叫ぶように言うと、リィはふわりと優しく微笑んだ。
「ありがとう。大好きよ」
レイを抱きしめる。そんなリィについに、レイの瞳から我慢していた涙がぽろっと零れ落ちた。
「リリアーヌの幸せを祈っています」
レイから離れたリィの側に来て言うのはディル王子。
「兄上…。ありがとうございます」
にこりと微笑み。
そして、その視線が私に向く。
「リィ…」
そっと近寄って、リィの綺麗な瞳を見つめる。
「大好き。リィに会えて良かった」
抱きしめて、そう言えばリィは涙を堪えるように笑う。
「私も…」
かすかに震えるリィの背中から手を放して、私は笑って言う。
「リィに見せたいものがあるの…後で楽しみにしてて」
「後で…?」
首を傾げるリィに頷いて。
「絶対気に入るから」
そう言えば、何かを察してくれたのか、今度は本当の笑顔を向けてくれた。
そうして、用意されていた立派な馬車にリィは乗り込んだ。
先頭にいた近衛兵が合図を送り、前方の兵士が乗った馬が歩き始めて。
しばらくすると、ゆっくりとリィが乗った馬車も動きだす。
くるりと振り返って、フェイさんの姿を探す。
少し離れた位置にローブを纏って佇むフェイさんが、そんな私に気づいて小さく頷く。
うん。
よし!
「クウちゃん!!」
私の近くを漂っていたクウちゃんに合図を送る。
「きゅいっ!!」
その私に応えて、クウちゃんは空へと飛び立つ。
そして、ある程度の高さまで行くと、その羽根を思いっきり羽ばたかせた。
その瞬間、空からキラキラと色とりどりの光の粒が舞い降りる。
青や赤や黄色に緑…。
色は様々で、それが太陽の光に反射してキラキラとまるで宝石のように光る。
わあーーー!!!
沿道に集まった人々から歓声が上がる。
門の中にいた、王族や大臣達も皆驚いた顔をして、空を見上げる。
馬車の中にいるリィにも光の粒は見えたようで、窓から小さく顔を出してこっちを見た。
前に私の住んでいる世界について話していた時、フラワーシャワーの話になったのだ。
花びらを頭上から降らせる、結婚式なんかでは定番の演出。
でもこちらの世界では、結婚式の時にフラワーシャワーを行う風習はないそうで。
リィはフラワーシャワーの話をとても気に入っていた。
だから、フェイさんとクウちゃんの力を借りて、こんな演出をしてみたの。
光の粒は魔道石のかけら。
魔道石を作るにあたって、失敗したものなんかはある量になると捨ててしまうということを聞いて。
これを思いついたの。
フラワーではないけれど、ずっと綺麗だろうと思って。
風を起こすのはクウちゃん。
その風をコントロールして、魔道石のかけらを風に乗せて飛ばすのはフェイさん。
リィの頬が赤くなって、表情がとても明るくなったのが分かった。
馬車の窓から顔を出して、大きく手を振って。
お姫様らしくないけれど満面の笑顔をリィはこちらに向けてくれた。
同じように振り返して。
私の近くにいたルイとレイも手を振って。
リィがお付きの侍女さんに叱られて、馬車の中に顔を戻してもまだこっちを見ているような気がして。
我慢していた涙が頬を伝ってたけど。
気にせず私達はずっと手を振り続けた。
どうかどうか。
リィの笑顔が曇りませんように。
リィが幸せになれますように。
そう、願わずにはいられなかった。




