第6話:飯を喰い、身体の軸を確かめろ
「よし……っ! 全員怪我はねぇな。撤収作業にかかるぞ!」
突っ張り棚に見事に激突し、自滅した巨岩オークの群れ。残された魔物どもが恐れをなして散り散りに逃げ出していくのを見届け、俺たちは夕刻、王都の訓練場へと戻っていた。
「うっひょー! 飯だ飯だーっ! 腹減って死にそうだったんだよ!」
訓練場に戻るやいなや、大鍋に並べられた大盛りの肉スープと固焼きパンを前に、一際でかい声で叫んだのはガルドだった。
十四歳とは思えないほどがっしりとした骨太な体躯の少年。不器用で剣も魔法もサッパリだが、俺が「力の支点」や「耐荷重」の話をした時、一番泥臭く食い入るように聞いていた奴だ。のちにグランフェルト王国の全軍を束ねる『総将軍』となり、その圧倒的な防衛陣形で魔王軍の進撃を阻み続けることになる大男の、これが若き日の姿である。
「ガルド、汚い食べ方しないで。親父……じゃなくて、義一さんの前で恥ずかしいでしょ」
ガルドの隣で、気配もなくスープの皿を受け取っていたのは、小柄で無口な少女——シルフィだ。
元々はハーフエルフとしての生い立ちゆえにどこにも居場所がなく、王都の路地裏で建物の隙間や屋根裏に潜んで生き延びていた浮浪児だった。訓練場に集められた当初も耳を隠すようにフードを深ぶり、誰とも群れずに影の中に隠れていたが、俺が教えていた「建物の構造や死角」の話に誰よりも鋭く反応したことで、同じ志願兵のガガガと笑い合うガキどもと行動を共にするようになった経緯がある。普段から気配を殺すのが異常に上手く、建物の「構造的な隙間」や「目地のズレ」を目ざとく見抜く天性の観察眼を持っていた。のちに各国の無謀な召喚によって使い捨てられそうになった被害者たちを暗躍して救い出し、俺の作る保護の村へ誘導する『暗部・救援ルート責任者』となる少女だった。
「いいんだよシルフィ! 親方が作ったあの防衛棚、マジでヤバかったんだからな! オークの突進がガツンッて跳ね返った瞬間、俺、身体の底からゾクゾクしたぜ! なぁ親方!」
「親方言うな。俺はただの大工だ」
俺は大鍋のスープを自分用の器に注ぎながら、呆れたように鼻を鳴らした。
「だがなガルド、さっきの現場でお前が丸太を担いで走る時、腰が入ってねぇから腕の力だけで強引に支えてただろ。だから余計な筋肉が疲労して、今こうしてスープ持つ手がガクガク震えてんだ」
「うぐっ……! バレてた……」
「喰うことも訓練のうちだ。しっかり噛んで、胃の腑のどこに飯が落ちていくか意識しろ。腹の底……丹田にしっかり重心を落として座れ。自分の『軸』がブレてる奴は、飯の味すらまともに噛み締められねぇぞ」
「はいっ、親方!」
ガルドはガツガツとパンをスープに浸し、ものすごい勢いで口へ放り込み始めた。
その横で、シルフィが静かに木スプーンを動かしながら、ボソリと呟く。
「……義一さん。さっきの防衛現場、右側の岩盤の隙間に、あと二センチ奥まで火の箱を差し込めば、もっと少ない魔力で壁全体をロックできたと思う」
「……ほう」
俺は思わずニヤリと口角を上げ、スープの器を置いた。
「よく見てたな、シルフィ。そうだ、構造物の強度は『どこに押し込むか』の隙間の見極めで決まる。どれだけ巨大な城壁でも、目地が一箇所ズレてりゃそこから一気に崩壊する。お前のその目ざとさは、現場じゃ何よりの武器になるぞ」
「……ん。私、もっと隙間を探す」
シルフィの小さな瞳に、静かな職人の光が宿る。
レオンもセシリアも、血豆の潰れた手に包帯を巻きながら、ガルドやシルフィと楽しそうに今日の「初現場」の成功について語り合っていた。
ほんの数時間前まで、死の恐怖に怯えて背伸びした勇者ごっこをさせられていたガタガタと震える子どもたちの顔は、もうそこにはない。
「義一さん」
レオンが真剣な顔で、削りかけの小木を俺に見せてきた。
「僕、もっと自分の体格に合った『軸』を覚えます。僕たちの手で、この国も……自分たちの命も、絶対に壊させないために」
「おう。焦らず、一歩ずつ組み上げていけ」
俺たちは焚き火を囲み、賑やかに温かいスープを啜った。
明日もまた、血と木屑の匂いが混じる過酷な現場が待っている。だが、このガキどもの「土台」は、着実にあの日よりも力強く太くなっていた。




