第2話:剣を振る前に木を挽け
「おいレオン、肘が下がってんぞ。鋸の刃を叩き込むんじゃねぇ、引きしろで挽くんだよ引きしろで」
「ひ、引きしろ……!? くそっ、滑って全然歯が立たない……っ!」
カンカンと乾いた音がリフレインする王都の隅、荒れ果てた訓練場。
木屑の煙る日差しの中、十四歳のレオンは汗だくになりながら角材と格闘していた。身の丈に合わない大剣は地面に転がされ、代わりに握らされているのは、俺が道具袋から引っ張り出した一本の鋸だ。
「おっちゃん! 私のも斜めに割れちゃうんだけど!」
隣で短い髪を汗で張り付かせたセシリアが、半泣きになりながら悲鳴を上げる。
華奢な手で握るノコギリの刃は、挽き目の途中で噛み込んでしまい、ウンともスンとも動かなくなっていた。
「セシリア、力で押し込もうとすんなって言ったろ。木ってのは素直なんだ。お前が変な角度で力づくで攻めれば、その分だけ反発して刃を噛み殺す。自分の体の中心……軸を刃の筋と一直線に重ねろ」
俺はため息を吐きながら二人の背後に回り、セシリアの肘と肩の位置をトントンと軽くだたいた。
「腕で切るんじゃねぇ。背中から脚、地面へと繋がる骨組(骨格)で引くんだ。ノコギリは押す時じゃなく、手前に引き抜く瞬間に木を挽く。力を抜いて、引く」
「ひ、引く……あ、すっ……と通った!?」
ガリガリと鈍い音を立てて引っかかっていた刃が、セシリアの力を抜いた途端、スーッとスムーズに木肌を切り裂いた。綺麗に一分(約3ミリ)幅で切り落とされた木片が、カラコロと地面に転がる。
「できた……! できたよ、おっちゃん!」
「ほらな。木も人間も一緒だ。無理な負担をかけりゃ歪むし、逃げ場をなくせば壊れる。まずは自分の『軸』を通すのが先決だ」
その光景を、他のガキどもや離れた場所に立つ王国兵たちがあ然とした表情で見つめていた。
「あの……勇者殿」
恐る恐る声をかけてきたのは、国王に同行していた王室筆頭魔導士の男だった。引きつった笑顔を浮かべ、冷や汗を流している。
「あの者たちは魔導や剣術の『適性』を認められた志願兵です。このような……雑用同然の大工仕事を行わせて、一体何の意味が……? 魔王軍の先鋒はすでに要塞線を破り、刻一刻と迫っておるのですよ! 早く強力な攻撃魔法や剣技の修行を——」
「うるせぇな、外野は引っ込んでろ」
俺は手ぬぐいで首筋の汗を拭い、鋭い視線で魔導士を射抜いた。
「あんたらが教える『強力な攻撃魔法』ってのはなんだ? 魔力をやみくもに練り上げて、でかい火の玉をぶっ放すことか? 設計図もなしに高層ビルを建てるような真似させてどうすんだよ。土台が腐ってりゃ、発動させた瞬間に本人の体が反動で倒壊するだろうが」
「と、倒壊……!? 魔法は精神と魔力の調和であり、建築などとは——」
「おんなじだっつーの」
俺は地面に転がっていた角材をひとつ拾い上げ、魔導士の目の前に突きつけた。
「いいか、魔法の術式ってのは【梁と柱】だ。体内の魔力って資材を、空間にどう組み立てるかだろ。さっきからガキどもの魔力の流れを見てりゃ分かる。剣を振るにも魔法を練るにも、自分の体に『軸』がねぇから魔力が四方八方に漏れて無駄遣いになってんだよ」
俺は転がっていた大剣を引き寄せると、手元の鋸でその柄を軽く叩いた。
「道具の重心も分からねぇ、自分の腕の可動域も測れねぇ奴が、命やり取りする現場で直線を描けるわけねぇだろ。木一本真っ直ぐ挽けねぇ奴に、刃筋の通った剣なんか振れねぇ。魔法の構造を安定させる『正確な設計図』なんか描けるわけねぇんだ」
魔導士はぐうの音も出ず、口をぐぬぬと開けたまま固まった。
俺は再びレオンたちに向き直る。
レオンの手はすでに血豆が潰れ、赤く滲んでいた。それでも少年は、俺の言葉を一言も漏らさまいと、目を血走らせて喰らいついてきている。
「レオン」
「は、はいっ!」
「お前、なんでそんな重ぇ剣を選んだ?」
「え……それは、一番強そうで、大きな魔物を一撃で倒せると思ったから……」
「バカ野郎。自分の体重と筋力に対して、その鉄の塊は過重オーバーだ。柱の太さに対して屋根が重すぎる家と一緒で、一回振ったら隙だらけになる。自分の『耐荷重』を知れ」
俺は道具袋から一本の小振りの手斧を取り出し、レオンの手に握らせた。
「まずは自分の身の丈に合った道具を知れ。その手斧で、さっき挽いた角材の面取り(角を削ること)をしてみろ。指一本分、均一にな」
レオンは手斧の重さを確かめるように握り締め、深く息を吐いた。
先ほどまでの無闇な気負いは消え、自分の手元と木材の「構造」をじっと見つめ始めている。
「……一分を挽いて、角を削る。自分の軸で……」
ポカン、ポカンと、手斧が木を削る規則正しい音が訓練場に響き始めた。
最初は不揃いだった削り節が、次第に薄く、均一な帯となって風に舞う。
命を奪うための戦闘訓練ではない。
だが、ガキどもの瞳から「怯え」が消え、職人が集中する時の「澄んだ光」が宿り始めていた。
(よし……まずは一本目の柱が建ったな)
俺はニッと口角を上げると、自分の道具袋をガサゴソと探り始めた。
生き残るための現場DIYは、まだ始まったばかりだ。




