表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同期しない夜― ススキノの小さなバーでの記憶―  作者: akira


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/16

第5話 同じ話を、少し違う順番で

雪が降った夜は、不思議と客足が戻る。


外を歩くのが億劫になるぶん、腰を落ち着ける場所を探すのかもしれない。すすきのの光も、雪に反射して少しだけ柔らかく見える。


店の中も、いつもより静かだった。


グラスを拭いていると、ドアが開く。


冷たい空気と一緒に、白いものが舞い込む。


「こんばんは」


あの女だった。


コートに雪を少しだけ乗せている。


それを軽く払って、カウンターに座る。


前と同じ席。


「寒いな」


そう言うと、女は小さく笑う。


「ほんとですね」


前より少し自然な感じだった。


距離が、わずかに縮まっている。


「何にしますか」


「今日は……」


少し考える。


この間も、もう見慣れてきた。


「同じので」


ギムレットだな、と思う。


「いいですよ」


そう言って、ライムを手に取る。


切る。


絞る。


ジンを入れる。


シェイカーを振る。


氷の音が、規則的に響く。


その音を、女はじっと聞いている。


「その音、好きなんです」


ぽつりと言う。


「そうか」


「前にも言いましたよね」


手が止まる。


「……言ったか?」


「ええ」


女は頷く。


「同じこと」


記憶を探る。


だが、出てこない。


「すまないな」


正直に言う。


女は少しだけ首を振る。


「いいんです」


グラスを差し出す。


女は受け取って、一口飲む。


それから、少しだけ間を置いて言う。


「この味も、同じですね」


「そうだな」


「でも——」


そこで止まる。


「でも?」


聞き返す。


女は少し考える。


「前は、もう少し酸っぱかった気がします」


その一言に、わずかな違和感が走る。


「分量は変えてない」


そう言う。


「そうですよね」


女はあっさり頷く。


否定もしないし、納得している様子でもない。


ただ、そう言っただけ。


グラスを回す。


氷が鳴る。


その音が、少しだけ違って聞こえる。


「雪、好きですか」


女が聞く。


「どうだろうな」


少し考える。


「昔は、嫌いじゃなかった」


「今は?」


「面倒だな」


正直に言う。


女は笑う。


「分かります」


その笑い方に、少し安心する。


自然なやり取りだ。


「前も、そう言ってました」


その一言で、また崩れる。


「……そうか」


「ええ」


女は当たり前のように言う。


「雪は面倒だって」


記憶がない。


だが、違和感はある。


言いそうなことではある。


だが、それを“言った記憶”がない。


「覚えてないか」


聞く。


女は少しだけ考える。


「覚えてますよ」


静かに言う。


「全部じゃないですけど」


その言い方が、妙に引っかかる。


全部ではない。


一部だけ覚えている。


それは——


「順番が違うだけかもしれません」


女が続ける。


「順番?」


「ええ」


グラスを見つめながら言う。


「話したことは、たぶん同じなんです」


少し間を置く。


「でも、順番が毎回違う」


その言葉に、背中がわずかに冷える。


「……どういう意味だ」


「分からないです」


女は首を振る。


「ただ、そういう感じがするだけ」


曖昧な説明。


だが、不思議と納得してしまう。


これまでの違和感と、繋がる。


同じことが起きている。


だが、並びが違う。


順序がズレている。


「それでいいのか」


思わず聞く。


女は少し驚いた顔をする。


それから、柔らかく笑う。


「いいと思いますよ」


あっさりと言う。


「全部同じより、その方が面白いじゃないですか」


その言葉が、妙に残る。


面白い。


そういう問題なのか。


グラスが空になる。


「もう一杯、いきますか」


聞く。


女は少しだけ迷う。


「……今日はやめておきます」


この間も、どこかで見た気がする。


立ち上がる。


会計をする。


ぴったりの金額。


これも変わらない。


ドアに向かう。


その前で、少しだけ止まる。


「また来ます」


振り返らずに言う。


「順番が変わっても」


その言葉を残して、外に出る。


ドアが閉まる。


雪の音だけが、わずかに残る。


しばらくそのまま立っている。


カウンターに手をつく。


「順番、か……」


小さく呟く。


これまでの違和感が、少しだけ形を持つ。


同じ出来事。


違う並び。


だから、覚えているようで、覚えていない。


だから、同じ人間が違って見える。


だが——


それが本当だとしたら。


今、この瞬間は、どの順番の中にあるのか。


グラスを片付ける。


氷が静かに溶ける。


その音が、やけに規則的に聞こえる。


まるで、決まった順番で鳴っているみたいに。


ドアの方を見る。


次に来るのは、誰か。


それとも——


もう来ているのか。


分からない。


ただ一つ分かるのは、


この夜は、一度きりではないかもしれない、ということだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ