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同期しない夜― ススキノの小さなバーでの記憶―  作者: akira


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第14話 見ている男の話

二人の美咲がいた夜のあと、店の空気が変わった。


何かが、決定的に進んだ気がする。


戻れないところまで来た、という感覚だ。


それが何かは分からない。


だが、前と同じではない。


グラスを拭く。


手の動きはいつも通りだ。


だが、意味が少し違う。


“同じ”ということに、もう安心はない。


ただの繰り返しではないと、分かってしまったからだ。


ドアが開く。


顔を上げる。


あの男だった。


三十代くらい。


静かな目。


初めて来たはずなのに、ずっと見ていたと言った男。


「いらっしゃい」


男は軽く頷く。


カウンターに座る。


前と同じ席。


「同じので」


短く言う。


覚えている。


軽めのウイスキー。


グラスに注ぐ。


差し出す。


男は一口飲む。


それから、静かに言う。


「増えましたね」


その一言で、息が止まる。


「……見てたのか」


「ええ」


あっさり答える。


「二人、同時に」


グラスを見つめる。


「珍しいです」


珍しい。


その言葉が重い。


「普段は?」


聞く。


男は少し考える。


「重ならないように、ずれてることが多い」


静かに言う。


「でも、たまにこうして揃う」


「……何がだ」


男は視線を上げる。


まっすぐこちらを見る。


「記憶です」


その一言で、空気が変わる。


「あなたの」


続ける。


「記憶が、分かれてる」


理解が追いつかない。


だが、否定もできない。


「分かれてる?」


繰り返す。


男は頷く。


「一人の人間の中にあったものが」


指でグラスの縁をなぞる。


「時間ごとに、切り離されている」


その言い方は、まるで——


「別々に動いている、ということか」


男は小さく笑う。


「近いです」


「……美咲は」


言いかける。


男はすぐに答える。


「その中心にいる」


迷いがない。


「あなたが、最も強く覚えている存在」


その言葉が、胸に引っかかる。


「覚えている……?」


「ええ」


男は頷く。


「忘れたくないものほど、残る」


少し間を置く。


「でも、同時には持てない」


その説明が、静かに染みてくる。


だから——


ズレる。


順番が変わる。


重なる。


「……なぜだ」


男は少し考える。


それから、ゆっくりと口を開く。


「ここが、そういう場所だからです」


曖昧な答え。


だが、逃げではない。


「この店は」


周りを見渡す。


「記憶が“形になる”場所です」


その言葉に、背中が冷える。


「形になる?」


「ええ」


頷く。


「本来は、一つの流れだったものが」


グラスを軽く持ち上げる。


「ここでは、分かれて存在できる」


理解できるようで、できない。


だが——


見てきたことと一致する。


「……じゃあ」


言葉を探す。


「外で会った美咲は」


男はすぐに答える。


「普通です」


その一言で、はっきりする。


外は、通常の時間。


店の中だけが違う。


「ここに来ると?」


「切り離される」


静かに言う。


「あなたの記憶と一緒に」


その言葉が、重く落ちる。


しばらく、何も言えない。


時計の音だけが響く。


カチ、カチと進む。


だが、その音さえも信用できない気がする。


「……戻せるのか」


やっと聞く。


男は少しだけ考える。


それから、こう言う。


「揃えば」


短い答え。


「何が」


「順番が」


視線を向ける。


「全部、繋がれば」


その言葉に、可能性が生まれる。


だが同時に——


「揃わなければ?」


聞く。


男はグラスに口をつける。


一口飲む。


それから、静かに言う。


「そのままです」


それだけだ。


それ以上の説明はない。


だが、十分だった。


「……」


カウンターに手をつく。


自分の中で、何かが動き始める。


受け身ではいられない。


そういう段階に来ている。


男が立ち上がる。


「今日はこれで」


会計をする。


金額を告げる。


ぴったりの現金。


これも変わらない。


ドアに向かう。


その前で、少しだけ止まる。


「選んでください」


振り返らずに言う。


「どれを繋ぐか」


その一言が、静かに刺さる。


ドアが開く。


外の空気が入る。


そのまま出ていく。


ドアが閉まる。


静けさが戻る。


「……選ぶ」


小さく呟く。


何を。


どれを。


どうやって。


分からない。


だが——


一つだけ、はっきりしている。


このままでは終わらない。


終われない。


グラスを見る。


いくつも並んでいる。


同じ形。


同じ配置。


だが、その中にあるものは、


もう同じではない。


ドアの方を見る。


次に来るのは、誰か。


どの“美咲”か。


それとも——


すべてか。


答えは、もうすぐ出る気がした。



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