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ゴールデンボーイ  作者: 柏木椎菜


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十四話

 暗い道を、一体いつまで走るのか。僕の口を塞ぎ、身体を抱えたまま、男はずっと走ってる。暴れて逃げようとしても、男は力で押さえてくる。何もできない僕はただ暗い景色を眺めるしかなかった。どうやらこいつは街の外へ向かってるみたいだった。周りに見える灯りや大きな建物がどんどん少なくなってる。そしてやがて、思った通り街の外へ出た。皆が寝た街よりも、もっと静かで、不気味で、寒い場所……辺りを見ても月明かりに照らされた木や草むらしか見当たらない。僕を助けてくれそうな人は、どこにもいない……。

「はあ、はあ……ここからは、自分で歩け」

 男はそう言うと、僕を地面に下ろした。逃げるなら今だ――手が離れた隙に僕は走り出そうとした。でも後ろから男は首根っこをしっかりつかんで、僕を引き止めた。

「うう、放せ! この誘拐犯!」

「これは誘拐じゃない」

「嘘つけ! お金が欲しいからなんだろ! だから僕を――」

「俺をそこいらの悪党と一緒にするな。金のためじゃない。家族のためだ」

「僕を誘拐するのが、何で家族のためになるんだよ! でたらめ言うな!」

「でたらめじゃない。お前を連れ戻さないと、俺は家族と会えないし、救えないんだよ」

「お前の家族なんか、そんなの知らない! 僕は関係ないじゃ――」

「関係なら大有りだ。ジュリオ、お前と俺は血縁関係なんだから」

 名前を呼ばれたことに、僕は思わず男に振り返った。月の光で初めて男の顔がはっきり見えた。伸びた黒い髪に、ちょっとひげが生えてる。おじさんって呼ぶほど歳とってないけど、お兄さんって呼ぶほど若くも見えない。誘拐犯だから、どんな悪くて怖い顔をしてるかと思ったけど、その顔は真剣で、でも怖いって感じじゃなくて、不思議と親しみを感じられる顔だった。……この人、何で僕の名前知ってるんだ? それと――

「……血縁関係って、何?」

「血がつながってる関係ってことだ。お前とシルヴィナは親子で、それも血縁関係だ」

 僕は首をかしげた。こいつ、シルヴィナのこと知ってるのか? でも言ってる意味はよくわかんなかった。

「どうして、あの女と僕が、親子なんだよ」

 そう聞くと、今度は男が首をかしげた。

「どうしてって、親子じゃないか」

「違う。あいつは、僕の本当の親の友達で、頼まれて僕を連れ帰ろうと――」

「待て。何を言ってるんだ? もしかして……何も聞いてないのか?」

「何の、ことだよ……?」

 さっぱりわかんない僕を見て、男は深く溜息を吐いた。

「どんな理由か知らないが、あいつが話してないなら、俺が代わりに話そう。……ジュリオ、お前はあいつの、シルヴィナの、本当の子供なんだよ。だから親子なんだ」

 心の中で、何かがざわざわ騒ぐのを感じながら言った。

「だから違う。親子じゃないってば……」

「親子なんだよ。あいつは、腹を痛めてお前を産んだ母親なんだ」

「そんなわけない……じゃあ、だったら何で、僕にそう言わないんだよ。おかしいだろ?」

「それはあいつに聞かなきゃわからないが、何か言えない理由でもあったんだろう」

「僕を誘拐したやつの言ったことなんか、信じられるもんか……」

「お前が信じようと信じまいと、シルヴィナと親子である事実は変わらない。俺はお前が生まれた姿を見てるし、一度だけ離乳食を食べさせてやったこともある。七年前、お前は確かにシルヴィナの息子として村にいたんだ」

 真剣な目が僕に言い聞かせようとしてくる。本当なのか嘘なのか、わかんなくなってくる。

「……そんなことまで、どうして……」

「俺はシルヴィナの兄で、ラウルだ。あの当時は同じ村に住んでて、お前が生まれた日も一緒にいた。つまりお前は俺の甥で、血縁関係にある」

 僕はラウルと名乗った男の顔をじっと見返した。

「じゃあ、親戚ってこと、なのか?」

「ああ。お前からすると俺は伯父だ。物心が付いてからこんな形で会うのは、正直残念だよ」

 シルヴィナの、お兄さん? ……兄妹の話なんて聞いたことないし、信じる証拠もないけど、この人の言葉はずっと真剣で、嘘っぽさを感じることがない。だけど、僕を誘拐したやつでもあるんだ。

「親戚だってんなら、何で僕を誘拐するんだよ。あの女の兄妹なら話せば――」

「シルヴィナと話したところで断られるのは目に見えてる。それに、俺はお前を連れ戻しに来たんだ」

「連れ戻すって、どこに」

「もちろん、生まれ故郷の村、グロンドだ」

 グロンド……前にシルヴィナも話してた名前だ。

「そこには俺の母親に、シルヴィナの夫もいる。お前の祖母と父親だ。だがお前がさらわれて、シルヴィナは独りで黙って村を出て……俺達家族三人は残された」

「残されたから何だっていうんだよ。連れ戻すならあの女も一緒じゃないと――」

「シルヴィナはお前が一緒でも戻る気はない」

「何でわかるんだよ」

「お前の病気を、意地でも治したいからだ。だからあの学者の家を訪れたんだ。ほんのわずかな可能性にかけて」

「だとしても、それは別に悪いことじゃないだろ。あいつを無視して戻らなくたって――」

「エルデバ病の条令については、知ってるか?」

「え? う、うん。教えてもらったばっかりだけど……それが何?」

「グロンドにもその条令はあってね。エルデバ病にかかり死んだ子は、その遺体を領主に引き渡さなきゃならない」

「それ、聞いたよ。特権階級がお金儲けするためなんだろ?」

「多分な。……だが、引き渡す前にその子を隠蔽したり、生きてる時点で逃亡させたら、家族が罪に問われる決まりになってる。そして……村に残された俺達は、罪人にされた。お前と、母親のシルヴィナが消えたせいだ」

 ラウルの冷たい視線が僕を見下ろしてくる。

「そ、そんなのおかしいよ! だってあいつは、誘拐された僕を捜しに村を出たんだろ?」

「ああ。俺達もそう説明したが、お前が誘拐された証拠が弱く、外から来た役人にすれば、母親とエルデバ病の子がほぼ同時に失踪すれば、逃亡としか考えられなかったんだろう。……条令に違反したとして、お前の祖母と父親は牢に入れられ、今も不自由を強いられてる」

「捕まっちゃったの? 何も悪いことしてないのに?」

「条令を破れば家族の連帯責任になる。それだけお前が消えたことは大問題なんだよ」

 あんまりな仕打ちだ。誰かを傷付けたり不幸にしたわけじゃないのに。偉い人達はそんな罰で苦しめてまでお金が欲しいのだろうか。僕には考えられない――ラウルをふと見て、僕は一つ疑問に思った。

「……家族全員の責任なのに、お前はどうして牢に入れられなかったんだ?」

「収容される直前に逃げたからだ。罪を犯した心当たりがなかったからな」

「だけど、それじゃ……」

「ああ。俺は今、追われる身だ。逃亡犯としてな」

 驚いた。何もしてないのに、家族の責任になって追われてるなんて……。

「もし見つかって捕まったら、ひどい目に遭っちゃうんじゃ……」

「そうだろうな。でもお前を連れて帰れば、少しは変わるだろう」

「僕を見つけたら、何かいいことが起こるの?」

「問題の発端はお前が消えたことなんだ。条令はそれを許さない。なら見つけて連れ帰れば、条例違反を打ち消すことができるはず……と俺は考えてる。だがこれはあくまで願望で、確実にそうなるかわからない。罪人という汚名が帳消しになるとまでは思ってないが、お前を連れ帰ることで、俺達家族の罪が軽くなり、牢に入れられた二人が早く出てこられる可能性は十分にあると思ってる。だから、俺は家族を助けるためにお前を連れて行かなきゃならない」

 ラウルの真剣で、力強い目がこっちを見つめてくる――僕を連れ帰れば、この人も、牢にいる家族も助けられるかもしれない……それが本当なら、大人しく付いて行ったほうがいいんだろう。僕のせいで皆を苦しいままにさせたくない。でも――

「あいつは……あの女は? 置いてったらずっと悪いやつにされる」

「さっきも言ったが、シルヴィナはどう説得しても村には戻らない。それどころかお前を取り戻そうとするだろう」

「そんなの、言ってみないとわかんないじゃないか」

「言わなくてもわかるんだよ……あいつは、自分の命よりお前の命を大事に思ってるからな」

 そう言われて、僕の頭には一瞬、いつかの血で汚れたシルヴィナの姿が浮かんだ。

「母親……だからなのか?」

「俺に子供はいないからわからないが、親っていうのはそういうものなんだろう。何があっても命懸けで子を守る覚悟ができるんだ。シルヴィナはお前の首にアザを見つけた瞬間に、その覚悟をしたんだ。無謀な覚悟だとわかりながら」

「でも、あいつは僕は助けようとしてるだけだ。悪者じゃない」

「そんなことはわかってる。だがあいつ自身が条令に反して悪者になろうとしてるんだ。その意志は家族の俺でも簡単には変えられない」

 するとラウルは僕に手を差し出してきた。

「話はこれでわかっただろう。いつまでもおしゃべりしてる暇はない。さあ、故郷のグロンドへ帰るんだ。そして家族を救ってくれ」

 僕の、家族――目の前のこの人も家族で、捕まったっていう二人も家族なのかもしれない。だけど、僕が知ってる家族はまだ、たった一人しか知らない。好きな食べ物や本を買ってくれて、文字の読み書きを教えてくれて、傷だらけになっても僕を守り続けてくれた人……その人しか、僕は知らないんだ。

「……行かない」

「家族を救うにはお前を――」

「行かないってば! 行くならあの女も一緒じゃなきゃ駄目だ!」

「言っただろう。シルヴィナに戻る気はない」

「あいつが戻らないなら僕も戻らない! あいつを置いて行きたくない!」

「無理だ。シルヴィナに何を言っても聞いてはくれない」

「なら僕はあいつのところにいる! あいつと一緒に、この病気を治す!」

「まったく……母親に似て頑固な息子だ。そう言うなら無理矢理にでも連れて――」

「ジュリオ!」

 その時、後ろから大きな声が呼んだ。振り向くと、道の先から一人の人影――シルヴィナが走って来るのが見えた。助けに来てくれた……!

「のんびり話し過ぎたか……」

 そう呟いたラウルは、走り出そうとした僕の襟首をつかんですぐに引き止めてきた。

「は、放せよ!」

「そうはいかない。お前を手放せば俺達家族は罪人のままなんだ。……仕方ない。あいつと少し、話して行くか」

 ラウルは僕を引き寄せると、目の前にやって来たシルヴィナを真っすぐ見つめた。

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