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ゴールデンボーイ  作者: 柏木椎菜


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15/16

十五話

「……久しぶりだな。七年ぶりくらいか」

 速い息をしながら、シルヴィナはラウルを警戒するような目で見る。急いで僕を追ってきたからか、長い茶色の髪はバサバサで、白いシャツの裾は半分ズボンからはみ出してる。それでも短剣はしっかり手に握られてた。

「七年ぶりって……あなた、まさか、ラウルなの?」

「ああ、そうだ。兄貴の顔を忘れたか」

「ひげも生えてるし、その髪も……どうして染めてるの?」

 ラウルは伸びた黒髪をいじって言う。

「俺は今お尋ね者なんでな。簡単な変装だ。……お前こそ、その左目はどうしたんだ」

「これは……」

 シルヴィナは眼帯に触れる。

「何でも、ないわよ……」

「怪我でもしたか」

「僕のせいで、左目は、もうないんだ……」

 そう言うと、ラウルは怖い顔でシルヴィナを見やる。

「……片目を失ったのか? そんな大怪我をしてまでこいつを助ける意味が――」

「もちろんあるわ。かけがえのない命なんだから。……それより、どうしてここにいるの? 何で私達の居場所がわかったの?」

「ここにいるのはこいつを連れ帰るためで、居場所がわかったのは、長いこと張り込んでたからだ」

「張り込むって、一体いつから……私達は前日に来たばっかりよ?」

「俺は数年間、港でお前達を待ってた。必ず現れると思ってな」

 僕もシルヴィナも同じように驚いた。そんな長い時間、僕達を待ってたのか?

「ジュリオが誘拐されて、お前が捜しに村を出た後、俺も追われる身になりながらお前達の行方を捜してた。でも一向に手掛かりがつかめなくて行き詰まってた。そこで思い出したんだ。お前がジュリオを抱いて真剣に話してたことを。遠出してた知り合いから聞いた話とかで、都会にはエルデバ病を研究する学者がいて、その治療法も探されてる。もしかしたら、この子の病気は将来治るかもしれないと、期待のこもった顔で俺に話して聞かせてた。……憶えてるか?」

「ええ……だけどラウルには冷めた態度をされた。叶わない夢だ、みたいなことを言われて」

「別に間違ってないだろう。エルデバ病は不治の病なんだ」

「それはまだわからない。研究する学者達は、お金目当ての人間に妨害や脅迫を受けて、ただ研究が進められてないだけよ。これが進めばいつか必ず原因と治療法が見つかるはずよ」

「そう。そんなことをお前はあの時も熱弁してた。いつかジュリオの病気が治る日が来るって。お前は、治療法が見つかることを信じて疑ってなかった。それなら、ジュリオを見つけた後、エルデバ病を研究する学者に会いに行くんじゃないかと俺は予想して、その学者の情報を集めることにした。だがほとんどは研究から遠ざかり、あるいは行方知れずになってたが、唯一名があって続けてる学者がいた」

「ベルグラーノ先生、だったわけね」

「ああ。この辺りじゃちょっと有名らしいな。権力者の横暴に屈しない学者だって。多くの人が名前を知ってた。だからお前も彼に会いに来たんだろう?」

「道中、何度か噂は聞いてたから」

「この街にいるって聞いて、俺は彼の家を見つけた。権力者の監視から逃れるため、たびたび引っ越すことも把握した。それと同時に、港に船が着くたびに降りて来る客を確認してた。陸路でも海路でも、お前達を見逃さないように……そして昨日、ようやく費やされた時間が報われたわけだ」

「私の行動を読んで、待ち伏せてたのね……」

 もし予想が外れて、僕達が来なかったら、この人はずっと待つことになってたけど、でもそうはならない自信があったんだろう。でなきゃ何年も待ったりしないはずだ。

「せっかく学者に会えたところで悪いが、ジュリオは俺が連れ帰らせてもらう。ここにいたって病気は治らないんだ」

「だから、それはわからないって言ってるでしょ。研究さえ進めば――」

「気持ちはわかるが、現実を見ろ」

「その子を、ジュリオを見捨てるなんてできない!」

「じゃあ母さんと愛する夫は見捨てられるのか?」

 シルヴィナの目が大きく開いて固まった。

「お前とジュリオ、二人揃って村から消えれば、俺達残された家族がどうなるか、わかってただろう」

 ラウルの刺すような視線に、シルヴィナは目を伏せた。

「わかってた、けど、早くジュリオを捜さないとと思って……」

「おかげで二人は今、牢の中だ。俺も逃亡犯になってる。全部、お前の勝手な行動が生んだことだ」

「……母さんとマルセロは、無事でいるの?」

「知るか。俺が面会できるとでも思ってるのか。だが自由を奪われてることは間違いない。心身の負担から病気にでもかかってなきゃいいが」

 シルヴィナの顔が苦しそうに歪む。でもすぐにラウルを見ると言った。

「申し訳ないことをしてるのは自覚してる。だけど、二人には今何もしてあげられないわ」

「何も? お前がするべきことはただ一つだ」

「ジュリオを死なせるだけと知りながら村へ帰るなんてできない」

「連れて戻らなきゃ二人は一生牢から出られないんだぞ!」

「ジュリオは死んじゃうのよ! 村にい続けたら、大人にもなれず死を待つしかないの。だけどここなら、エルデバ病のことを知れるし、協力もできる。ジュリオは助かるかも――」

「そんな低い可能性のために、家族を苦しめるのか!」

「低くても、可能性がある限り私は諦めない!」

 大声で言ったシルヴィナに、ラウルは息を吐きながら頭を振った。

「……お前はやっぱり、現実を見ようとしてない。こう言っちゃ気の毒だが、ジュリオはどうせ死ぬんだ」

 これにシルヴィナはラウルを睨み付けた。

「どうせなんて言い方、よくも――」

「治療法はないんだ。この病気にかかれば皆死ぬしかない。その間に牢の二人が病死でもしたらどうする。助けられるのに、お前は家族を見捨てて、見殺しにしようとしてるんだぞ」

 シルヴィナは怖いくらいにラウルを強く睨んでた。

「それは、あなただって同じじゃない」

「俺がいつ家族を見捨てたって――」

「ジュリオを、自分の甥を、どうせ死ぬと思って見捨ててるじゃない!」

 ラウルは黙ってしまった。

「その子だってあなたの家族でしょ? 私が妊娠した時、マルセロと一緒に喜んでくれたのは何だったの? 家族だからじゃないの? それなのにどうして病気だからって簡単に見捨てることができ――」

「本当に、僕の母ちゃん、なの……?」

「……え?」

 突然聞いた僕を、シルヴィナは不思議そうな目で見てくる。

「家族だって、今言ってたし、さっきもこの人から聞いたんだ。母親は、お前だって……本当の親の友達じゃ、なかったの……?」

 僕はドキドキしてた。そこには期待と不安がごちゃ混ぜになってる。どの言葉が本当かわかんない以上、本人に直接確かめるしかないと思った。

「……私は……」

 シルヴィナはどぎまぎしてうつむいた。

「聞けば、ジュリオに母親だと言ってなかったそうだな。何でだ? そこまで家族にこだわりながら、どうして他人のふりをした」

 うつむいたシルヴィナがこっちを見た。その顔はすごく辛そうだった。

「……私が、育ての両親を、殺したからよ」

「殺した? その手で、実際に……?」

 シルヴィナは頷く。

「ジュリオは海の向こうの山奥で、ルゴネス夫婦に育てられてたの」

「ルゴネスって……こいつを村から誘拐したやつらか」

「七年かけて、やっと見つけて……でもその子はヘクターと呼ばれ、自分が夫婦の子供と思って暮らしてた。一歳で誘拐されたんだから、そう思うのも当然だけど」

 あの時は、僕の知る人間はあの二人しかいなかったんだ。だから疑うことなんてまったくなかったし、怪しむ理由もなかったんだ。

「私は話し合って取り戻すつもりだった。ジュリオを返してくれれば何もする気はなかったの。でも二人はすぐに私に気付いて、抵抗してきた。ちょっと脅すつもりで短剣を出したけど、それでも向こうは怯んでくれなかった。それどころか、絶対に渡すまいと対抗してきたの。そうして揉み合ってるうちに、私は、二人を、殺してしまった……」

 シルヴィナと揉み合ってた二人の光景は今もよく憶えてる。お互い必死で、シルヴィナは僕を連れて行こうと、二人はそれを止めようと……あの時は本当に怖かった。そして、ただただシルヴィナを憎んでた。殺された二人だけが、僕の家族だったから。

「金しか頭にない誘拐犯だ。死んでも同情はできないし、自業自得だ」

「そんな人間でも、ジュリオにとっては唯一の両親だったのよ。それを奪った私は、その子に恨まれることになった。人殺しと呼ばれて……。そんな子に、自分が母親だなんて言い出せるわけがなかった。言ったところで、信じもしないだろうし、聞く耳も持ってくれないと思ったの。だから、今までずっと、黙ってた。恨まれてるけど、側にいられるだけで幸せだと思って……」

 シルヴィナは僕から顔をそらして言った。

「……ごめんなさい。嫌だろうけど、私は、あなたの、母親なの」

「やっぱりお前は、嘘つきだったんだ。僕を騙して……」

「騙すつもりはなかったの。今さら明かしても、あなたを困らせるだけだと思ったから。ただあなたが、希望を持って生きていければいいと……私の気持ちは、それだけよ。あなたに何かを要求したりしないわ。敵を討ちたいならそうしてもいい。私はあなたの大事な人を奪ったんだから……」

「大事な人って誰だよ」

 丸い目が僕を見返してくる。

「母ちゃんと父ちゃんだと思ってた二人は、本当はお金目当ての誘拐犯だったんだ。それを知らなかった時はお前を憎んだし、殺そうとも思ってたけど……でももう違う。僕をお金のために育てて何も教えてくれなきゃ、どこにも行かせないようなやつが大事な人なわけない。本当に大事な人は、僕のことを想ってくれて、いろんなことを教えてくれて、危ない目に遭っても守ってくれる人だ」

「ジュリオ……!」

 シルヴィナは今にも泣きそうな顔でこっちを見つめてくる――ずっと見てると照れる気がして、僕はラウルを見上げて言った。

「だから、僕はお前とは行かない。ここで治療法を見つけるんだ。大事な人と一緒に」

「そんな希望は幻で終わるぞ」

「やってみなきゃわかんない! 探さずに死ぬより、探して死んだほうがいい!」

「そうよ。大人のあなたより、子供のほうがわかってるみたいね」

「何がわかって――」

 ラウルの意識がシルヴィナに向いた隙に、襟首をつかむ手を僕は振りほどいて走った。

「なっ……!」

 すぐに捕まえようとした手は肩をかすめただけでつかむことはできなかった。逃げた僕はシルヴィナの後ろへ隠れた。

「ジュリオ、本当にごめんなさい。私は――」

「謝るなら、もう嘘はつかないで。お前の言うことは、信じたいから……」

「……ええ。わかった」

 背中越しにシルヴィナの笑った気配が伝わった。初めて人と心がつながった気がする。こんなに嬉しいんだ――僕もちょっとだけ笑った。

「……家族を、助ける気はないのか」

 ラウルが怖い目でこっちを見てくる。

「牢にいる二人と、ジュリオ、どちらかの家族しか助けられないなら、悪いけど、私はジュリオを助ける」

「低い可能性でも、か?」

「そんなことは関係ない。私はこの子のために、最善を尽くすわ。死を待つだけの時間は過ごしたくない」

「そうか……俺も、長い時間をかけたんだ。簡単には諦められないんだよ。残念だが……」

 そう言いながらラウルは後ろの腰を探ると、手斧を取り出した。

「少々乱暴な方法を使うしかない」

「……兄妹で、戦う気?」

「お互い譲らないんだ。こうするしかないだろう。でも安心しろ。殺したりはしない。怖ければ降参すればいい」

「するわけないでしょ。ジュリオを渡すような真似……」

 シルヴィナは持ってた短剣を鞘から引き抜いた。地面に放った鞘がカランと音を立てる――僕は途端に不安になった。

「ジュリオは離れてて」

「お兄さんに、勝てるの……?」

「わからないけど、やるしかないわ」

 シルヴィナは僕を後ろへ押すと、短剣を構えてラウルと向き合った。

「それ、父さんの短剣か。お前が持ち出してたんだな。形見の一つなんだ。ちゃんと手入れはしてるんだろうな」

「心配いらない……行くわよ!」

 シルヴィナが突っ込んで行く。振った短剣はラウルの手斧に当たって、ガンッと大きな音を鳴らした。

「さすがに、七年前より力は付いたか……!」

 ラウルは小さい手斧を軽々と振って攻撃する。それをシルヴィナは避けたり、短剣で受け流したりして防ぐ。二人とも、人に対して武器を使うことに多分慣れてないんだ。攻撃をするたびに、どこか怯えてるみたいな……兄妹だからってせいもあるだろう。本心は傷付けたくない。そんな気持ちが動きを見てると感じられた。……そう、本当なら戦う理由なんてないはずなんだ。戦わないで済むならそうしたいはず。だけど二人には譲れない思いがあって引くことができなくなってるだけなんだ。こんなの、やっぱり駄目だ。どっちかが怪我する前に止めないと――

「ああ、やっと、見つけた……」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、暗い道の先からふらふらしながら走って来る人影があった。

「……ベルグラーノさん?」

 ハアハアと肩で息をする苦しそうな顔がこっちを見た。家からここまで走って来たんだろう。寝巻に上着を羽織っただけの格好から、急いでシルヴィナを追って来たみたいだ。

「ジュリオ君、無事、か?」

「僕は大丈夫だよ」

「よかった……寝てたら、急に彼女に起こされて、君がさらわれたなんて、聞かされたもんだから……慌てて、彼女を、追って来たんだが……」

「ベルグラーノさん、あの二人を止めて。戦わせないで」

 僕が武器を振り合う二人を指差すと、ベルグラーノさんは険しい顔を見せた。

「あれは、誰だ? なぜ戦って……」

「二人は兄妹なんだ。僕を連れ戻しに来て――」

 僕はラウルの目的を簡単に説明した。

「――お互い、相手の言うことを聞けなくて、それでこんなことになっちゃったんだ。二人とも、家族を助けたいってだけで、傷付けたいわけじゃないはずなのに」

「子供を心配させて、馬鹿なことを……やめないか! 武器を下ろせ!」

 ベルグラーノさんが近付くと、気付いた二人は動きながら顔を向けた。

「関係ない人間は口出し無用だ」

「先生、危ないですから下がってください」

 それでも二人は戦いをやめない。

「兄妹で命懸けの喧嘩などするな! 家族ならば話が通じるだろう。腰を据えてじっくりと話し合いを――」

「それが無理だったから、こうなったんだよ」

「ラウルは、力尽くでジュリオを奪おうとしてます。それを止めるには、戦うしか……」

「ジュリオ君は望んでないぞ。この子の気持ちをなぜわかってやれない」

「気持ちをわかったところで家族は救えない。戦いをやめさせたきゃ、俺と一緒に村へ帰ることだ」

「駄目よ! ジュリオを監視の下には戻さない!」

「ここにいたって、どうせその学者と一緒に監視されるぞ」

「村で死を待つより、監視されても治療法を見つける手伝いをしてるほうが何倍もいいわ」

「……聞いただろ? 話し合いじゃらちが明かない。だから、こうするしかないんだよ!」

 ラウルは大きく一歩を踏み込むと、素早く手斧を振った。急に距離を詰められたシルヴィナは驚いた様子で咄嗟にのけぞって避けたけど、そこに足が付いてこなかった。足がもつれた身体は後ろへ傾いて、シルヴィナはそのまま地面に尻もちをついてしまった。

「……!」

 すぐに立ち上がろうとするも、そこにラウルは手斧を突き付けて動きを止めた。僕は思わず息を止めた。ど、どうする気なんだよ……。

「……降参して、ジュリオを渡せ」

「渡せるわけ、ない」

「この状況を見ろ。お前はもう負けてる。俺の言うことを聞け」

「負けても、聞けないものは、聞けない」

 シルヴィナは荒い呼吸をしながら睨み付けてた。それをラウルは暗い顔で見下ろす。……やめろ。何も、するな。

「勝負はついただろう。もう武器を振る理由はない」

 ベルグラーノさんの言葉に、ラウルは横目でこっちを見る。

「いや、こいつがジュリオを渡す気になるまでは、これを下ろすことはできない」

 そう言うと、ラウルはシルヴィナにまた聞いた。

「これが最後だ。降参しろ」

 僕はどう思えばいいのかわかんなかった。でもこれだけは強く思ってた。シルヴィナに傷付いてほしくない。ひどい目に遭ってほしくない。そのためなら、今度は僕が――

「……ラウル、私は、この身がどうなろうと、ジュリオの病気を治せる可能性に、すべてを捧げるわ」

 ラウルは息をゆっくり吐くと言った。

「わかったよ……覚悟しろ」

 手斧が振り上げられる――それを見た瞬間に僕は駆け出してた。

「やめろお!」

 僕は二人の間に割り込んで、シルヴィナに抱き付くように覆いかぶさった。

「こいつを殺すなら、代わりに僕を殺せ!」

「ジュリオ……」

 シルヴィナが小さな声で僕を呼んだ。

「大事な人は殺させない! 絶対に!」

「……殺したりはしないと言っただろう。どくんだ」

「でもそれで傷付けるんだろ! 僕が守るんだ!」

「一緒に怪我をしたいのか」

 僕は頭を振り向けてラウルを見た。

「お前は、家族を助けるとか言ってるけど、何でこいつのことは助けようとしないんだよ」

「………」

「兄妹なんだろ? 大事な家族じゃないのかよ!」

「……シルヴィナと、牢にいる二人とはまるで状況が違う。捕まった二人はお前次第で助けられるが、シルヴィナのしようとしてることは不可能過ぎて助けられるわけが――」

「不可能過ぎるとは、どういった見解から出た言葉だ」

 横からベルグラーノさんが低い声で聞いてきた。

「エルデバ病は今日まで、不治の病だと言われてるんだ。そんなものの治療法がいきなり見つかるわけがない。見えないほどのわずかな希望にすがっても、結局死を迎えるしかないんだ。それなら、牢にいる二人を助けるために動いたほうが、同じ死でも大きな意義がある」

「つまり、無駄死にするなら人助けのために死ね、ということか?」

「そんな言い方はしてないがな」

「でも君は違う言葉でそう言ったんだ。しかしそれはエルデバ病が不治の病という認識あっての見解だ」

 ラウルがベルグラーノさんをじろりと見た。

「まるで不治の病じゃないと言いたそうな口振りだな」

「私の中にそういう認識はない。エルデバ病には必ず打ち勝てる術があるはずなんだ」

「なら何で今も治せない? この病気が知られるようになって一体何年、何十年が経ってる」

「何十年なんてものじゃない。片田舎のエルデバで最初と思われる罹患者が見つかったのは、今から二百年以上も前とされてる。だがそれは残ってた文献に記されてたからで、実際はもっと前から存在していた可能性もある」

「そうか。じゃあ二百年間、子供達はこの病気に苦しめられ、殺されてきたわけだ。だがそんなに長い時間が経ってるにもかかわらず、未だに克服できずにいるのは何でだ。大昔だってあんたみたいな学者はいただろう。条令がない時代から妨害行為を受けてたのか? それとも学者の頭が悪すぎるからか? どっちでもないだろう。懸命に研究したところで、治療法なんてものはないからだ」

「今と昔を同じように考えてもらっては困る。確かに病気が見つかった頃は、不治の病と思われても仕方がない状況だったろう。新しい病気で、研究する者はまだ限られてたはずだ。現代のように病気の情報もなければ、研究用の器具も少なく、精度も劣る。しかし二百年間であらゆるものは進歩する。情報収集の仕方も、研究環境も、我々学者達もな。昔にはわからなかった多くの謎が、今は解明されようとしてる」

「だが結局、解明されてないのが現状だ。あんたらの努力を認めないわけじゃないが、結果が伴わなきゃ無意味なんだ」

「それは違う。研究過程で得られることや意外な発見は多くある。それがまた次の研究に活かされ、目標に近付くんだ。現に、エルデバ病の病原体はその中で特定されたものだ」

 これにラウルの目が驚いたように見開いた。

「つまり、病気を引き起こす原因は、もうわかってるのか?」

「公には発表してないが、そうだ」

 僕も驚いた。病気の原因がわかってるなら、治療法もすぐに見つかるんじゃ……。

「そこまで解明して、なぜ治せないんだ。敵の正体がわかったんだろう?」

「正体がわかっても、どんな攻撃が有効かを見極めるには時間を要する。その上、研究資金が少ない状況じゃ、やりたいことを一気にやることもできないんでな」

「なら、正体を突き止めたことを発表して、街の有力者に資金を募れば――」

「そんなことをすれば、私への妨害が殺意に変わるだろう」

 ラウルはハッとして黙った。そうか……研究が進んでると知れば、偉い人達は怒り出すに違いない。

「だから、あえて発表はしてないんだよ。だが違う見方をしてほしい。妨害という一つの障害物がなくても、治療法の研究は格段に進むんだ。原因がわかってるんだからな。私にはその自信がある。しかしやめてくれと言って聞いてくれるような相手じゃない。だから私は隠れながら、地道に進めていくしかないんだ。どんなに時間がかかろうともな」

「聞いたでしょ、ラウル。ベルグラーノ先生なら、きっと治療法を見つけてくださる。この子を治してくださるわ」

 シルヴィナはラウルを見ながら、僕を両手でギュッと抱き締めた。ちょっと苦しかったけど、胸の中はあったかかった。ぼんやりだけど希望を感じたせいもあるかもしれない。

「……治して、条例違反を免れて、家族全員が助かれば理想的だ。だが治せず、ジュリオが死んだ場合はどうする。そうなっても村へ戻らないつもりか」

「その場合は……」

 身体を離したシルヴィナは、僕の顔をじっと見つめてくる。その顔は迷ってる感じだ。僕がいるから村には戻りたくないわけで、でも死ねばもう側にはいられなくなる……多分、僕の前じゃ言いづらいんだろう。なら僕が代わりに言うしかない――シルヴィナから離れて、僕はラウルの前に立った。

「僕が死んだら、村に連れ帰ればいいよ。僕の身体を渡して、家族を助ければいい」

「ジュリオ、でもあなたの身体は――」

「死んだ後の身体なんてどうでもいいし。痛みや苦しみを感じるわけじゃないんだ。切り刻まれようと溶かされようと、僕は何とも思わない。それでいいでしょ?」

 シルヴィナに聞くと、何か複雑な顔をしてたけど、長く瞬きすると静かに立ち上がってラウルを見た。

「私は多分、この子が死んでも手放すことはできないと思う」

「な――」

 ラウルが何か言おうとしたのをシルヴィナは手で止めた。

「だから、万が一そうなった時は、ためらいなく私を殺してほしいの」

「殺す? 何でそこまで……」

「じゃないと、ジュリオを取り返しに行っちゃいそうだから……それを止めるために、殺してほしい」

 見つめてた僕に気付くと、シルヴィナはちょっと笑ってから続けた。

「私にも、母さんとマルセロを助けたい気持ちはあるの。ジュリオはもう助からないと……そう判断できた時は、この子と一緒に、私の命も引き取ってちょうだい。もう、逃げも隠れもしないから……だから、それまで、待ってほしいの。お願い」

「俺はお前が現れるのを、十分待ってきた」

「あなたも希望は感じたでしょ? 先生なら必ず結果を生み出せるわ。それを見ずに、私は諦めるなんてできない」

 二人はじっと、真っすぐお互いを見てた。言葉はないのに、何か会話をしてるみたいに感じた。シルヴィナが懸命に説得して、ラウルが難しい顔で考えてる……そんな雰囲気がしばらく続いてたけど、ラウルが少しうつむいて、ハアと息を吐くと言った。

「……そこまでの覚悟があるなら、いいだろう。待ってやる」

 聞いたシルヴィナは安心したみたいに笑った。よかった。これで治療法を探せる。

「確かに希望はあるかもしれない。だが、一方で自由を奪われてる二人のことを忘れるなよ。早く救うために、お前達には死に物狂いで探してもらわなきゃ困る」

「その責任は私が持とう。必ず、成果を上げて見せようじゃないか」

 ベルグラーノさんは胸を張って言った。

「……ありがとう。ラウル」

 お礼を言うシルヴィナに、ラウルは冷めた目を向ける。

「俺はお前を殺すかもしれないんだぞ。礼を言う相手じゃない。……お前達のことは、ずっと見てるからな。そのつもりでいろ」

 そう言うとラウルは手斧をしまい、向きを変えて立ち去って行く。

「ラウル……気を付けてね」

 背中に声をかけると、その顔がちょっとだけ振り向いた。

「……お前達もな」

 ぼそっと言った返事を残して、ラウルは暗い道の先へ消えて行った。それを僕達は最後まで見送った。

「皆が皆、複雑な気持ちを抱えてる。これでいいのかと自問自答する。しかし正しい答えなどないんだ。だから私達は、自分の信念を貫いて進むしかない」

「ええ……そうですね」

 シルヴィナは僕を見ると、そっと手を差し出してきた。これが、シルヴィナの信念ってやつなんだ。僕はその手をギュッと握り返した。僕の中にできた信念を伝えるように。

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