たぬき
仏教では肉食など禁忌も禁忌なのだが、こちとら仏法王法の敵という覚悟もある。肉食妻帯なんぼのもんだと、師に頼んでみたところ近所の猟師に繋いでくれたのだが、これがまあ、たぬきしか罠にかからなかった。
「たぬきは普段食べないのか?」
わしが尋ねると、たぬきを解体している猟師は正直に答えた。
「皮は使い出がありますが。脂は塗り薬に使うところもあって、薬としては馬油よりも上かと。その脂が臭いもんで、上手く落とさんと食えたもんではありませんな。だから肉としては下といえば下かと」
「ならば同じ穴の狢であるところのアナグマも下かの?」
「これが不思議なほどにアナグマは食えるのですよ。アナグマは土を掘れますから土の下の物を食べるのにタヌキは掘れません。何を餌とするかが変わると、脂の質も変わってしまうのでしょうな。鶏も同じでしょう?」
「ふむ」
金子をくれる物好きの客相手なのだから普段から美味しく食べているとでも言えば良いのに、それでもこう言うということはよっぽど食べることがないのかもしれん。 そのまま解体を眺めるていたのだが、これは燻製にできんかなと思った。家族でキャンプした時にやった記憶がある。失敗で全然食べられたものじゃなかったけれど。
「なあ、煙で燻せば代わりに臭みが出るということはないのだろうか?」
「うーん、試したことが有りませんので何とも言えませんが、やって出来ないことはないかと。とにかく燻してみれば、別の匂いが加わることは間違いないのですから」
燻製の習慣そのものがないわけではない。普段から冬になると乾かした川魚を囲炉裏の上に吊るして燻すことは知っていたから、それを獣肉には替えられんかというと、それは時間がかかると猟師は言う。
あれは燻している間は腐敗せず食べられるという経験論から導かれた燻製であるので、食べるまでずっと燻して放っておくらしい。だから今日食べるなら今日だけ吊り下げて終わりになってしまうが、それで燻製になるかというと、多分そこまでは進まないだろう。
早く食べるにはどうするのが良いかと問うと熱のある煙で燻してはどうか、と言う。
猟師に銭を出してやると、彼らは地面に穴を掘って即席の窯を作った。
これで木片を焚きながら吊り下げたたぬき肉を燻していく。もくもくと煙が上がるので火事であろうかと多くの人がやってきては「またあいつが妙なことをはじめた」という顔をして帰っていった。
「どれだけ掛かるか分かりませんよ」
「日が落ちるまではやってみよ」
わしが言うと、猟師はここまで濃い煙で日が落ちるまで燻すと出来上がりはおかしなものになるだろうと笑った。
◆◆◆
出来上がってみるとこれが中々の見た目ではないか。たぬきの脂の臭みが飛んでしまい割と食べられる。
猟師が上手いこと脂を除けてくれたのもあるのだろうが、褒めてみると猟師は謙遜した。
そもそも初夏は脂が薄いという。ただ、食べられるのは食べられるが、味がしないのが難点だった。
「煙いばかりで、なんだか味がせんなぁ」
わしが言うと猟師も同意して言った。
「煙と一緒にどこかへ抜けてしまいましたかな。臭いよりは上等でしょうけれども」
◆◆◆
数日して、猟師は塩茹でした大きな鹿肉を持ってきた。表面は茹でてあるが、中身は火が通っているものではないという。これでもう一度やってみるかと相談していると、いつもの師家が入ってきた。
わしは禅宗なら誰でも知る食事五観の偈をもって、師家に注意をした。
「心を防ぎ、過貪等を離るるを宗とす」
すると師家は何事もないように言った。
「道業を成ぜんが為に、応にこの食を受くべし。だいたい、あなた様が過貪を掴んで離した事例を知りませぬ。ところで、この僧坊の以前の主を御存知でしょうか?」
「知らんな。考えたこともなかった」
実は考えたことくらいはあったけれども、悪い予感がしたので気にしないようにしていた。
師家は「さる方から戴いた」という少し古く見えるお札を示した。そこには諏訪大祝と書かれていた。悪い予感が的中した。
「この寺で腹を切ったという諏訪頼重がここの主だったのか」
「腹を切ってからどこへ向かわれたと思われますか」
「浄土であれば、ええがの」
「浄土教、末法の世にはお似合いですな。それはともかく頼重様が札をお書きになった札があるのですから、これこそが道業でしょうな」
「まあ、なるたけ盛大にやろう」
わしがそう言うと師はニッコリ笑った。焼いて火を通すだけでいいのではないかと猟師は言ったので、礼に銭を渡して帰した。師に茹でた肉を切らせると、わしは囲炉裏に持ち込んだ瓦の上でそれを焼いた。焼きながら、たぬきの時の顛末を師に話した。師は肉を燻すというのは面白い趣向だから、それを都にいる兄弟に対して報せるという。
焼き上がってそれぞれの前に置くと、師は「そうだ、あれを忘れていた」といって板の間の板をめくった。するとそこからサナギの形をした鉄の鐸が六つ束になったものが出てきた。
「それはなんだ?」
「諏訪の御宝鈴ですよ。この夏の戦いの最中に藤沢頼親殿という伊那の国人が盗み出してきたものを、甲斐府中に出仕しているがため戦に出られなかった諏訪庶流の高遠頼継殿という方が引き取りました。まあ、武田への嫌がらせのつもりでしょうな。それを諏訪頼重様の供養に必要だといって預からせて頂いたもので御座います」
「神の品を預かって、只事では済まんぞ」
「今頃は諏訪の衆が『御宝鈴が盗まれた』と蜂の巣をつついたように騒いでおる頃でしょうなあ。しかし、南蛮人の教えによれば『帝のものは帝に、神のものは神に帰しなさい』というそうで。神は罰せますかな?」
「穏やかじゃない」
「業尽有情 雖放不生 故宿人身 同証仏果」
師は普段とは全く武人の顔で微笑み、諏訪明神による四句の偈を謡って超然としていた。このときの師は、白く刺々しいのに靄のように薄く広がっている光を発していた。何かいらぬものが憑いているなと、わしは感じた。
「どうやら、お前が師じゃないのは分かった。何が憑いている」
行儀悪く鹿肉を乱雑に食い千切りながら、師は答えた。
「ミシャグジでも諏訪明神でも、なんとでも呼ぶと良い」




