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乗っ取り始末

 砥石城が落城した夕方、武田晴信が砥石城に入った。


 村上義清は砥石城が落ちたという報に接して何の動きをとることもできなかったのである。義清に能がないというわけではないのだが、誤算は確かにあって、それは取り返しのつかないほど重かった。

その誤算とは、義清は晴信がこれほど連続的に攻撃を継続できるとは考えていなかったことである。松本平で終わるであろうと考えていたのだ。

だから義清はそのとき、北信の国衆である高梨に兵を向けていた。


 高梨が村上に敵対的であるのは事実だったけれども、それ以上に高梨は武田に敵対的である。

そのことは義清も理解していたのだけれども、小笠原の生殺与奪が仁科の態度と晴信の気分次第であることを考えると、後背の安全を確保しようとするのも当たり前のことではある。野生は野生を信じない。そのためのロゴスを持たないからだ。

ここで義清の想像力は国人の限界を示している。大名である晴信は甲斐という巨大な後背地を持っている以上、家臣が謀反を起こすほどでもなければ信濃にはいくらでも出兵できるのだが、信濃国人の寄せ集め代表でしかない義清は周囲の意向に全てが左右される。


◆◆◆


 晴信は晴信で問題を抱えていた。矢沢源之助のことである。

源之助は砥石城に入ってきた晴信に二つの要求を突き付けた。二つの要求とは、今回使ったのと同じだけの鉄砲がほしいということ、そして砥石城の城主が今や海野の棟梁である真田であることを確認せよというものである。

望月盛時と禰津元直がその場で源之助と一緒にいたのだが、盛時は源之助に「然り、然り」と小声で相槌を打ち、禰津は「屋形の前で非礼だぞ」と相槌よりも大きな、しかし控えめな声で二人を抑止しようとした。

晴信は元直を手振りで制してから、首をひねってから少しだけ考えて源之助に返答した。


「城の主にはできん。そもそも城を攻めろと命じたのは儂であるのだから城の主は儂であろう」


「小県は海野の地であるのだから、元々が我らの城でありましょう。それを取り返したというのに城主が代わってしまうのでは話が違うのではありませんか」


「そもそもは儂がやれと言ったからやったのだろう。違うのなら種子島はやれんな。そなたの申す通りならば、むしろ力を貸してやったのだから、それに見合う褒美を和紙に出さんのか?」


晴信はそう言って、クスクス笑う。

この源之助の要求は褒美として城主が真田だとすれば武田の利益に貢献したということにはならないのだから、根本的に矛盾していた。晴信は、その矛盾に怒って源之助を罰してしまうことも出来るのではあるが、あえて別の手段によって止揚することで自らの威厳を高めることを好んだ。

この源之助のように、ちょっと跳ね返ってくるのを受け止めるくらいの方が、却って物事がうまく運ぶし、周囲の尊敬が得られるというものである。


「褒美とは?」


「この城は小県では最も重いから、褒美は善光寺くらいでないと割に合わんな。善光寺すら、儂にとってそれは十分な褒美と言えるものではないが、その先の妙高まで望むのは酷だと考えるのだ。そうは思わんか?」


源之助が呆れて何も言えなくなると晴信は源之助を攻め始めた。責めるのではなく、攻める。


「それまでは預かっておくから、城代として真田幸綱を入れる。不満があるなら村上にでも訴えればいいだろう。違うか?」


お互いにそんなことが出来るはずもないのは分かっていたから、要するに事実上の命令である。一応源之助が頷くと、晴信は続けて指示を出した。


「そなたらでは再建も容易ではないだろうから、こちらで普請を受け持って必要な人夫や材は出してやろう。後に来る普請衆と縄張り等についての詳細は協議せよ。この山が求められるべき規模と合致しない場合は別の場所に移すことも検討せよ。兵が足りなければ武田家中から出すので、まずは佐久の小山田備中守と相談せよ。これでいいか?」


源之助が「まあ、そんなもんか」という顔をしていると、隣にいる盛時が相槌を打った。


「素晴らしいですな」


 晴信はこれを止揚するのにあまり良い案だとは考えていなかったので、吹き出してしまった。源之助と元直はずっこけている。

それでも納得しない者はいなかったから、これはこれで解決した。


 鉄砲については問題があったので、これは完全に晴信が突っぱねた。


「それと種子島は儂がどうこうすることは出来ない。そなたらが種子島を扱っている衆に禄を与えることが出来るなら別だが、そうではないだろう。種子島だけでいいなら備中守にはこちらからも言っておく。状はそちらから回せ。儂が決めることではない」


「承知しました」


 問題は鉄砲それ自体ではなく、扱っている衆にある。彼らは武田家の人々だったから、信濃の国人のところへ勝手に移籍させるわけにはいかなかった。そんなことをしていたら人がどんどん離れていってしまう。

また、城代に真田を置くことは自らの了見の範囲だろうが、いくらかの種子島だけともなると話の程度が低すぎたのである。

実際やるといって下賜できなくもないが、それは取次を通じて公に行われるべきことだったからだ。

いくら屋形がそうしたと言っても取次である備中守は納得しないだろうし、するべきでもない。それは備中守がわずかな種子島すら扱えない愚図であると屋形が認めたようなものだからだ。

別に、そのことで晴信が良心を痛めるということはないのだが、自らの部下について適切な評価を行うことができないという評判が立つことは、何より晴信にとって避けるべきことだった。

晴信は義清と異なった形で、周囲と対峙しているのである。

屋形たるもの小さな了見ではにっちもさっちもいかない。


 源之助がこれに同意したのは、備中守がつまらない意地悪をするような人物とは思えなかったからだ。兄の幸綱も備中守は信頼が置けると言っていた。

眼前の晴信は信頼していなかったけれど、源之助にとって兄は絶対的に信頼できる存在だった。


 それに、晴信が「こちらからも言っておく」ということは、実際にくれるということだろうと、源之助は考えた。

備中守の件は置いておくとしても、こうやって何も約束せずに権力者特有の自由を一旦得ておくということは、この時代よくあった。それを一々勿体つけるな等と言っていては物事が進まない。

何か晴信に不都合があれば実際にはやらないということも有り得るのだが、この武田晴信という人物、不都合があれば親をも追い出すのだから、鉄砲くらいは些細なことだろう。


まだ自分が生きているという事は、どうやら自分が欲しい物は受け取ることが出来そうだということである。

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