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武家になれと言ったのが正解だったのかは分からないが、多分それが最も生きる道としては広いはずだと思う。それに、もしわしが死んだとしても感状さえ書いておけば、小山田なり矢沢なりが彼らを拾ってくれるであろうと考えた。
小山田の出羽守はわしが死んだとすれば、わしに対しては責任の一端を負うはずだ。二人くらい拾ったって罰が当たることはないだろう。
矢沢は武田を離れたとは聞いたが、わしが死んだら面白がって拾うのではないだろうか。
そういえば、武田は諏訪で大勝したらしい。矢沢はあっちに転んだりこっちに転んだり忙しい奴だが大丈夫かなあとは思ったが、気にしてどうにかなるものでもない。
出羽と行範のことも心配である。やはり実際に会ったことのある人物が戦に出るというのは、悪い意味で興奮する。
◆◆◆
猿楽は師も含めて四人で見物に行くことにした。師は二人が打刀を差しているのをみて、何故そのようにするのかと尋ねた。わしが二人に下賜したことを教えてやると、少しだけ驚いていた。
「へぇ、刀を下賜なさったと」
「二人はよう気付くから褒美としてやった。門跡には坊官というものがあって刀を差しておるらしいから、わしも真似をしようと思った。二人にはそれぞれ大きい方に大弐、小さい方に二位という名前をつけて呼ぶことにした。坊官というのは武士ではないかと思うのだが、おかしいかの?」
「坊官とは法衣も着ますし剃髪もする、地下家ですが立派な官人であり僧ですよ。肉食妻帯は避けませんがな」
わしはちょっと失敗したかなという気になったけれど、師はそれほど間違いではないことも教えてくれた。
「しかし、叡山などの行人には大勢こういう総髪肉食の僧ともいえん者がおるそうで。あれは槍や刀を振り回しておりますから、見た目からは何もおかしいということは有りませぬ。行人など武家と変わりません。寺に仕えるか武家に仕えるかの違いしかない。むしろ甲斐の武士よりも豊かで、派手な者も多かった」
師は法華一揆から逃れる形でやってきたから、あまり良い顔はしていなかった。
「ふぅん。まあ、流れ者の連れが汚い衣で刀も持っておらん河原者のような格好をしておると、わしの方まで賤しく見えるので困るのだ。それがおかしな格好でなければ、それでいいや」
「貴方様が賤しいと思う者などおりませんよ」
「わしが思う」
「本当にそう思われたのでしたら実に天晴な出来事ですな。仏門に進まれるが良いと存じます」
師は冗談を口にしながら満足気にしていた。二人のことが思い通りにいったのが満足だったのかも知れない。兎に角、人を現世で救うことが難しい世だった。
いくら公家の出だとはいっても、貧乏な師に出来ることは少ない。
◆◆◆
「名字はどうしたらええかの」
「あなた様は餅を撒くほどカラスがお好きなようですからカラスとでも付けたらどうですか。名字など、なんでもよいのですよ」
「しかしカラスはないだろうカラスは」
「ならトビとでもしなされ」
大弐と二位はその会話を聞いてウンザリしていたようだったから、トビでいいと決めた。そんな適当でいいのかとも思うが、師が適当でいいというし本人たちもそれでいいというのだから、仕方ない。
師が二人の本貫はどこかと聞くと、二人ともそれは分からないのだという。わしが横から「西方極楽浄土ではないか」というと二人は苦笑いして「はい、はい」と言った。
つられて笑った師は少し考えながら口を開く。
「甲斐の鳶氏は、元来は具平親王の子である源師房の後裔で……」
師の悪事が始まった。家系を勝手にでっち上げ始め、諳んじている。師は都で学んだ有職故実を生かして、こういう文書をでっち上げて日銭を稼いでいた時期があったらしい。だから字もけっこう上手くて、わしもたまに教わる。
そうでなくとも、普段からこの手の文書作りが本職みたいなところがある。武田に組み込まれた信濃の国人たちの中にも、自分たちの土地所有を正当化するための文書作りを師に頼み込む者がそれなりにいる。
「なんで源氏なのだ」
「その紋が竜胆ですし丁度良いでしょう?」
二人は小袖の上から肩衣を羽織っていた。それぞれ緑と藍の立派なのを着ていてる。たぶん大紋をリサイクルして仕立て直したものを買ったからか、竜胆の紋が入っていた。
師が言うところによると、竜胆といえば源氏なのだが、同じ竜胆でも微妙に違いがあるという。中々上等な家ではないかと推測していた。
「甲斐の他に本貫を置きたくなったら相談しなさい。場合によっては必要が出てくるでしょうから。適当に作って差し上げますよ」
師は自分に出来る事は何かをよく知っている人だと、思う。
◆◆◆
大弐と二位は、下の小袖を着流すのではなく、袴も立派なものをはいている。
肩衣を着ているのだがら袴を履かないのもアンバランスだが。全体的に、寺にやってくる武士たちの服装と比較してみると、二人は明らかにやり過ぎで婆娑羅とすら言えた。
稚児として寵愛を受けていただけあって少しほの暗い中性的な出で立ちを持っている。婆娑羅な装束によってライトアップされると、明暗がクッキリとしてより引き立つのだが、ちょっとゾッとする色気がある。
「そなたら、趣味がよいな」
「この衣は伊勢から流れてきた品だというておりました。良い色だと思いましたが、少し派手でしたかな」
「ちいと驕奢かもしれんが、目立たないよりは良いと思う。あれで銭が足りるかどうか余計な心配をしたのだがな」
これだけ華美では、武家よりも役者として台の上で舞っている方が似合っているだろう。本当にそれなら、出羽守より位が高そうにすら見えるではないか。いや、出羽は出羽で頑張っているのだろうが、あれは出羽という素材が悪いことに気付いてしまった。
二位は袴を少し振ると幼子のように喜んで話した。
「とんでもありませんよ、ほとんど余してしまった程ですから」
こうして、二位は言ってから「しまった、余計なことを言った」という顔をするのである。ちょっと間が抜けているところが良い。なるほど、これが女性ならわしも落ちたか知れんなと思った。
銭に関しては別にわしが持っていたとしても使い道もないのだから、二人が有効に使ってくれる分にはなんでも構わない。
「余ったら、好きに使えばいい。武具ももう少し必要だろうし、馬もいるだろう。食っていくのに寺から出る物で足りなければ、それを使えばいい」
言うと二人とも頭を深く下げた。残飯漁りのような状態にしておくのは、どう考えたって酷だ。我ながら良い使い道ではないかと少し胸を張った。博奕ですってしまうよりは明らかに良いだろう。
後から師は銭の価値について教えてくれた。師が言うには、西国よりも東国での銭の価値はとても高いらしい。
特に甲斐では、種子島を西から買ってくるのが理由だという。種子島本体を買うと薬も弾も必要になるから、大量の銭が甲斐から消えているのだそうだ。
わしがやった銭束は去年よりも今年、価値がとても大きくなったのだとしたら、放っておいた価値があったというものである。




