ゆや
「猿楽をやるのかあ」
わしは庭の池を眺めていたところ、宮に社領が寄進されたことを理由に社殿を改装するために勧進をやっているという話を聞いた。勧進というと銭集めのことだけれど、その一環として猿楽をやるのだという。
自分の坊に戻ると、普段から世話を焼いてくれる二人の下男にこの話を確かめた。彼らは何も言わずに少しだけ頭を下げて頷いた。
彼らは別の寺で稚児をしていた者を、師が目をつけて拾ってきたものであるという。師は男色を好まないはずだから、それを理由に拾ってきたのではないと思う。
確かに二人とも中性的で良い顔立ちをしている。だが、稚児というには成長期が終わっていたから、女の代わりとしては使えないだろう。
よって、あとは寺から追い出されるだけの命運だった。だから師はタダで拾ってこれたのである。
彼らの行く末は遊女のそれと同じである。色を売るというのはそういうことだ。
虎綱がなぜ"そういう人"ではなかったのか、よく分かった。この後に出世などあるはずがない。後に家中で最も高い地位を得た虎綱が、そうであることの方がよほど不自然である。
とはいえ、稚児というのは悪い話ばかりではない。それなりの教育は受けられるし、明日の飯の心配をする必要がない。
いくらなんでも人買いに売られるよりはマシだろう。
問題は彼らが俗人であることだ。
本来、彼らは"役目"を終えれば出家すればいいのだが、生憎この末法の世では出家するにも家柄と銭次第なのだ。
要するに、普通の手段では坊主になることすらできない。
だから追い出される際には必ず日銭を稼ぐ手段を見つけなければならないのだが、彼らには土地もなければ大した芸があるわけでもない、商人をするにも元手がない。
こうなったら『門前の小僧習わぬ経を読む』とばかりに聖か山伏など称するのが一番良い。
何が良いのかといえば、まじない師でもやって葬儀の真似事をすれば、一番手っ取り早く簡単に百姓から巻き上げることができることだろう。ささらを鳴らして唱導師のようなことをしても良いかもしれない。そうやって流しで生きていくのだけれど、大抵はすぐに死ぬ。
やっぱり良くない。
こういう流しの聖や山伏は、しばしば地元の寺社がやっている勧進を横取りするような形になってしまうからだ。宗教者に払える金なんてものは、大抵は増えたり減ったりしない。
変な者が銭を集めて回っているなどと近所で知れたら、石を投げられる程度では済まない。
もう一つの手段は、行範たちのように透波のような生業をすることである。平然と人を斬り、欺き、情報を運ぶ。
そして、それも出来ないなら死ぬしかない。
多くの稚児たちは死を選ぶことになる。
二度も元服できそうなくらい歳をくった彼らが、今さら明日の飯もあるか分からない乞食として生きることは難しいだろうし、武を以て野で生きることはもっと難しかった。
ところで、多分わしも人の子である。神の子かもしれないが、とりあえずは人の子である。
だから普段から世話を焼いてくれる二人に対しては何かしてやりたいという感情くらいは持っているのだが、あいにく自分が彼らに何をしてやれるのか、それが分からなかった。
それに、困ったことに彼らは声を出して何かを言うこともなかった。普段から、彼らはわしに話しかけることはない。
理由には心当たりがあった。二人に向かって呼びかけてみた。
「もし直答を避けるているというのなら、わしは禁じたことがないはずだ。もしかしたら禁じたように聞こえることがあったかも知れないが、そのようなことは一刻もすれば忘れているのだから気に病むことはない。忘れることが、わしの功徳である。で、今度やってくる座は何をやるのだ。熊野松風に米の飯。それより美味い安宅、邯鄲というが」
二人は少しだけ考えていた。誰でも貴人として扱われたいものだから、直答を避けるなという人は少ないからかもしれない。
「熊野をやりそうかと」
「熊野か。わしは嫌いじゃないが、戦で男がみな出払っておるから熊野にすると?」
「いいえ。女には松風の方が良いのではないですか」
「それなら、なぜ熊野をやると考えるのだ」
「彼らは他でも熊野をやっていたと聞き及んでおります。大和四座のように知られたところなら演目も色々とあるのでしょうが、流れ者の座であるそうですから一つ二つ出来れば上々ですよ。それに、関東から流れきた座には熊野をやるところが多いので」
「ふぅん熊野かぁ。わしは北山という奥熊野の村で生まれた。生まれてすぐに離れたものだから、あんまり北山のことは覚えておらん。それでも川を堰き止めて大きな溜め池を作っていたのはよく覚えている。諏訪ほどの湖ではないだろうが、なかなか立派であった。まあ、そのような湖も今ではなくなってしまったがな」
「ユヤは名が熊野と同じというだけで、故郷は遠江で舞台は京の清水寺ですよ」
下男の片方が少しおかしそうに笑った。失礼ではあるが、確かに馬鹿馬鹿しい勘違いのようにも聞こえたのだろう。つられて笑ってしまった。
「いや、それは知っておるのだがな。誰にも話したことのないことだから少しだけ耳を貸してくれ」
そうすると二人は真剣な表情に戻った。
「年の頃が進んでいくと、わしには碁の才があることがわかってきた。しかし熊野にそのような才を測ることができる相手などおるはずもなかった。そこで父と母は根来へと移ることにした。幸いにして父に根来にて知行を出そうという者がいたから、そうなったのである。今では根来も大変に栄えていると聞くが、わしがいた頃は大塔と大伝法院以外は大したものがなかった。みな田畑に換えられていて、塔頭など数えるほどしかない。寂しい場所であったのだ」
自分が見てきた景色の話を始めると、少し止まらなくなってきた。
「それでも大阪の本願寺がある方に出るには都合の良い場所だった。そういう意味では、奥熊野よりも悪い場所を探すのは難しいのかもしれん」
「甲斐より近いのではありませんか」
冗談を言うと本気で言い返されて、また少し笑ってしまった。
「それはまあ、そうかもしれないが。ともかく西方浄土の生まれだからか、こうして甲斐で生きなおすことになった。なぜ生きなおすことになったのかは未だわからんが、それもじきに分かる日が来るだろう」
全てを素直に話して、師とこの二人くらいは信じてやってもいいかという気になってきた。信じたから話したのか、話したから信じたのか、後者なら本末転倒であるが今はどうでもいい。
「わしの話を信じるか?」
「ええ、ええ」
二人は深く頷いた。
「時が経てばここを出る時が来る。その時に備える必要がある」
その辺に放り散らかしていた刀を両手に持って、それぞれに手渡した。
それは荒らし子たちから奪った刀であった。
「一つづつ持っておけ。そのままでは鍔がないから敵を刺した際に自らの手を切ることになる。鍛冶とでも相談してどうにか形にしておけ。今日から、そなたらは武家だ。わしが認めるのだから他の誰が何を言うかは全く気にする必要はない。名は今度決めてやる。姓はもっと先かもしれんが用意させてやる」
土倉の倅からもらった銭束を前に突き出すと、彼らはそれを遠慮なく受け取った。
「明日は府中で市があるはずだ。それでもうちょっと良い装束を買ってくるといい。ついでに、わしを猿楽に連れていけ」
猿楽(能)の演目「熊野」は、音読みして「ゆや」です。
ここで三郎は、熊野は女性が主人公なので「男が出払っているから選んだのか」と考えました。
一方で下男は「純粋に演目だけを考えるなら、田舎の女には松風が良い」という意味で回答しています。熊野はマザコン女の話で実は男向けであり、松風は貴族と海人の悲恋の話ですから表面的には女性向けにみえます。実際はそうでもないのですが。
挙げられた他の二つである安宅は義経のお話で女向きではなく、邯鄲は唐の話なので一定の教養が必要だと考えたからでしょう。




