速攻
天文十七年(1548年)春
「見えんではないか」
「なんでも御存知かと思っておりましたが」
富士のことである。一宮から南方を眺めても見えなかった。
この日は春の陽気が心地良かったので日帰りの旅に出ようと虎綱に言うと、行き先は一宮が良いのではないかと言う。愛宕山の向こうには連れて行きたくないのだろうと勝手に推量して、勧めに従うことにした。
最初は馬を用意すると言ってくれたのだが、わしは最近少し乗ったくらいで全然上達していないという問題があり、馬は寺の前に繋いで置き去りになった。
「なんでこんな見えんところで浅間など祀ろうとするのだ」
「富士が火を噴いたら危ないからでしょう」
「火を噴かんようにするのが役目ではないのか」
「噴くときは噴きますよ」
境内では禰宜や総代を中心に、氏子らが祭りの準備を進めていた。
この『おみゆきさん』という祭りは甲斐で最も大きな行列を作って、竜王の三社神社まで神輿を運ぶ。
わしも去年は見物に行った。戦国期にあってそれほど大きなことは出来んだろうと思ってナメていたのだが、どうやら武田の威信がかかっているらしく一地方の祭りにしては過剰なほどに豪勢であった。
一宮は晴信にも大切にされているようで、そのことを禰宜は誇らしげに語っていた。
◆◆◆
帰りのことだった。
山伏と思わしき者に、荒らし子のような若者が二人して因縁をつけている。
荒らし子というのは雑兵の中でも一際身分の低い連中で、普段は野良仕事をしている百姓だ。
それが戦になると各種の雑用のために駆り出されるのだが、無理矢理連れて行かれる役らしい。
一応は刀を差しているが、その姿はみすぼらしく見える。みすぼらしいだけではなく、全くサマになっていない。
だから武家ではないのがすぐに分かった。
彼らは戦でも何もすることがなく殺されるか逃げるかの選択しかできない。
別に彼らに意気地がないというのではない。
彼らは武家ではないにもかかわらず、戦に無理矢理連れていかれるのだ。
そもそもが戦う義理はないだけであって、逃げることは正当である。
だからこそ先頃の戦で敗れて仲間を失ったやり場のない憤怒が積もり積もっているのだろう。武家なら戦って死ぬことも納得がいくだろうが、彼らはそうではない。
若者らは信濃から来たと思わしき者たち全てに暴力という形で自らの怒りを打ち付けているのではないか。
彼らは山伏を道から畑に突き落とすと、足蹴にして嬲りはじめた。錫杖を折られ、白衣には血がにじみ始めている。結袈裟は引きちぎられようとしていた。
この頃の山伏にとって恐ろしいのは自然ではなく人間であるのかもしれない。
市女笠を浅く被ってかすれたような紫の装束を着た若い巫女が、夫を助けようと泣き喚いて若者らに縋り付き、許しを乞うていた。
多分、女連れというのも良くない。それも少し美しいのが重ねて良くないのである。
このまま見ていると死んでしまうぞ、と思ったので虎綱の脇差を抜いて使ってやろうとした。
すると、その手を虎綱は抑えた。
面倒なことには係わるなとでも言いたげな冷ややかな目をして、こちらを見ている。
そもそも刀など子供に使えるものではないことは知っている。
ただ理由はなんでもいいのだが、よくないことが目に入るのが気に入らない。
わしの頭というよりも、この誰か他人の身体の性分なのだと思う。
「お前は馬鹿か。わしを徒手で行かせるつもりか?そなたは今から頭を丸めるか?」
虎綱は表情を明るくし、意気揚々と「承知しました」とだけ言う。
そのまま、わしの手を振り払うと足音もなく歩いて若者に近寄っていった。
若者は近付いていく虎綱に気付かないまま、相変わらず山伏を踏ん付けたり嘲ったりして遊んでいる。
スッと太刀を鞘から抜いた虎綱は、黒い刃が陽の光に反射して光る暇もないほどの速さで、若者の片割れを背後から思い切り刺した。
完全に胸を貫通した刃を見て巫女は何事か絶叫していたが、虎綱はそれに構うことがない。
死体になることが決まった若者の身体を蹴飛ばして太刀を引っこ抜く。それを残りの片割れに叩きつけた。
力任せだったからなのか胴を半分くらい袈裟斬りにしたところで斬れなくなったらしい。
また引っこ抜いてそのまま死体の衣で太刀についた血を拭っていた。
「斬れんのは恰好が良くないな」
虎綱は憮然とした顔をしていた。
「人の脂が刃につくと斬れんので」
「なら一人目を斬って二人目を刺せばいいだろう」
また要らんことを言ったなと口に出してから思った。口から出てしまえば返せはしないから、後悔がまたやってきた。どうも制御できないのである。もう天性のイランコトイイだ。
虎綱の声に怒気が籠っているのが分かった。
「巫女も一緒に斬ってしまっていいならそうしたでしょうな」
「悪かった。大儀だった」
わしが沈痛な表情で申し訳なさそうに言うと、虎綱は慌てて取り繕うように機嫌を取り戻し不自然な笑顔を作った。
だが、すぐに死体に視線を戻して表情を曇らせた。あんまり長居していると百姓どもが寄ってきてああだこうだと揉め事になって困るのだろう。
こういうときは、さっさと逃げるに限る。
「おい山伏、立てるか」
山伏は何とか立ち上がって笈を背負い直すと、わしと虎綱に頭を下げた。喉を潰されたのか咳き込んでいる。
泥まみれだったが、歩けるようだった。
「二人とも、ついて参れ」
死体から刀をくすねて虎綱の背中に飛び乗り、再び帰途についた。
◆◆◆
ところで、小山田出羽守もそうだったが、虎綱も刀を構えるということをしない。
彼らが使うのは剣術なんて生易しいものではなく、文字通りの喧嘩殺法で、いかに早く抜いて躊躇なく殺すかということしか頭にない者の法である。
生き残るということこそが強いということを意味する世界を彼らは生きている。
地道な修行を繰り返すより、いざというと時に決断することの速さの方がよほど重要だ。
結局のところ、修行で殺人術は身に付かない。
どれだけ修行したところで、人は人を殺すことに抵抗を覚える生き物であると思う。
だが、人を斬る度に殺人の心理的ハードルは下がっていく。
この時の虎綱は神速、即ちそれは既にどれだけ人を斬ったか数えられないことを意味していた。
虎綱は最初、嫌々な顔をしていたはずだ。なのに、わしが事実上『斬れ』と命じた途端に態度を翻した。
理由はよくわかった。
彼はもう殺人中毒である。
若者らの間違いは単純だろう。
相手が誰であろうと気に入らないなら、余計なことを考えずにさっさと刀を抜いて斬るべきだった。
嬲ろうなどとしているのは思い上がりでしかない。
いつどこの誰が反撃するかは分からない。それを心に深く刻んだ。
東光寺からみて愛宕山の向こうとは、躑躅ヶ崎館と城下町です。




