烏の飛ぶ方へ
天文十七年(1548年)年始
年が明けてまた一つ歳をとった。この時代の人々は寒さに強く、感覚器の鍛えられ方が全く違うのではないだろうかと思う。
温度感覚のおかしさについては自分もご多分にもれない。慣れというのは恐ろしいもので、寒いのは寒いが死ぬほどとは思わない。自分の坊にある囲炉裏には、世話をしてくれる下人が火を焚いている時間を除いて火が灯ることがなかったが、身体を着物の山に埋めていれば平気だったのである。
ただ、甲斐でこれなら蝦夷地はどれほどなのだろうか。流石に慣れというものにも限度があって、暖房器具もなしに人の住む寒さだとは思えない。あの辺りでは立ってるだけでも凍死してしまうと思うのだが、何か凌ぐ方法があるのだろうか。
ところで最近、人間の感覚というのは自らが考えているよりも環境に支配されているということを、よく考える。
味覚に関して大雑把に言えば、苦味や渋味に対しては耐性があるけれども、甘味に関してのこだわりは現代よりも凄まじいものがある。最近の気付きは、この時代の人々は甘味を求めて酒を飲んでいるのではないかということである。
視覚もそうだ。この世界で色彩を作り出し得る光は、太陽以外にない。電灯は色彩の概念そのものを変えた。
水墨画というものの真価はここにあるのだと思う。たしかに炎や月の光では色を感じることはできないが、濃淡で色彩を表現してすることによって逆説的にフルカラーとして解釈し得る芸術なのだ。
現代の好事家が分かったような口をきいたところで、普段から電灯のある色彩に溢れた生活をしている以上、墨による芸術の真価をこの時代の人々以上に理解できることはないと思う。
こうやって環境が感覚を支配し、感覚は思考と感情を支配している。
この世界のわしは、以前のわしとは全く違っているのではないかと、今さら気になりはじめた。
魂が連続して存在しているわけではなく、記憶だけが贈り物として残っているだけなのかもしれない。
ジョン・ロックも同じ悩みを抱え、同じ記憶があれば同一人物であると割り切ってしまうことにしたのだろうか。
もしかしてロックって転生者だったのだろうか?
◆◆◆
雪が止んだ冬の合間の元旦のことである。
大晦日の深夜遅くに鐘をついてからというもの、雲水たちは経堂に入ってずっと経を読んでいるらしい。
普段どおり経さえ読んでいればいいというものではない。師は勿論のこと、わしよりも少し上の幼子たちですら忙しそうに走り回っている。
なんぞよくわからない用事で来る檀家の世話もせねばならんし、正月の飾り付けもしなければならんわけで、大変だなあと眺めていた。
そもそも禅宗ならくだらん俗世のことからは一旦離れた方が良い気もするが、現実にはカネもコメもないと飢えて死ぬだけだから、そうもいかない。
ふと、何もしないでいることに少しばかり罪悪感が湧いてきた。暇人のわしにも手伝えることの一つでもないかと思ったのである。庭に集まっている小僧たちの中に入って言ってみた。
「なんぞ手伝うことはないか」
すると老師が、雲水たちが大晦日についた餅を、経木で挟んで綺麗な布にくるんで手渡してくれた。
「酒折宮にこれをもって奉納してこられるとよろしい。お一人でも大丈夫ですかな?道はわかりますかな?」
「大丈夫だ。そのくらいはわかる」
わしは安請け合いして餅を受け取ると、うっすら積もった雪の中を歩いて宮に向かおうとした。
これまで一人で出かけることはなかったから、さしずめ「はじめてのおつかい」だろうか。
門前まできて、誰か心配して後ろをついてくる者がないかと振り返ってはみたのだが、そんな暇はないと誰もついて来なかったようだ。体のいい厄介払いだったのである。
◆◆◆
暇だったのも役立たずだったのも確かだが、こうやって厄介払いされるのも少しばかり腹が立ってきた。
一番忙しそうにしている師を呼び出してやると、ほいほいついてくるという。まあ、こいつの場合は忙しそうにしているのであって、実際に忙しいのではない。
どうせついてくる目当ては宮司が隠し持っている酒だろう。悪口陰口そして愚痴の次は酒で繋がっているというのだから呆れる。
それも宮司は神職であることを活かしてくすねてきたのだろうから、何重にも悪い奴らであると思う。
それでも一応訊ねておいた。
「なんぞ忙しそうにしていたが構わんのか」
師は開き直って言う。
「年末に向けてやっておくべき仕事を放り出していた雲水どものせいで皆が慌てふためいているのです。その責は彼らが負うべきであって、自分には関係ないことでしょう。つまり拙僧にやるべきことなどありませんから、酒でもなんでも自由にしても良いということですな」
生臭は生臭なのであるが、この時代には信仰心もそれくらいが丁度いいのかもしれない。
誰にもよくわからん禅定とかいう儀式で解脱して衆生を救済するというのは、平和な時代にはそれでいいのか知らんが、この時代には俗世から離れた戯言にしか聞こえない。
本来救われるべき衆生から離れてどうやって導くというのか。
まあ、それでも限度というものはある。博奕に金貸しで殺し合いだけは勘弁していただきたい。
道すがらには日の出前から百姓連中が集まって何やら集会を開いていた。雪の白色が入り混じった畑の中に、小さくちぎった餅を投げ込んでいる。
「からーすからす」
「みざーきみざき」
日の出と時を同じくして出てきた初烏が、餅を啄んで飛び去っていく。多くの烏が百姓の大きな掛け声に応じるかのように鳴いているのだが、どこで鳴いているのかが分からない。その後も何羽か人の目の届かないどこからかやってきて餅を啄んで、また違うどこかへとすぐに消えていく。
百姓たちは何かそれで占いをしているようで、今年の作付なんかについて話し合っているようだ。
ミザキは漢字では「御先」と書くように、人々や神々を先導する存在を意味する。
ここでは熊野信仰から初烏が御先と看做されているのだろうが、こうも烏がすぐに消えてしまって何も導いてはくれないようにも思える。
◆◆◆
宮に到着してみると、少し入ったところで庭火が焚かれており、5人ほどの武者がその周りで暖まっていた。
その中でも地味な深縹色の直垂を着た男がこちらに向かって手を振りながら駆け寄ってくる。この前助けてもらった小山田出羽守であった。
一方、出羽の姿を見た師は「まずい者がおるぞ」と口にして、すぐに宮司のいる家に足を向けていた。
出羽は挨拶もそこそこにして、わしの来訪を予期していたかのように言った。
「近所の庄屋に家を借りておりますので、そちらで少々」
庭火の周囲にいた武者たちは出羽の臣下たちで、二言三言の指示を受けるとすぐに散らばっていった。其々が持ち場について、おかしな者が入ってこんように見張っておけと言い含めておいたらしい。
「えらく準備が良いな。老師も小山田の家の者だったのか?」
「ああ、あれは小山田の縁者でしてな。できれば一人でいらして頂けるようにと言っておいたのだが、そう上手くは事が運ばないものですな。それでも御成り頂けたのだから、幸いなことですかな」
この頃の寺院には多くの武家の次男坊三男坊が口減らしに送り込まれることも多かったから、今回の場合は他家の縁者に尾行されたり同行されては困るということだろう。
その点で、あの師は丁度良い。彼はある隣国に下向してきた公家の出だったらしいのだが、博奕で作った借銭の証文から逃れてやってきたと自身で言っていた。
ここまでくると色々と怪しすぎることが逆に怪しくないのである。それに危険を予知する能力が高いのもある。こうやって目的地にくると酒だ女だとふらふらするから、一緒にいることがないのであまり意味はないが、道中はたしかに頼りになるのである。
「あれはわしが連れてきたから老師を責めてやるな。それに、あれは酒の飲みすぎで明日には何もかも忘れてしまうだろうし、気にする必要はない」
「確かにそう見えましたな」
出羽はわしの人選に感心していた。
◆◆◆
「今日は冷えるな」
庄屋の家は中々立派なもんであるが板間は大変に冷たく、囲炉裏の火は消えかかっていた。
家主が出て一刻は経っているのだろう。出羽はいくらかの焚付と薪を持ってきてくべた。
炎はゆっくりと上がってゆらめいて光を作り出し、それが照らすわずかな範囲の温度がいくらか上がっていた。
出羽は対面ではなく、左側の隣辺にあたる位置に腰を降ろしていた。手慰みに火箸で薪の位置を調整しながら、世間話を受け取っていく。
「申し訳なく思いますが、拙者の屋敷はどうしても目立つものでございますから」
少しだけ要望してみたかったことがある。
「出羽殿ともなると小山田という大身ですから、それはもう大層な屋敷に住んでおるのでしょうなあ。わしは小さな小さな僧坊での仮住まいが続いておるから大変に羨ましい事ですな。坊主でもないというのに僧坊住まいとは何故このような仕打ちを受けねばならんのでしょう。出羽殿の御立派な屋敷のいくらかでも分けてはくれんかの。うちはこれより更に寒く、凍えてしまって何も考えられんのでな」
冗談とも嫌味ともとれる言い方に対して、少しだけ愛想笑いをした出羽は、何も言わず目を細めて火箸で薪を触り続けた。
わしは持っていた扇子を開いて静かに仰ぐと、火に向かって送り込まれた風が火の粉を飛ばし、薪が赤みを増していく。周りが少しだけ温かくなったような気がした。
一つ気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば諱を知らなんだ。訊ねてもよろしいか?」
「拙者は小山田出羽守信有ですが、父も同じ字で信有というものですので、あまり詮無きことかと。それに長男にも信有とつけるでしょうから」
それで言わなかったのかと合点した。別に隠すほどのことでもないのだが、言うほどのことでもないと考えているのだろう。
「なるほど小山田出羽守殿、それでこのような所で何用かな?」
「それでは武田三郎様、御尊父の晴信様について少々お伺いしてもよろしいかな?」
意外なところからボールは飛んできた。
「ミザキ」は「ミサキ」「オミサキ」「カミサキ」など様々なバリエーションがあります。
この百姓たちの儀式は烏勧請と呼ばれるもので、形式は地域によって大きく違うのですが、だいたい何らかの形で烏に餅などを餌として与える儀式となっています。
烏勧請は全国で行われていましたが、熊野信仰を背景としているため熊野への崇敬が篤い東国で盛んだったようです。




