↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

信じる心

  天文十六年(1547年)夏


 雲の合間をすり抜けた光を反射した水たまりを、朝課に向かう稚児たちが列になって飛び越えていった。わしは列には加わらず空を眺めるばかりで、朝課に向かうことを良しとはしなかった。

より正確に言えば、誰も頼んできたことはないし、一度たりとも命じられたことがないから、行っても逆にみなが困るのではないかと思う。


 そもそも坊主になった覚えがないから、当たり前ではある。


 これは朝課ではないのだが、一度だけ師と呼ばれている人に頼んで、皆に混ざって坐禅を組んでみたことがある。

しかし結局すぐに気が散って仕方がなかったので諦めてしまい、坐蒲を枕として寝転がった上、居直りを決め込んでいた。とんだ厄介者である。


 警策で叩かれるのを待ちつつ「禅というのは難しすぎる。わしは向いていないですな」などと、つまらんことをほざいていた。

すると師は「大疑は大悟の基でしょう。あなたの疑いはとても大きいでしょう。悟りも大きくなる」という。怒ることもなく上手いこと人を誉めたのか、お前はその歳にして煩悩まみれだと遠回しに言ったのか。

師だけあって何を言ってるのかよくわからない。そうしてから、師は下っ端の雲水と呼ばれる坊主たちを警策でベシバシ叩いて廻っていた。


 坊主としての修行は、その一度きりに終わった。


◆◆◆


 酒折宮という社が近所にあって、そこへ出かけることが二月ほど前から増えた。師と宮司の仲が良いらしく、よく愚痴を言い合っている。その横についていくのだ。


 宮は甲斐府中の城下から少し東に外れた場所にある。栗橋や吉田を通じて武蔵や相模へ向かう道や、雁坂峠という大変険しい峠を超えて秩父へ行く道などが別れている、武田の東の玄関口だ。

記紀によると日本武尊が東征した帰りに立ち寄った場所らしい。確かに甲斐国に東から入ろうとすると、どの道を通ってもここに行き着く。

が、この地の支配者たちからはそれほど大事にされてこなかったのか、その後の詳しい有り様は禰宜もあまり分からないらしい。

月見山に元々あった宮が降りてきた、それは間違いないという。だが、それがいつのことかは由緒が古すぎて分からんのだと。


「だからこそ有り難いんですよ」


禰宜はそう開き直っていた。


 沢山の行商どもが前を通っていくので、わらしべ長者を始めてみた。

近隣を廻っている商人たちの間で少し噂になったらしく、願掛けのようにして面白がったらしい。真言や念仏、庚申のまじないなどを口にしながら交換を進めてくれる。

最初は甲斐では使えないヒラメ銭だったのだが、今では両刃の短刀となった。


 ところが今週に入って出入りがめっきり減って交換が全く進まなくなった。商人たちは出てくるのだが入って来ることがないし、逆に郡内地方の武士はどんどん入ってくる。

商人たちは小田原に向かうという者が多いようだ。小田原は関八州で最も栄えているという。

一般に関東の政情は常に悪かったので、賊が多すぎて荷を奪われるから商売にならないらしいのだが、北条は賊を取り締まる力がある例外らしい。

力があるからカネとヒトが集まり、それがまた力となるのだろう。


◆◆◆


 わらしべ長者を続けようと立っていると、一人だけ軍勢から離れた雑兵がやってきて、強引に腕を取られた。

ろくな抵抗もできずに社の森の茂みに連れ去られ、覆い被さるように押し倒されてしまう。

脇腹に木の根に当たって痛い。草を潰した青臭い匂いも、雨の後で湿った土も、梅雨が明けた空の青さも、雑兵の荒い鼻息の音も、全てが不快だった。

恐怖があるのではない。ひどく機嫌が悪いとしか言い表せない。

水干を無理にひん剥こうとするので肌が擦れて傷となり、関節がおかしな方向に曲げられようとしていた。

思わず声が出る。


「痛いっ」


 わしの声が聞こえたのか馬に乗っていた分だけ視線が高いからか、軍勢の中で唯一それに気付いた上級の武士が馬から降りて走ってくる。


「何をやっとる」


走ってきた割に息が上がった様子もなく静かに言って、のしかかった雑兵を蹴り飛ばしてしまうと脇差で雑兵の首を刺し、そのまま地面に串刺しにした。気付いてから殺すまでは十数秒の出来事だった。

器用なもんだなと思った。わしは眼前で殺生があったのに、いたって冷静ではある。何か感情が出てこない。


小山田出羽守と名乗ったその武士に対して、頭を下げて礼を言った。


「首を刺すとは器用ですな。助かりました」


出羽はきょとんとしていた。髪を束ねていなかったので女児だと思っていたのが、男児だと気付いて驚いたようだ。なんだ男だったのかと独り言をしてから、出羽は胸を張って言う。


「斬ると血が多く出るし、他を刺すと絶命の際にうるさいのでな。宮の前で殺生したことを神仏に気付かれたくない」


 宮司と世間話をしていた師が騒ぎをきいて大慌てで戻ってくると、何度もペコペコと頭を下げて礼を言った。それはそれでおかしい。雑兵の出処は小山田勢なのだから、甲斐で暴れることがあれば頭目であろう出羽が処すのは当然だろう。

師と出羽には釘を刺した。


「そもそも小山田勢の不始末なのだから、一度頭を下げれば十分である。そこまで何度も頭を下げんでいい。そして出羽殿、わしは礼を言うてやったのに、そなたは詫びることがないのか」


出羽はわしが持っている短刀を指で示して言う。


「自分の身は自分で守れ」


「わしが殺生をしてもいいのか」


出羽は少しだけ考えてから、深く頭を下げて詫びた。わしの横にいた師は顔を真っ青にしていた。


ついでだから、その死体はどうするのかと尋ねると、軍勢の中にそれを買い取る者がいるという。ちなみに買い取った後にどうするのかも尋ねてみたが、にべもなかった。


「世の中には知らんほうが良いこともある」


◆◆◆


 ついでだといって小山田勢と一緒に酒折宮に参拝した後、出羽に対して言った。


「武田の者は諏訪だ浅間だ善光寺だといって、自らがどこに住んでいるのかも分からんのだろう。信濃に駿河、相模のことで頭が満たされている。屋形が国中の宮を大切にしていれば、わしもこんな目に合うことがなくて済んだ。信濃で戦うのは甲斐の兵だろう。武田の兵を育てたのは甲斐の地であるのに、諏訪や浅間にばかり頭を下げるようでは先が知れる。屋形が愚かでは国が滅びる。日本武尊にそのようなお告げをされたと言うておけ」


出羽は不思議そうにした。わらしべ長者で手に入れた短刀を渡してやった。


「ほれ、下賜してやる。これが駄賃だ」


あまりにも尊大な態度で言ったものだから、何が何やらと出羽は首をひねっていた。ある程度なら許容せずに無礼だといって叱ろうとも考えるが、想像の限界を超える尊大さだったのだろう。かたじけないとだけ言って馬に乗り、そのまま城に向かった。


 その後聞くところによれば、小山田出羽守が此度の儀について晴信公から脇差を受け取ったらしい。同じく酒折宮の社領は倍ほどに増えたという。反比例するように宮司の愚痴は減って、社殿を立派に改装しようとしている。

こうして師は愚痴をこぼす友を一人失った。わしの一大事に、傍におって助けんかった罰であると思う。

※注釈

浅間という言葉で指しているのは浅間山ではありません。古くは火山の意がある一般名詞だったようです。

特に、ここでの「浅間」は浅間神社と富士山のことを指しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。