「生きる」作戦のゆくえ
翌日。・・・課長のオフィスである。
「部長、実は」
課長は深刻に切り出す。部長が驚いた目で課長を見上げる。
「はい。なにか・・・」
「実はですね、おりいってお話したいことが」
「おりいって?」
部長は眉をひそめる。
「ええ。一身上のことで」
部長は少しの間ぽかんと口をあけた。そして、歳のわりにつぶらな目を白黒させて、あたりを見まわし、小声でいった。
「田村くん、君らしくもない、落着きなさい。そういう話なら、社の正式発表のあとにしなさい」
「はい?」
部長はひとさし指を口にたてた。しかし、ややあって、思い直したように、いった。
「いや。そうか、課長も動揺しているか。わかった、まずは部で役付会議を開こう。みんなをよんでくれ」
「役付会議」
「うん。私から、許された範囲で話す」
部長は、ただならぬ表情だった。
部の会議室に、課長六人が集められた。
今にして気づいたが、部内にいる社員たちは、心なしかそわそわ落着かない、妙な雰囲気だった。
会議室に行く途中、同僚課長が、「田村さんが猫に鈴をつけたか。いいね。こういうことは正式に早く知りたいから」と、しょんぼりした顔で課長の肩をたたいた。
課長は驚いてまわりを見た。
みな、どこか沈んだムード。ガンのことで頭がいっぱいで、暗い心の沼に沈みきっていた課長には、いままで全く目に入らなかった。
今朝は新聞も読んでいないしテレビも見なかった。そういえば、会社の前に、放送局の車がいたが、ただ目にうつっただけで何も考えなかった。
「一部マスコミが、噂としてすでに報じているようですが」
部長は目をぱちくりさせて喋った。それは脅迫された初老のキューピーさんを思わせた。おののきつつも、部長は目をつぶりきっぱりといった。
「噂は本当です」
会議室内は平然とした沈黙。誰も何にも動じない。さすがは管理職。すべてをのみこんで、すべてをシュミレートしてしまった気配。部長は続ける。
「もう三十分もしたら社長が記者会見しますが、発表内容は基本的にマスコミがいってるとおりになります。ただ、事態はもう少し深刻で・・・」
サドン・デス。会社突然に死す。手形不渡りにより事実上の倒産。
課長がガンを告白する前に、先手をうって課長の会社が逝ってしまった。しかも粉飾決算が発覚。黒字決算は大うそ。実は債務超過。
そうだったのか。
ニ十年もつとめた会社だが、あっけなく消えた。そんなものなのだ。
誰かが本に書いていた、
会社とは一冊のファイルノートにすぎない。
その通りだとは思っていたが、このたび、はっきり実感した。
会社の仕事に余命を賭ける、なんてお笑い草の露と消えたのだ。
課長は下を向き、「ゴンドラの唄」をぶつぶつとをつぶやくようにして歌った。課長の「生きる」作戦は失敗した。
・・・つづく




