6:パパ活
15時10分。
予定していた講義が終わり、アンジュは同じ講座を受講している友人のミサたちを含む仲の良い数人でハドルルームへ向かっていた。
今日の議題は個人でこなすのはかなり時間がかかるため分担して行う。
チームプレーも学習のうちだ。
皆はそれぞれ適当な椅子に腰掛けノートを開き手際よくペンを滑らせながら議論が進み、筆が乗ってきたところでミサが友人に声を掛けた。
「そーいえばさ、あの起業家の先生の講座取ったんだって?」
ミサがペンをくるくると回しながら、向かいに座るクールな友人に問う。
ミサの発言にぴたりと皆のペンが止まる。
有名な起業家で非常に人気の講師。
彼の講座は一般的には手が出せない高額な講座料で話題になっていた。
問われた友人は、さらりとこう答えた。
「うん、パパ達に頼んだらあっさり了承してくれて、お金出してくれたんだよ」
絶対受けたかったから凄く嬉しいと、真顔で続ける。
ほかの友人が疑問を投げかける。
「パパ達って?」
彼女はああ、言ってなかったか、と飄々としながら言葉を返した。
「私パパ活してるんだ」
皆の目線がじっと静かな音を立ててパパ活発言の彼女に集中する。
視線を感じた彼女もみんなを見ると、言いたいこと、聞きたいことが顔に書いてあったので察した。
「やましい事をしてるわけじゃないよ。
若い女の子からチヤホヤされたい富豪の遊びみたいなもん。ご飯行ってお金もらって、それだけ。家庭持ちの人ばかりだから深追いしないし」
結構皆やってるし…、と再び視線は手元のノートに移り課題を進めていく涼しい顔をした彼女に合わせて皆も視線を机に落としていく。
「めちゃくちゃ羨ましい」
「割り切ってていいね」
「わたしもそれしたい」
「彼氏持ちには無理かなぁ」
などとそれぞれ感想を述べる。
アンジュは先程の話から図らずしもイーサンの事が過ぎってしまった。
スポンサー契約、これはパパ活に分類されるはず。
「…よし、できた。私そろそろ行くね」
アンジュが課題を早々にまとめ上げると、早、お疲れ、と皆が口々に言う。
大体学校の後は足早にバイトに向かうのがアンジュのお決まりであったため、特に何も問われることなく笑顔で手を振り合いハドルルームを後にした。
◇◇◇◇
15時50分。
イーサンの到着を待つのにちょうど良い時間だ。
大学を出てすぐ側の銀杏並木を目指す。
先程のパパ活という言葉に、どうも心が乱されている気がする。
富豪の遊び、ご飯行ってお金もらって、そして家庭持ちだから深追いしない。
「……」
あまり追求てしまっては、イーサンに失礼だと思った。
お互い都合の良い形で割り切ってしまえば、それでもいいのでは。
頭ではわかっていても、なんとなく心がついて行かない。
鮮やかな新緑のいちょう並木が見えた時、歩道に設置されていたベンチに腰掛けるスタイルの良い人影が目に入った。
アンジュは小走りで駆け寄る。
足音が聞こえたのかこちらに気がついたイーサンが立ち上がった。
「アンジュ、お疲れ様。今朝ぶりだね」
爽やかなイーサンの笑顔につられて笑顔を作るアンジュ。
待たせてごめんなさいと謝るとイーサンは首を振った。
「いや、早く会いたかったから…早く来てしまったんだ」
一つ一つの言葉を丁寧に話すイーサン。
その言葉を真に受けたくなくて少し切なくなってしまった。
嬉しいという感情が正しいのか、悲しいという感情が正しいのかよくわからない。
言葉そのものを素直に受け取るには勇気がいる。
「色々話したいことがあるから、行こうか」
そう言って数メートル先の黒いセダンの車を案内された。
助手席の扉を開いて誘導される。
あまりのスマートっぷりに恐縮しながら席に座る。
運転席に乗ったイーサンに再度お礼を伝えると、僕がやりたくてやってるだけだから、と困ったように笑った。
「近くの国立公園、今プリムラの花が見頃らしい。そこでいいかな?」
「え?」
「花畑…、嫌だった?」
全然、嫌じゃないよと首を振るアンジュをやや不安げに見つめるイーサン。
てっきりホテルかどこかに行くのかと思っていたアンジュは驚いた。
彼に期待しない方がおかしい。
あ、となにかに気がついたらしいイーサン。
「後出しで申し訳ないが、昨日出会った男の車に2人きりで乗るのは気が引けるだろうけど、近くまでだから安心して欲しい」
早口で切迫した表情でそう語った。
どこまでも紳士的でやさしい。
自然と笑顔が溢れてきてくすくすと笑ってしまったが、
行き先について快く了承した。
笑顔のアンジュを見てイーサンも安心し、エンジンをかけ車を走らせた。
車内の窓を少し開けて、ドライブをする。
色素の薄いアンジュの髪が風で少しなびき、キラキラと輝いている。
遠くを眺めているアンジュをサイドミラー越しに確認すると、どことなく淋しげに見えた。
20分程度で到着した国立公園に隣接する駐車場に車を止め、入口の受付で手続きを済ませて入園する。
大きな遊歩道に沿って色鮮やかに咲き乱れた花々を眺めながら、イーサンの後を着いて歩く。
しばらくすると、鳥の巣のようなガゼボが等間隔で設置されているのが見えた。
中には椅子とテーブルがあり、イーサンに誘われてガゼボに入る。
新緑のツタがガゼボの柱を彩って優しい木漏れ日を作っていた。
可愛らしいレリーフが施された椅子に腰掛ける。
「ところで、昨夜のことについては話せた?」
イーサンはアンジュに問う。
アンジュは夜勤に入らなくても良いことになったことを伝えた。
それはよかった、とイーサンは安堵する。
「うちのオーナーは3つ子でね、そっくりな3人がローテーションで働いてるの」
今朝いたオーナーは昨夜のオーナーではないらしい。
イーサンは今朝のカフェ店内を思い返す。
アンジュのことしか見てなかったから全然気が付かなかったが男性スタッフが居たのか。
「オーナーさんは、どんな感じの人?」
「えっと、こういうメガネをはめてて…」
親指と人差し指で丸を作って目元に当て、
「艶のある髪質の黒髪でね…」
指先を整えて頭に当てて前髪を表現し、
「ほっぺがふっくらした男性」
両頬に丸みをつけた両手を添えた。
多分こんなに可愛い男性スタッフは居なかったなとイーサンは思った。
「次カフェに行った時、探してみるよ」
そう言うイーサンにまた来てくれるんだ、と期待してしまう。
自分の気持ちに一喜一憂するのが億劫だった。




